第189部


「でも、ミーティングでは土曜日のことだけ報告しようと思ってる、って」
「何だって?そんなの許されるわけ無いだろ?」
「だから麗華に頼むの。お願い、何か気づくかも知れないけど美菜の話をOKしてあげて。嘘つくわけじゃ無いんだから良いでしょ?」
「どういうことだい?どうして菜摘が美菜の応援するんだよ。もし美菜がおじさまと何かあったのなら、ナツの彼をとったことになるんだろ?それをナツがOKしろって・・・・」
「うん、美菜はパパと相談したんだって。それで美菜から私に『彼と彼女の関係にはならないから時々会うのを許して欲しい』って言ってきたの。パパも私がOKするならそれなら良いって言ったみたい」
「ふぅん、そう言うことか・・・・。でも、それって、することはするんだろ?ナツはそれで良いのかい?」
「うん・・・・考えてみたんだけど・・・・・。パパがそれで良いって言うのなら・・・良いかな?って。それに今はちょっと考えてることがあってパパに会わないって決めてるし。だから、少しそのままにしようって思ってさ・・・・」
「でもさ、ちょっと思うんだけど、それってどうなんだい?なんか無理してないかい?なんか、ナツのやり方に無理があるような気がするけどな。おじさまと会わないならそのままにしておいて、美菜とどうなろうと関係ないってことにするのも一つの手だと思うけど?だってこのままじゃ心配だろ?このままだと、ナツはいつも美菜とおじさまがどうなるのか心配してなきゃならない。そんなの辛くないか?少しきついこと言うみたいだけど、一度離れてみたらどうなんだい?」
「でもね、私、今パパから離れるつもりは無いの。やっぱり大切なの。今は会わないってだけ。変よね、私でもそう思う」
「嫌いになったわけじゃ無いって事だ」
「もちろん、そう言うのとちょっと違うの。パパは何にも悪くなくて、私の我が儘で今は会わないってだけ。だからお互いの気持ちに変化は無いの」
菜摘は何とか麗華に納得させようと言葉を尽くした。
麗華はまだ少し納得できないようだったが、菜摘と美菜の間で話がまとまっていると言うことだけは納得したので、取り敢えずそれ以上ミーティングであまり突っ込まないことにした。下手にミーティングの話題にすると、収拾するのに麗華自身が手間取ることになるからだ。
「でもね、筋だけは通させて貰うよ」
「筋って?」
「アタシはあんたに恩もあるし借りもあったろ?ま、借りの方はこの前チャラになったけどさ。でも、おじさまを紹介して貰って相談に乗って貰った恩はあるし、今でもあの時相談に乗って貰って良かったと思ってるんだ。だから、そう言う意味で筋だけは通させて貰いたいって思ってね」
麗華はそう言うと、菜摘といつもの店に入っていった。
学校からここまでいつもと違うルートを通って遠回りしたので既に何人かは到着していた。そして、ドリンクが届く頃には全員が集まった。
「よし、それじゃ始めようか。こう言う報告会だと集まりが良いね。ま、誰でも興味は同じって事か。よし、美菜、話しな」
「うん、みんなに言った通り、土曜日の午後におじさまの所に行ってきた」
美菜は話し始めた。メンバー全員が食い入るように聞き入っている。
「それで、私は一人用のソファに座って少しだけスカートの裾が上がった状態にして、それを斜め前に居る長いソファに座ってるおじさまによく見えるようにしたの。それでね・・・・」
それは、かなり細かい描写だったので部屋の中の様子や晃一の反応についてグループ全員が頭に易々と浮かべられるくらいだった。
「・・・・って言うわけでさ、スカートが少しまくれてるのに全然見ようとしないの。何か、見せようとしている私が馬鹿みたいでしょ?これじゃ、どっちかって言うと失敗だね。まさかこうなるとは思ってなかったよ。足のラインには自信あったんだけどな・・・。とにかく、それでどうにもならなくなったから、お礼を言って帰ったって訳」
一通り美菜の話が終わると、自然と質問タイムになった。
「本当に美菜の足、見てなかったの?盗み見てるってのは?」
「ううん、全然そんなんじゃ無い」
「わざと美菜と話しをする時に視線をずらしてるんじゃ無いの?それなら実際は見て無くても興味はあるって事でしょ・・??」
「ううん、話をする時はちゃんと目を見て話してくれるの。恋愛相談だってちゃんと話してくれたよ」
「もう少しはっきり見せれば良かったんじゃ無いの?」
「あれ以上スカート上げたらパンツが見えちゃうよ。第一、興味を示さ無いのにこっちから見せに行くっておかしくない?」
「もっと近寄れば?」
「そこまですれば、ね。でも、それだと足を見せるって言うよりはさ・・・・・」
そこで麗華が口を出した。
「良く分かったよ。みんなももう良いだろ?美菜、それなら、もう美菜はおじさまに会う必要は無いんだね?」
「たぶんね」
予想外の麗華の質問にも美菜はすかさず答えたので菜摘は驚いた。美菜は菜摘が麗華に話を通したことを知らないのだから当然かも知れないが。
「それなら、もしまた美菜がおじさまに会う時は菜摘に話を通すって事だな?」
「それは・・・そうなるんじゃない?もし、そうなるなら、だけどね」
「ナツ、それで良いかい?」
「私は良いわ」
グループの中で『えー、それで言いのぉ?良くOKするね』などと声が上がったが菜摘と麗華は無視した。
「安心したかい?」
「そうね・・・・・、でも、パパだって美菜の足に興味が無いわけじゃ無いと思うけどな?」
菜摘はわざとそう言って少しだけ美菜を擁護した。
「ま、美菜でも失敗することもあるってことさ、そういうことだね」
「そうみたいね」
美菜がそう答えると、それで話は終わったような感じになった。
「ま、そう言うことだ。おじさまが美菜の足に惑わされる話を期待していたのに残念だったね」
麗華は誰に言うとも無くそう言うと、
「美菜、とにかくお疲れさん。みんな、今日はこれで終わりだね」
そう言って席を立った。
みんながぞろぞろと席を立っていく時、菜摘はそっと美菜に近づいて小声で、
「一緒に帰ろう」
と言った。美菜は目立たないように少し距離を置いて菜摘の後を付いてくる。
少し店から離れてから二人は並んで歩き始めた。
「ねぇ、少し聞かせて」
菜摘がそう言った。
「うん・・・・いいよ・・・・・」
「最初に言っておくけど、怒ってないからね」
「・・・・・・・・・うん」
美菜が神妙な感じなので菜摘は更に言葉を足した。
「本当なの。怒ってない。だって、これって私がしっかりパパを捕まえてないからって事でしょ?」
「・・・・・そうかも・・・・」
「だから怒ってない。美菜もパパを取ろうなんて思ってないって言ってくれたから。それに、パパだって男だし・・・・。私が会いたくないって言えば落ち込むだろうし・・・」
美菜はなんと言って良いのか分からない。
「あのね、美菜には言っておくね」
「うん」
「私、もっと成績を上げないといけないの。私立に行きたいなんてとても言えないもの」
「成績?」
「うん、美菜は成績良いからわかんないかも知れないけど、ウチは母親と妹の3人だから私が学費の安いところに行かないと妹にしわ寄せが行くんだ」
「うん・・・」
「それにね、パパに成績が上がったって報告して褒めて貰うととっても嬉しいの。だから、早く褒めて欲しいって思うから頑張って勉強できるの」
「そう・・・・」
美菜はちょっとだけ良心が疼いた。
「だからね、今度の日曜の模試の成績が出るのは来週の水曜だから、そうしたらまたパパに褒めて貰おうと思うんだ」
「うん・・・・・・」
美菜は何とも言えない申し訳ない感覚に戸惑った。菜摘は美菜のことを知っても気にしていないような言い方だ。
「それまで、・・・・・・だったら・・・・いいよ・・・・・」
その言葉には悲しみが漂っているような気がした。
「・・・・いいの?」
「うん・・・・・仕方ないよ・・・・」
「・・・・・・・・・・でもさ・・・・・」
そこで美菜は初めて話し始めた。
「私のこと、嫌だって思ってるでしょ?」
「・・・・・・・・・う・・・・・ん・・・・・・」
「そうよね。当然よね」
「う・・・・ん・・・・思ってると言えば・・・そう・・・かも・・・・」
「私・・・・・我が儘だから・・・・・」
「え?」
「私・・・我が儘だから、私が良いって思った人には遠慮無く行っちゃうから・・・」
「そうみたいね・・・・」
「でも、おじさまが嫌がったり気乗りしなかったりだったら、絶対にそこから先には行かないから」
「そうなんだ・・・」
その言葉には『今更何を』という感じが漂っていた。
「うん、菜摘から横取りしよう何て今でも思ってないからね。本当だよ」
「そうなんだ・・」
「うん、信じてもらえないかも知れないけど、私って自己中だからこんなことしてるけど、私が嫌だって思うようなことはしないから」
「それが横取りするって事なのね」
「そう、それは私のやり方じゃ無いから」
「そうか・・・・」
「私が好きな時に一緒に居られればそれで良いの。私が部屋を出たら私の事なんて直ぐに忘れてもらって構わないし、私だって次に会いたくなるのはいつか分からないし、彼だの彼女だのって引きずりたくないの」
「勝手なのね」
「そうだよ。私って凄く勝手」
「うん・・・・・・。今までさ、美菜って・・・・・言っても良い?」
「なあに?」
「自由に恋愛を楽しんでるって思ってた」
「自由に・・・・か・・・・」
「でも、なんか、逃げ回ってるみたい。好きな気持ちになった時だけ好きになって、直ぐにそれは忘れて次に好きなるまで忘れていて欲しいなんて・・・・・・・・」
それは菜摘の正直な印象だった。しかし美菜は怒らなかった。
「そうなのかも・・・・知れない。傷つきたく無くないだけなのかもね」
「うん、そんな感じ・・・」
「きっと、菜摘の方が強くてしっかりしてるんだと思うよ」
「そうかな?そうは思わないけどな・・・・。ねぇ、彼のことはどうする気?」
「彼?」
「うん、最近会ってないみたいだけど・・・・」
「そうね、どうなるのかな?このままかも知れないし・・・・。でも、一度会ってみようと思うの。おじさまと会った後に会えば何か変わるかも知れないから」
「そう・・・・・」
菜摘は、正直に言えば『そんなの勝手にすれば』と思ったのだが、口から出た言葉は、
「美菜が彼と会ったとして、それで美菜の気持ちが変わればパパが振り回されることになるのね」
だった。
「うん、そうなるかも知れない・・・・・ごめんね・・・。でも、おじさまだって彼女は菜摘だって思ってるわけだし・・・・・」
「ううん、どうなったとしても、それはパパが自分で選んだ結果だから仕方ないけどね」
「その時は菜摘が慰めてあげるんでしょ?」
「ううん、私は自分で決めた時しか会わない。それは変わらない。私だって我が儘だね」
「そうか・・・・・わかった」
何とも言えない重苦しい雰囲気のまま、駅で二人は別れた。ただ美菜は、菜摘はあんな事を言っているが、晃一が落ち込んだら真っ先に飛んでいくだろうと思った。菜摘はそう言う子なのだ。
美菜と別れた菜摘はこんな気持ちのままこれから過ごさなければいけないのかと思うと気が重かったが、翌日、昼休みに友紀が菜摘の所に来た。
「ねぇ、ちょっと話したいの」
「うん」
二人は人気の無い家庭科準備室に入った。
「菜摘、あんた、あのままで良いの?美菜、何か変じゃない?」
菜摘はまたその話か、と思った。
「・・・・うん、いいよ」
「でも、美菜の様子、絶対おかしいよ。そう思わない?」
「そう?」
「こっそりおじさまの所に行ったりするかも知れないよ?」
友紀は菜摘と美菜の間で話がまとまっていることを知らないのだから当然だ。
「うん、そうかもね」
「分かってるんだったら何かしなきゃ」
「何を?」
「美菜を問い詰めるとかさ」
「そんなことしても無駄だと思うな」
「それは、そうかも知れないけど・・・・。でもさ、何か絶対様子が変だもん」
菜摘は違和感を感じた。どうしてそこまで友紀が拘るのだろうか?逆に友紀は菜摘が全然心配していないかのような他人事みたいな対応に違和感を覚えた。
「心配してくれるのは嬉しいけど・・・、友紀、何か言いたいんじゃ無いの?」
「だから、美菜が・・」
「美菜のことは良いの。あなたの事よ」
「私?」
そこで初めて友紀は言葉を詰まらせた。やはり友紀自身何か言いたいことがあるのだ。
「言ってみて。言いたいことがあるんでしょ?」
「あのね・・・・・・」
「なあに?」
「うん、この前私、おじさまに相談に乗って貰ったでしょ?」
「そうね。どうだった?」
「少し気持ちが落ち着いた」
「良かったじゃ無いの」
「それでね・・・・・・」
友紀は考えていたことを話し始めた。
「また、おじさまに会いに行っても良い?」
「また会いたいんだ・・・・」
その言葉には少しだけ避難するような響きがあったが、友紀のことはもともと予想していたことなのでそのまま流した。
「うん、明日か明後日・・・・。でも、行かないかも・・・」
「学校が終わってから?」
「そう。それと、もしかしたら土曜日かも・・・・でも、行かないかも知れないけど・・・」
「土曜日?それって友紀・・・・・」
土曜日に会いに行けばどうなるかは二人とも分かっている。