第215部

翌日、菜摘は休憩時間に入る時、心臓がバクバクするのを感じながら成績を書いた小さな紙切れを受け取った。ドキドキする。前よりは書けたと思うが、上がっていなかったらどうしようと不安になる。怖かったが、そっと少しだけ開いてみる。菜摘の顔がパッと明るくなった。今度は一度に全部を眺めてから、慌てて机の下で晃一にメールを出した。
『パパ、テストが終わりました。明日、会ってもらえますか?』メールを出したのはお昼前なのだが、晃一からは直ぐに返事が来た。『明日なら5時過ぎには居られるからもちろん良いけど、今日でも良いよ。今日なら6時過ぎには部屋にいるよ』その返事は菜摘みの心を大きく揺さぶった。『会いたい。パパに褒めてもらえる。それにいっぱい優しくしてもらえるし・・・・』菜摘は直ぐにOKのメールを書き始めた。しかし、考えてみれば今日は親に遅くなると言ってないから妹と夕食の用意をしなければいけない。それは妹に後で何か奢れば良いとしても、元々今日は下着の替えも持ってきていない。そして部屋の鍵だって今日友紀が持っているかどうか分からない。更に今日だと6時過ぎまで待たなくてはいけない。例えほんの少しの時間でも短くなるのは辛い。会えば時間など一瞬で過ぎて行ってしまうからこそ、少しでも長く居られるようにしたかった。
『パパ、少しでも長く一緒に居たいの。だから、明日にしても良い?』そう送ると、直ぐにOKの返事が来た。それからが大変だった。晃一に早く会いたい気持ちはどんどん膨らんでくる。今まで『テストの成績が出てから』と押さえつけていたが、今は気持ちを抑えるものが何も無いのだから当然だ。
しかし、最近の晃一は美菜に何度も会っているし、友紀も会いたがっている。友紀の方は元々菜摘にも負い目があるのである程度は仕方ないのかも知れないし友紀が菜摘に後ろめたいことなどしないと思うが、スレンダーでボーイッシュな美人の美菜をほんの一週間ほどの間に3度も部屋に入れているのだ。それは美菜が晃一に夢中になっている何よりの証拠だし、同時に部屋で行われていることを明確に表していた。もちろん晃一からは毎回報告のメールが来てはいたが、相談に乗った、とか、ゆっくりいろいろ話していった、と言った曖昧な表現しか書いてなかった。
しかし、あんなに何回も部屋に入って静かにお茶を飲んで話をしていたとは絶対思えない。誰が考えたって美菜が抱かれているのは明らかだ。菜摘は晃一に会いたい気持ちで舞い上がっていたが、そこで気持ちにブレーキがかかった。自分が許したとは言え、少しは晃一から断ったって良かったのでは無いか?と思った。何も美菜の希望を全て叶える必要など無いはずだ。
だから菜摘は強烈に晃一に会いたいと思いながらも、晃一に怒っている部分もあった。菜摘が差し向けた美菜に簡単に食いつくのはやはり承服できない。だから『パパになんかもうさせてあげない』と言う思いが強く湧き上がってきた。そして、少しくらい晃一を困らせてやりたい、それくらいしても良いはずだ、と思った。
それから晃一に会うまでの1日ちょっとの間、その両方の思いがどんどん膨らんで菜摘の心の中はそのことばかりになっていた。それまではあれだけ勉強に集中できたのに、テストが終わった日だって夜中まで勉強できたのに、明日が来るのを待ち侘びていたその日の夜だけは全く勉強が手に付かなかった。
偶然なのだろうが、寝不足のまま迎えた水曜日は麗華からミーティングの誘いがあった。しかし、菜摘ははっきりと断った。何となく気が付いていたらしい麗華は菜摘の様子をじっと見たが、それ以上は何も言わなかった。
菜摘は昨日メールしておいた友紀にカードキーを返してもらったが、その時、友紀は何も言わずに返してくれた。たぶん友紀には会いに行くのがばれていると思ったが、今はそんなことを気にしている場合では無い。
学校が終わると菜摘は速攻で晃一のマンションに行った。しかし、着いたのは4時過ぎで晃一が来るのはまだ1時間も先だ。菜摘は取り敢えず丁寧にシャワーを浴びることにした。
勝手の分かっている家とは言え、『パパには絶対させてあげない』と思っているのにシャワーを浴びるのは自分でもおかしいと思う。しかし『もしものことがあったら。それに、汗臭いまま会いたくない』と思うことで自分を納得させた。しかし、ここでは何度かシャワーを浴びているし、その時は何が始まるのかはっきり分かっていた。だから今、同じようにシャワーを浴びているとだんだん自分の気持ちが晃一に抱かれる方にずれて行ってしまうような気がした。
髪を乾かしているとだんだん時間が近づいてきた。一人っきりでこの部屋にいると、晃一の雰囲気を濃厚に感じることができる。一秒一秒が待ち遠しく、ドキドキしているのが良く分かる。
やがて晃一が来た。
「菜摘ちゃん・・・」
晃一はそう言うと菜摘の方に近づいてきた。そのまま抱きしめようとする。しかし、その瞬間、菜摘は躊躇った。抱きしめようとした晃一の腕の中からスッと逃げる。
「菜摘ちゃん???」
晃一が驚いて固まると、菜摘は慌てて取り繕った。
「ごめんなさい。パパ、シャワー浴びないの?」
「あ、そうだったね。ごめんね、汗臭いよね。ちょっと待ってて、直ぐだから」
そう言うと晃一はシャワーを浴びに行った。
部屋で一人になった菜摘はどうして自分が嫌がったのか考えてみた。あれほど会いたかったのに、いざ晃一と顔を合わせると躊躇った自分が不思議だった。そして、美菜のことでかなり怒っている自分を再発見した。『パパ、私と会わない間に美菜と・・・・・・。私、ずっと我慢してたのに・・・・』
自分でそうしたくせに菜摘は晃一がちょっとだけ許せないと思った。『そんなに直ぐにはさせてあげないんだから・・・・』菜摘は晃一に会えたうれしさ半分で、少し晃一に意地悪をしても良いだろうと思った。この部屋に来た時は『絶対にさせてあげない』と思っていたのに、今はもう『直ぐには・・』になってしまったことに菜摘自身気づいていなかった。
やがて晃一がいつものガウン姿で部屋に入ってきた。もちろん、ガウンの下は全裸でその気十分なのは分かりきっている。
「菜摘ちゃん、会いたかったよ」
「パパ・・・・・」
菜摘は晃一がそっと抱きしめると、少し身体を硬くしてそのままの姿勢でいた。一応キスも受けたが、舌は絡めなかったし、キスも余り気持ちの入ったものでは無かった。しかし晃一は余り気にしていないようだ。菜摘をソファに導き、並んで座った。
「菜摘ちゃん、テスト、どうだったの?」
「うん、あのね・・・・」
菜摘はポケットにしまってあった成績が載った紙を出した。晃一はそれを見ると、
「お、上がってるね。凄い、こんなに上がったんだ」
「うん、がんばったの」
「偉い、よく頑張ったね、偉いよ、菜摘ちゃん」
そう言うと晃一は菜摘の頭を丁寧に撫でてくれた。菜摘の心が揺れた。もともとこうして欲しかったからこそ勉強を頑張ったのだ。頭を撫でてもらうと心が一気に安心する。とても嬉しい。晃一に褒めてもらうのが心から嬉しい。菜摘の目に少し涙が浮かんだ。
「菜摘ちゃん、頑張ったね。辛かったろう?よく頑張ったよ、偉い偉い」
「パパ・・・・・・」
「うん、本当に偉いよ」
晃一は菜摘の更に身体をグッと引き寄せると、また丁寧に頭を撫でてくれた。
「パパ、ずるい・・・・」
「え?」
「ずるい、こんなに優しくされたら・・・・」
「どうしたの?だって、勉強頑張ったから偉いなって思って・・・」
「勉強のことじゃないの」
「勉強じゃ無い?」
「私が勉強してる間、何度も美菜と会ってたでしょう?」
晃一は驚いた。今、ここでその話が出るとは思ってもみなかった。
「だってそれは・・・」
「分かってる。私が良いって言ったの」
「・・・・・」
「でも、それでも・・・・・・」
晃一は何となく菜摘の気持ちが分かってきた。本当はそれでも断って欲しかったのだ。晃一の心のどこかに、菜摘が良いというのなら、菜摘がそうして欲しいというのなら、美菜を抱いても良いだろうと言う想いがあったのは確かだ。だが拙い、どうやら菜摘は怒っているらしい。
「ごめん・・・・」
「ううん、いいの・・・・」
そうは言ったが、引き寄せられた身体を晃一に預けてきたりはしない。まだ身体を硬くしたままだ。
「怒ってる?」
「ううん・・・自分でもよくわかんない。さっきまではちょっと怒ってたかも・・・でも、だけど頭を撫でてもらったら・・・・。パパ、ずるい」
「ごめん・・・・」
菜摘は自分の気持ちが分からなかった。怒っているのだろうか?それとも許しているのだろうか?晃一が背中から手を回してきたが、脇を締めたまま手が脇の下から胸に回ってくるのを許さなかった。それを晃一は菜摘がまだ怒っているのだと理解した。
晃一は身体を硬くしているままの菜摘をもう少しだけ引き寄せた。
「本当にごめんなさい」
「良いの、私から言い出したんだから」
「ちゃんと断るべきだったね」
「ううん、パパは私に確認したし、私が良いって言ったんだから」
菜摘は自分でもどうしてこんな事を言ってるんだろうと思った。納得ずくなのだから責任は自分自身にあるはずで、晃一に怒るのはおかしいとは思っていた。しかし、何故か自分でもどうにもならない。こんな事はもうこれ以上話したくない。
「でもさ・・・」
「パパ、それより他のこと話して」
「うん、そうだね、ごめんね、本当に・・・・。それじゃ、菜摘ちゃん、勉強は何が一番大変だったの?」
「時間・・・・」
「時間?勉強の時間を作るのが大変だったの?」
「時間そのものはあるんだけど、妹と一緒の部屋だから、私がずっと勉強してると妹が自由にできないし、隣の部屋でテレビ見てても音を下げてるし・・・」
「そうか、菜摘ちゃんが成績を上げたのは一番は菜摘ちゃん自身の努力だけど、妹も協力してくれたんだね。それじゃ、成績上がったんだから何かお礼をしてあげないとね。ありがとうって」
「お礼?妹にお礼???考えたことも無かった・・・・」
「だってそうだろ?」
「・・・・・そう・・・・・・そうよ、絶対そう。お礼しなきゃ」
「それじゃ、お母さんは?」
「気を遣ってくれたんだと思う。特には思いつかないけど、きっと気を遣ってくれてたはず」
「それじゃ、お母さんにもだね」
「うん・・・・・だけど・・・・・・」
「どうしたの?」
「それじゃ、これからずっと勉強してたら、ずっと気を遣わせることになるのかなぁ?」
「まぁ、それが家族なんだし・・・・。きっと、自然にもっとお互いが気を遣わなくて言いように変わっていくと思うけど」
「そうなる?」
「うん、そう言うものだよ」
「ちょっと安心した。それじゃ、まず妹にお礼しなきゃ・・・」
そう言うと菜摘は今まで固く締めていた脇を緩め、腕の外から軽く抱いていた晃一の手を脇の中に入れた。晃一はちょっと意外だったが、菜摘は知らん顔をしている。いつもなら直ぐに手はお気に入りの膨らみを包みに行くのだが、今日はどうして良いのか少し不安があるので晃一は取り敢えず手を菜摘のお腹の辺りに置いた。菜摘はそれよりも晃一との会話を楽しみたいようで、晃一の手など全く気にしていないかのように話しかけてきた。
「パパ、こう言う時って、どんなお礼をするものなの?」
「良く分からないけど、簡単なものが良いと思うよ。学生だったらちょっと洒落た消しゴムとか、ボールペンとか・・・。お金よりも気持ちが出るもの、って感じかな?」
晃一の手は菜摘の小さなお腹をそっと撫で始めた。
「そういうことか・・・・・。それじゃ、クリップね」
「クリップ?」
「今、妹がはまってるの。ハートやスペードなんかの形した奴。シリーズで集めてるみたい」
「そりゃ、探すのが大変そうだね」
「ううん、私、良い店知ってるから。文房具とか・・・事務用品とかの専門店」
菜摘は晃一との話が弾んできたので安心した。もちろん、晃一がお腹を触ってきているのは分かっているが、それを拒絶するのはあまりにも可愛そうだと思ったので放っておくことにした。
「それって学校の近くにそんな店があるの?」
「ううん、東京だけど・・・」
「そうだよね、ううん、菜摘ちゃんの学校の近くにそんな店があるんなら俺も今度行ってみようかと思ってさ」
「残念でした。クリップ買いにわざわざ東京まで行くなんてちょっと贅沢だけど、お礼なら仕方ないよね。明日、行ってくる」
「うん、がんばってね」
「フフ、頑張ってだなんて・・・・」
「そうか、頑張るって言うのはちょっと違うね」
「ねぇ、それじゃ、お母さんにはどうするのが良いと思う?」
「そうだね、高校生の女の子だったら普通は家事を手伝うか代わってあげるのが一番だと思うけど、菜摘ちゃんはいつもお手伝いしてるんだよね?」
「そんなにしてないけど、夕ご飯とかだと自分達で食べる分くらいは・・・・」
「そうだね・・・・・ちょっと待って・・・・・」
晃一はそう言ってちょっとの間、考え込んだ。
「分かった」
そう言うと晃一は両手をお腹の少し上に移し、僅かに膨らみの下が少しだけ手に当たるようにした。菜摘は慌てて身体をすぼめたが、晃一との話を中断したくなかったので明確に嫌がったりはしなかった。
「あのね、合わせ技だね。夕食の支度をする、成績表を見せてお礼を言う、そしてデザートにお小遣いでお母さんの好きなものをプレゼントする、って感じでどう?それならそんなに大変じゃ無いだろ?」
「妹の分も買わないといけないけどね、ふふっ」
菜摘は晃一の提案が気に入った。確かにこのところ、菜摘がしていた夕食の支度は雑になっていたので、鼻の喜ぶことをしてあげたいと思う。
「でも私、そんなに料理は上手じゃ無くて・・・・・何を作れば良いの?」
「基本的にはお母さんの好きなもの、だけど、菜摘ちゃんのできることで良いと思うよ」
「できることならいつもやってるから・・・・・」
「う〜ん、それなら、煮込み料理がお勧めかな?」
「煮込み料理?この夏に?」
「うん、煮込み料理なら失敗しにくいし修正も効くだろ?それに余ったら後で温め直せば良いからたくさん作れるし・・・・」
「そうか・・・・そう言う手があったんだ・・・・・うん、そうする。そうすればお母さんが夜勤明けで帰ってきても直ぐに食べられるから」
菜摘は晃一の手がそっとブラのカップの下を撫で始めた事に気が付いたが、晃一の提案が嬉しくて放っておくことにした。
「それで、煮込み料理って言うとどんなの?ネットで調べれば良いだけだけど・・・」
「定番はカレーだけど、それじゃ特別感がなさ過ぎかも知れないね・・」
「カレーは良く作るから・・・・・」
「カレーの味を変えてみるって手はあると思うけど、タイ風とか・・・」
「ううん、前にやってみたけどいつものが一番良いみたい」
「後はポトフとか肉じゃがとか、手間かかるけどけんちん汁とか・・・」
「けんちん汁って何?」
「基本的には根菜類と蒟蒻を小口切りにして炒めてから醤油味か味噌味で煮たものだけど、何種類も野菜を入れた方が美味しいからちょっと手間がかかるかな?肉を入れても良いけどね」
「鶏肉でも良い?」
「もちろん」
「分かった。それにする。炒めて煮るだけで良いのね?」
「そうだよ」
「冷蔵庫に鶏肉がまだいっぱいあるから、それ入れる。先週、夕食の買い物を纏めてした時に妹が好きだからたくさん買ったの。ソテーとか唐揚げはもう飽きたし」
「うん、1時間くらいかかると思うけどね」
「だいじょうぶ」
菜摘は晃一の手が少しずつ胸の膨らみを丁寧に撫で始め、身体にあの甘い感覚が湧き起こり始めたことに気が付いた。しかし、まだ晃一との話を楽しみたい。
「パパ、作ったことあるの?」
「あぁ、もちろん。纏めて作って冷凍しておけばいつでも食べられるからね。カレーだと温めるのが意外と大変だろ?チンしても綺麗に暖まらなかったりするから。その点、けんちん汁なら確実に簡単に暖まるから」
「そうか・・・・そうね、カレーだと温めるのに時間かかるから・・・」
「そうだよ、カレーは粘るから先に熱くなるところと暖まらないところがあるだろ?」
「うん、妹はよく失敗する。中がまだ凍ってたりするもの」
「女性ばかりの家庭には野菜たくさんの料理って言うのは良いと思うよ」
「そうね、きっと喜ぶ、あん・・」
菜摘はいよいよ晃一の手が膨らみ全体を愛撫し始めたので、ちょっと嫌がった、つもりだった。しかし、胸からの感覚はゆっくりと上半身を包んでいき、嫌がったつもりなのに身体を捻っただけだった。もちろん、その程度では晃一の愛撫は止まらない。