第242部

「まだ文句言われたの?」
「私だってそう思ったわよ。まだ言われなきゃいけないのか、って。でも、そうじゃなかったの」
「それじゃ何なのよ」
「話したい、相談したいって」
「相談?友紀に?何を・・???」
「不思議に思うでしょ?でも、とにかく文句じゃ無いし話したいって言うから会ってきた」
「すごい・・・・」
菜摘は友紀のバイタリティーに驚いた。菜摘では絶対そんなことはできない。このバイタリティーの強さが友紀に友達の多い理由なんだろうと思った。
「聞きたい?私も話しておきたいし」
「うん・・・いいの?」
菜摘はちょっと不思議に思ったが、友紀がそう言うので応じることにした。
「良いけど、それじゃ、ちょっとだけ寄り道していく?」
友紀はそう言うと菜摘を駅の近くのドトールに誘った。
「帰って直ぐに勉強でしょ?勉強の邪魔にならない様に手短かに言うね」
菜摘が真剣に勉強に打ち込んでいることを知っている友紀はそう言って話し始めた。
「相談したいって言うのよ。相談に乗って欲しいって」
「その子が?」
「うん、その子、じゃ言い難いから名前を教えるね。詩織って言うんだけど、その詩織が別れようかどうしようか迷ってるみたいで、私に相談してきたの」
「よりによって彼を取ろうとした友紀に?」
「そんな言い方しないでよ。私だって被害者なんだから。それは詩織も分かってたみたいで、だから相談してきたってこと」
「何で友紀に・・・・」
「私だってそう思うわよ。いきなり知らない子に、それも修羅場の当事者に相談されてさ。やっと元気になったから再出発って思ってたのに」
「ふうん、それで相談に乗ったんだ」
そう言った菜摘は、土曜日に友紀が晃一に会ったことで友紀が元気になったと言うことから、だいたいのことは想像が付いた。
「うん・・・まあ・・・ね・・・。そうしたら、どうしてあんなにはっきりと問い詰められるのか、何であんなに元気なのか、どうしてそんなことができるのか教えて欲しいって言われてさ・・・・・・・」
ここで友紀は歯切れが悪くなった。そこに菜摘が反応した。
「そうか・・・・?え?・・・・どう言うこと?・・・・・まさか友紀、話したの?・・・ねぇ、どうなの?」
「気が付いた?」
「ダメよ、どうしてそうなるの?パパなんか持ち出さないでよ」
「良いじゃないの。少しくらい」
「ダメ、友紀と美菜でいっぱいいっぱいなんだから」
菜摘は力が抜ける思いがした。『どうしてここでパパな訳?何でみんなパパに頼ろうとするの?』またか、と言う思いに嫌な予感がした。しかし友紀は菜摘のそんな心配はお見通しだと言わんばかりに言った。
「大丈夫よ。そんな子じゃないから」
「そんな子じゃないって?」
菜摘は少し挑戦的に問い返した。
「おじさまとなんかなるって雰囲気じゃないから。私はそう思う。私の勘は当たるのよ」
「そんなこと言ったって」
「ま、いずれはどうなるかわかんないけど、取り敢えずあの詩織に今はその気は全然無いから」
「だからどうしてそんなこと分かるのよ」
「分かるものは分かるのよ。もちろん、きっちりと報告させるから。それなら良いでしょ?」
「そんなこと言ったって」
「心配するのも分かるけど、本当に詩織はその気が無いんだから。なんか、彼とか男とかから離れたがってるみたいでね」
「それならどうして離れないのよ」
「ちょっと不安みたいなんだ。詩織って結構可愛いんだけど、今まで男のいない時期って言うのがあんまり無かったらしくて、別れるのが不安みたいで」
「そう言うのなら誰だってそうじゃないの」
菜摘もその点については自信があった。
「それはそうだけど、もし詩織が私の言う通りの子だったとしたら、菜摘にとっても良いんじゃないの?」
「どういうこと?」
「私や美菜だと、どうしても・・・・、分かるでしょ?その心配しなくて良いのなら・・・」
「あ」
そこで初めて菜摘は友紀の言うことが分かった。確かに、晃一が女の子と会っていても心配をしなくて良いのなら、菜摘も毎回あんな思いをせずに済む。
「でも、だからってパパが本気になったら、いくらその詩織って子にその気が無くても・・・」
「それは菜摘が分かってるんでしょ?大丈夫だって。信用してるんでしょ?」
「・・・・・・・・・」
友紀に畳み掛けられて菜摘は迷った。確かにそうだ。どちらかと言うと晃一が女の子を抱いているのは女の子の方から求めているからという部分が大きいのは分かっている。
「その子、どんな子か会わせて」
「それも考えたんだけど・・・・、私は会わない方が良いかなって・・・。どうしてもって言うのならもちろん会わせるけど」
「どう言うこと?」
「会えばまた心配しない?見かけは可愛い子よ、かなり。だから会わない方が良いかなって・・」
「・・・・・・・・・・」
「だからさ・・・」
「ねぇ、どうして知らない子にそこまでするの?」
「よくわかんないけど、同じ男子に繋がってたからかな・・・、人ごとじゃないような気がして・・・・・。何となく友達になっても良いって、自分のことを話しても良いって思えるのよ」
「それじゃ、どこまで話したの?」
「まだそんなにたくさん話してないけど、まだ会う約束してるし、たぶんだいたいの所は話すと思う。きっと友達になれると思うから。だから、きっちりフォローするよ」
菜摘は困ってしまった。確かに、どうせ何もないのなら会わなくても構わないような気もする。そして友紀の感はたいてい当たるのだから、友紀が心配ないと言うのなら多分そうなのだろう。その様子を見た友紀は、菜摘はOKすると確信した。それなら話は早い。
「それじゃ、一回お茶してるところ、見てみる?それで菜摘が話をしたければすれば良いし、そのままで良ければ見るだけにしてさ」
「・・・・・・そうね・・・・」
「それじゃ決まり。いつにする?早いほうが良いでしょ?」
「う・・ん・・・・・」
「それじゃ、今週中にしよう。学校が終わってから」
「いいけど・・・・・」
「私がおじさまを詩織に紹介するから、それを離れたところから見てて」
「うん」
「話したかったら、偶然みたいな顔して現れれば良いから。菜摘は私とおじさまの後ろにいればおじさまは気が付かないでしょ?」
「うん・・・・・」
「それじゃ、詳しいことは後でメールする」
話が一応まとまったことで二人は店を出て別れた。菜摘は帰りの電車の中で改めて考えてみた。確かに詩織が友紀の言うような子ならその方が良いのかも知れない。しかし、やはり心配は残る。でも、その心配は菜摘が詩織に会ったからどうこうなるものでは無いのだから、会っても余り意味は無いのかも知れない。要は晃一次第なのだ。
ただ、晃一に会ったばかりなので菜摘の心には晃一の温もりが残っており、あまり心配しなくても良いような気もしていた。
水曜日、朝の電車で晃一の指定した通りに菜摘が乗ってきた。菜摘は不自然では無い程度に晃一に寄り添ってきた。
「おはよう」
「おはよう・・・・」
菜摘は少し緊張しているようだ。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
菜摘は、友紀が晃一を詩織に引き合わせる段取りを進めていることを知っている。それを話すべきかどうか少し迷っていた。
「何か気になることでもあるの?」
「うん・・・・・あると言えば・・・・」
「話してごらんよ」
そう言われても、電車の中で話せることなど知れている。
「ううん、良いの。友紀から連絡あった?」
「ううん、何にも無いけど」
「それなら良い。直ぐに分かることだから」
「そうなんだ」
「でも、友紀の話を聞いてあげて。それだけ」
「うん、なんだかわかんないけど、分かった」
晃一に寄り添って小声で話している菜摘は、こうやって朝会うのなら、余計なことなど話さずにじっと晃一に寄り添っているだけの方が良いと思った。もともとこうやっていられる時間など長くは無いのだ。それならこの大切な時間は自分達だけのために使いたい。
菜摘はそう思うと、後はそっと晃一に身体をずらしたまま寄り添っていた。なるべく自然な感じで、それでいて距離は詰める。それでも菜摘には一緒に居ることだけで十分だった。
駅に着くと二人は自然に電車を降りて改札へと向かう。こうなると同級生もたくさん下りるので晃一と一緒に歩くわけには行かなかった。そして改札で軽く会釈をすると別々の方向に向かっていく。
それでも歩きながら菜摘にはこの朝の時間の短い出会いが大切に思えた。余り話ができなくても、こうやって晃一に会えるだけでも気持ちはだいぶ落ち着く。
その日の放課後、久しぶりに菜摘や友紀、美菜はミーティングで集まった。晃一という共通の経験があるからか、特に会話は無かったが自然に三人は並んで座った。もちろん、三人とも晃一のことをここで話すつもりはなく黙っているが、何となく並んで座ってしまった。それに真っ先に気が付いたのは麗華だったが、菜摘から釘を刺されているのでミーティングでの話題には出さなかった。
その日のミーティングは特段の話があるわけでも無く、どちらかと言うと麗華の話がメインで終わってしまった。ただ、菜摘の印象では、麗華は年下の彼と上手く言っているようなことを言っていたが、何か強がっているような気がしたことだけが気になった。しかし今の菜摘は底まで心配していられるほど心に余裕が無い。
実は菜摘は既に明日、友紀から晃一が詩織に会う場所と時間を教えられていた。ちゃんと菜摘が3人を観察するために座る場所まで指定してあった。だから菜摘の意識はそっちの方に向いており、ミーティングにはあまり興味が無かった。
一方美菜はミーティングの間に菜摘に何か言われるかと思って少しビクビクしていたが、菜摘は知らん顔をしていたので安心した。それに、美菜自身、日曜日に晃一のマンションから帰った後からは勉強にとても気合いが入っており、自分でも満足できるくらいの集中力が持続していた。時間もそうなのだが、何より身近に目的ができたために集中できるので全てが頭に入る。晃一に旅行に連れて行ってもらうのが楽しみと言うより、なんと言うか気持ちの整理ができた感じで、とても心が軽い。日曜日は帰るのが少し遅くなってしまったが、それだけ時間を使った意味は十分にあると思っていた。ただ、身体の奥に残っている晃一の感覚を見つける度に、のめり込んでいきそうな気持ちと冷たく突き放す気持ちの狭間で、これからどうなっていくのか不安と楽しみで揺れていた。
ミーティングの最中、友紀は菜摘の隣に座りながら、小声で菜摘に詩織を晃一に紹介する段取りを整えた後、ちょっと自分にずるい気持ちがあると言うことに気が付いていた。友紀は本当に菜摘に言ったように詩織が晃一とどうかなるとは思っていなかった。それは確かだ。だが、可愛い詩織の相談には乗るが手を出せないのだから、晃一は自分が会いに行けば詩織に手を出せないもどかしさも手伝って、きっと優しくしてくれると思ったのだ。それに、菜摘にも宣言したように、詩織のフォローだと言えば晃一に会う口実ができる。そして密かに友紀はそれを狙っていた。
結局、ミーティングは盛り上がらずに簡単に終わってしまい、菜摘はみんなと盛り上がらずに帰ることにした。
そして金曜日の放課後、菜摘は友紀に教えられたスイーツショップに指定の時間ぴったりに行った。そこは駅から少しだけ離れた住宅街の近くにあり、駅との間に居酒屋とかがあるので高校生は余り行かない場所で広い駐車場がある、どちらかと言えば車で立ち寄るミセス御用達のお店で、その分スイーツは小さめだし値段も高めだ。
店に入ると、広くゆったりした店内の確かに奥の方に晃一が背中を向けて座っており、菜摘の方を向いて友紀ともう一人の子が座っていた。カウンターでコーヒーとシュークリームを買って友紀の指定した場所に座ると、かすかに話し声が聞こえてきた。注意していれば何とか聞こえる程度だ。友紀は菜摘が入ってきたことに気が付いているはずだが、視線は晃一に固定していて全然そんなそぶりは見せない。
菜摘は改めてその子を見た。確かに友紀が言うように可愛い子だ。一見すると遊んでいる子とは全然違う、大人しい子に見える。だが、なんと言うか、菜摘の高校の生徒が持つ雰囲気とは明らかに違っている。少しだけ華やかな感じもするし、真面目で固い感じもする。身長は友紀より少しだけ低いくらいで髪は美菜より少しだけ長いがほとんどおかっぱみたいなものだ。それが小ぶりで丸顔の詩織にとても似合っている。胸は余り無さそうだ。ただ、正直に言えば、菜摘にとっては少し苦手なタイプかも知れなかった。
菜摘は詩織をさりげなく十分に観察すると、視線を外して耳を澄ませた。もちろん友紀と同じ制服を着た子がタイミング良く一人で現れたのだから詩織だって偶然とは考えない筈だ。しかし、それならそれでいい。きっちりと自分の存在は知っておいて貰わなくてはならない。菜摘は全神経を耳に集中した。しかし、友紀が話すばかりで時々晃一が口を挟むが、なかなか詩織は話さない。
そのうち、だんだん話が終わりに近づいてきた。菜摘は焦ってきた。晃一が席を立てば菜摘が来ていることは一発でばれてしまう。できれば晃一には自分が来たことを知られたくなかった。
『そうなんです。友紀と話していたら、そんな感じになっちゃって・・・』
突然、菜摘の耳に詩織の声が聞こえた。少し高い、とても可愛らしい声だった。声だけなら中学生でも通るような子供っぽい声だ。
『良いの?こんなおじさんに相談するなんて詩織ちゃんにできる?』
晃一が問い返している。
『はい・・・・なんか、お父さんに相談するみたいな感じだから・・・・もし良ければ・・・』
『もちろん友紀ちゃんのお願いだから相談には乗るけど、あんまり力になれないかも知れないよ。聞くくらいならいくらでもするけど。それでも良いの?』
『はい、お願いします』
『おじさま、女の子がこんな子というのって、本当に勇気が要るのよ。詩織が何を言うか知らないけど、とにかくゆっくり話を聞いてあげて』
『もちろん。それは心配ないよ』
『それとおじさま、詩織は本当に迷ってるみたいなの。大変なの。だから、余計なことは考えないでね。私とは違うんだから』
『大丈夫。安心して良いよ』
『それと、おじさまとどんな話をしたのかは詩織から聞くからね。その方がおじさまにフォローもできると思うの』
『そうだね、俺からもお願いするよ。詩織ちゃん?だっけ?それで良い?』
『はい・・・』
菜摘はその声を聞くと、スッと席を立った。もう用は済んだ。これ以上聞いていても仕方が無いし、また余計な心配をするだけだ。
店を出た菜摘は、後は友紀の言葉を信じて見るしか無いと思った。ただ、詩織という子が友紀の言うような子だとしたら、晃一にとってはどうなのだろう?それが気になった。
その日の夜、菜摘に晃一からメールが来た。
『菜摘ちゃん、お店に来ていたみたいだから知ってると思うけど、今日友紀ちゃんに紹介されて詩織ちゃんという子に会ってきました。彼と別れたいから相談に乗って欲しいって。そう言われても困るけど、友紀ちゃんの頼みだし、菜摘ちゃんも分かってるって言うからできるだけのことはします。でも、なんか知らない人には近づきたくないって雰囲気の強い子だからどうなるかは分からないけどね。取り敢えず、土曜日に会ってゆっくり話を聞いてきます』
菜摘は少し驚いた。どうして自分がいたことが分かったのだろうと思った。そして少し考えて、カウンターでコーヒーとシュークリームを注文した声を晃一が聞き取ったのだろうと結論づけた。嫌な感じはしなかった。晃一のメールでは、菜摘が来ていた、と内容的にはほぼ断定している。どちらかと言えば、そんな僅かな情報で自分の存在を感じ取ってくれた晃一が嬉しかった。そして、さんざん書いては消しを繰り返してから返事を返した。