第266部

「そうね、取り敢えず今はそういうことにしておく。これからはどうなるかわかんないけど、別に他で言ったりしないから。それで良いでしょ?」
二人は美菜と晃一との関係を確認した。菜摘にとっては、美菜がグループを抜けたら美菜と晃一の関係がどうなるのかが一番気になったから聞いたのだ。本音を言えば美菜がこれからは晃一と会わないというのが一番嬉しいことかも知れないが、それだと晃一と友紀だけが会うことになるので、それはそれで心配でもあった。
「う・・・ん・・・・・・・」
菜摘の複雑な表情を見て美菜は言った。
「菜摘も苦労するね」
「・・・・まぁ・・・・ね・・・・」
「心配しなくて良いって。大丈夫。仁義を外すようなことはしないから」
「でも、どうして抜けることにしたの?」
「ううん、単に勉強に集中したくなっただけ。深い意味なんて無いよ。グループに居ると話のネタには退屈しないけど、やっぱり何となく違う気がしたから」
「そうか・・・・そうね・・・・」
「でも、今度は菜摘もなんかするんでしょ?」
「え・・・・あぁ、もう知ってるんだ・・・」
「さっき友紀から連絡来てたからさ」
「そう・・・・まぁ、自業自得だから」
「それに友紀もなんかするんだって?」
「え?友紀も?何を?」
「そう、なんか菜摘をサポートするとか何とか言ってたみたいだけど」
「私を?友紀が?」
菜摘は少し驚いた。友紀が何をするというのだろう。あの時の友紀の怒り方からすると、菜摘がしっかりと全て話すかどうかを監視しようというのだろうか?しかし、それならサポートと言うのは変な話だった。
「そう、いったいどう言うことなの?」
「それは・・・・・ちょっとここでは・・・・・・」
「言えないこと?」
「そう」
その言葉で美菜はだいたいの予想は付いたらしく、それ以上聞かなかった。それを見た菜摘は話題を変えることにした。
「ねぇ、このところ、凄く勉強してるんだって?」
「うん、自分でも気合い入ってる」
「どうしてなの?もう、パパには会いたくなくなったって事?」
「それは・・・・・そんなことは無いけど・・・・・でも・・・・・・まぁ、良いじゃ無いの」
美菜は答えをはぐらかした。今ここで菜摘には正直な気持ちを知られたくは無い。
「きっと菜摘にはわかんないと思うんだ。だからそうっとしておいてくれると嬉しいんだけどな?」
「そう言うことか、やっぱり」
「わかったの?」
美菜は不思議そうに聞いた。美菜は菜摘がそんなに勘の良い子だとは思っていなかったからだ。友紀なら話は別だが。
「何となく、だけど・・・・・・・・。パパにあんまり会うと勉強や他のことに差し支えるけど、やっぱり気持ちは・・・・って事?」
菜摘の指摘はオブラートに包まれている表現だが、確実に美菜の気持ちは正確に暴いていた。
「あんたいつの間に・・・・・」
美菜は菜摘の指摘にちょっと驚いた。こんなに鋭い子だとは思っていなかったのだ。
「図星でしょ」
「まぁ・・・・ね・・・・・・。だけど菜摘、あんたいつからそんな・・・」
「私だって少しは苦労ってもんをしてるってこと。分かってる?」
「へぇ・・・・、友紀に構って貰って陰に隠れてるだけかと思っていたのに、あんたも苦労してるんだ。恋は人を成長させるね」
「美菜・・・そんなとげのある言い方止めてよ。ま、良いや、そういうことにしておく」
菜摘は言いたいことは山ほどあったが、ここではそんなことを話す場では無いので大人しく引き下がっておくことにした。ただ『友紀に構って貰って陰に隠れて』と言われたのは少しだけショックだった。しかし、言われてみればそういう風に見えるのかも知れないとも思った。確かに友紀の存在が大きいことは菜摘自身がよく知っている。
「へぇ、ますます大人になったんだね。言い返さないなんてさ」
「何言ってんのよ」
「とにかく、そう言うことだから、これからもよろしく。良いでしょ?」
「うん・・・・・・・・・そうね・・・・・・・。でもさ」
「分かってるって。出過ぎたまねはしない。それで良いでしょ?」
「うん」
「あんたに勝てるなんて思ってないし、もともとその気も無いから」
「うん、よかった」
「それじゃ言うけど、友紀、なんか考えてるみたいだよ」
「どう言うこと?」
「うーんと、それはここじゃちょっと・・・・・。場所を変えようか?いい?」
美菜はそう言うと菜摘を連れて裏門の横のスペースに移った。ここは裏門の横の目立たないスペースに移った。ここは込み入った話をする時に使う場所で、多い時は3組ぐらいが小声でひそひそ話をしているのだが、幸い今日は誰もいなかった。
「友紀と何があったの?」
「それは・・・・ちょっとさ・・・・・」
「やっぱりね。それでか」
「ねぇ、友紀、怒ってた?」
「怒って?ううん、そんなんじゃ無かったよ。少なくともラインの上では」
「そうなの?」
「怒られるようなこと、したってことね」
「・・・・そう・・・・」
「どっちかって言うと、悩んでたみたいだよ。どうしようかって」
「そうなの?怒ってるとばっかり・・・・。だって、昨日は怒ってたし・・・・」
「怒った後で考えが変わったってことじゃ無いの?」
「どういうこと?」
「菜摘だってあるでしょ?思いっきり怒った後に後悔するってこと。言いすぎたんじゃ無いの?」
「それはそうだけど・・・・・・・でも・・・・・そんなこと」
「友紀は一気に血が上る瞬間湯沸かし器だからさ。でも、良い子じゃ無いの」
「もちろん分かってる」
「それなら、分かってやったら?」
「そんなこと言われても、何考えてるかわかんないのに分かってやれって言われても・・・」
「私もよくわかんないけど、友紀に任せておけば大丈夫だと思うけど」
「うん、それは何となく分かってる。でさ、友紀が怒ってるって知ってるってことは、その原因だって知ってるんでしょ?」
「うん・・・・て言うか、何となく、だけど・・・・・」
「どう思った?」
菜摘は恐る恐る聞いてみた。どうせミーティングではゲロってしまうことなのだ。
「それはね・・・・・・・。私の意見としては、あんまり気にしないことだね。大したことじゃ無いよ」
「そうなの?」
菜摘は驚いた。菜摘にしてみれば、あれだけ友紀が怒ったのも納得できるほどのことをしたと思っていたので美菜の意見は予想外だったのだ。
「そう、詳しくは聞いてないけど、おじさまといる時に友紀に電話したんでしょ?」
「うん」
やっぱり美菜は知っていた。ただ、かなり冷静な感じなのが菜摘にはちょっと意外だった。
「あのね、私は思うんだけど、一応聞いておくね。どうしてそんなことしたのよ。どうなるかくらい分かりそうなもんだけど」
「そう・・・・あの時は・・・・・・まさかあんなことになるなんて思って無くて・・・・」
「分かった。もう言わなくて良い。そう言うことね。まだまだ菜摘は子供って事だ。うん、だいたい分かったから。気が付いた時にはどうにもならなくなってたってことだよね」
「そう・・・・」
「私にも経験あるけどさ、まだまだあんたには修行が足りないね。女の身体を分かってない」
「そうなのかも・・・・・・」
「もう一度言うけど、あんまり気にしない事よ。誰にだって一度や二度の経験はあるんだから」
「そうなの?」
「そう、誰だって好きな人にはずっと一緒に居て欲しいでしょ。だからそう言うことだってあると思う。でも、女の身体はそういう風にはできていないって事よ」
美菜の言葉に菜摘は真摯に反省した。確かにそうなのかも知れない。電話している時も晃一を感じていたいと思ったのは自分自身なのだから。それは予想外の『感じる』になってしまったが、美菜の言葉の通りであれば菜摘の身体は単に正直に反応しただけと言うことになるのだから。ただ今は、優しく言い含めるように諭してくれる美菜がありがたかった。
「良い?菜摘はおじさまに優しくして貰って、菜摘が考える以上に・・・開発されてるんだよ。その自分の身体をもっと良く分かってやらないと。女の子の身体は好きな一人にだけ夢中になるようにできてるんだから」
「うん・・・・」
「きっと、おじさまは菜摘と一緒に居る時は全然違うんだろうな・・・・」
「え?ちがう?」
「そう、私なんかと一緒に居る時とはね。たぶん、だけど・・・・」
「そうなの?」
「あんただって興味あるでしょ?私の事。本当は聞きたいんじゃ無いの?正直に言えばさ」
「それはそうだけど・・・・・・でも・・・・」
「知りたくない?でも、菜摘が仕掛けたことだよ?」
「そう・・・・・・・。わかってる」
「だから、知っておいた方が良いんじゃ無いの?それとも、辛い?」
「そんなことは・・・・・・。分かった。教えて」
菜摘はここで逃げるべきでは無いと思った。やはり自分のしていることは知っておくべきだと思ったのだ。
「いいよ、話してあげる。ミーティングでさ。だいたいの所、だけどね」
「・・・・・・・・・」
「それとも、やっぱり聞きたくない?」
「それは・・・・・聞きたいような・・・・聞きたくないような・・・・」
「菜摘が自分で仕組んだことじゃないの。私と友紀を宛がっておけば良いって」
「それは・・・・・そうだけど・・・・」
「それなら大人しく聞きなさい。こんなこと話すの、最初で最後なんだから」
菜摘は美菜のその言葉を聞いて、もしかしたら美菜は晃一との間のことは美菜にとってそんなに大切なことでは無いのかも知れないと思った。菜摘のように晃一とのことが生活の根幹を占めている訳では無いのだろうという気がしたのだ。だから話す気にもなったのだろう、ぼんやりとだろうが、そんな気がした。
「美菜、もしかして、パパとのことはそんなに大切なことじゃないってこと?」
美菜は思いきって聞いてみた。最近は思ったことはそのまま直ぐ聞いてみるようにしているのだ。
「言うねぇ。ううん、そんなことは無いよ。菜摘には残念かも知れないけど。でもね、それだけじゃ無いってこと。大切なのは変わらないけど、一番じゃ無い。それだけのこと。だから、おじさまに勉強が上手く行ったら旅行に連れてってってお願いもしてるし」
「え?美菜もなの?どうしてそんな・・・・」
「・・??え?・・・・・・そうか、わかった。たぶん友紀もってこと?それに、菜摘?・・・・ううん、その顔からすると二人ともって事かな?」
美菜はじっと菜摘の顔を見つめた。しかし菜摘は何も言えない。
「・・・・・・・・・」
「図星か・・・・・。みんなそう思ってるって事か・・・。ま、おじさまについては比率で言えば菜摘が一番高いんだろうけど。そうかもね。ま、そう言うことだから、悪く思わないでね。実現するかどうかまだ分からないけどさ。ハードル高いし」
「うん・・・・・」
美菜のその言葉を聞いて、菜摘は美菜が最近猛烈に勉強しているという理由が分かったような気がした。
「ま、それくらいは許してよ」
「・・・・・・・・」
菜摘は何も言えなかった。はっきりと断りたい気持ちはもちろんあったが、なぜか言えなかった。なんと言うか、諦めみたいな気持ちの方が強かったのだ。『友紀も美菜も・・・か・・・・』そんな気持ちになり、力が抜けてしまった。
「でもね、はっきり言っとくけど、おじさま一本に絞る気なんて本当に無いからね。旅行だって、勉強が上手く行ったらってことで自分へのご褒美のつもりなんだから。菜摘みたいにパパに会いたいから勉強するって訳じゃ無いよ。それに、勉強の方が上手く行けば新しい恋だって探したいし」
「・・・・でも・・・・」
「菜摘の気持ちは分かるけど、これって、私にとってみれば本当に単なるご褒美。もう一度言うけど自分へのね。頑張ったご褒美ってこと。だから、たぶんその後は菜摘の心配するようなことにはならないと思う」
「・・・・・・・・・」
「だから心配しないで」
「そんなこと言われても・・・・」
「心配するのは分かるよ。良く分かる。でも、心配は要らないから。それは信じてもらって良いよ」
「・・・うん・・・・」
菜摘は、美菜がそう言うのなら多分正しいのだろうと思った。その辺りは、美菜は結構さばさばしている。
「分かってくれてありがと」
「分かった訳じゃ無いけど・・・・・・」
「けど?」
「・・・・・・・・・・・仕方ないって言うか・・・・・」
「それでいいよ」
「うん・・・・」
「恩に着るよ、菜摘。私だってギリギリなんだから」
「そうなの?美菜が?」
「どう言うことよ。私はなんの問題も無く思い切り勉強して高校生活をエンジョイしてるとでも思ってたの?」
「だってさ・・・・、美菜は頭も良いしルックスも良いし・・・・」
「馬鹿ねぇ、少なくともルックスで言うなら今の菜摘の方が上でしょ?」
「そんなこと無い。絶対」
「あぁあ、やっぱりあんたは子供だ。だめだこりゃ」
「何よ、その言い方」
「あんた、最近、どれだけ男子の注目を集めてるか知らないんでしょ?」
「・・・どういうこと・・????」
「良い、もう良い。これで良く分かったから。こういうことに関しては本当にお子ちゃまだよね」
美菜はそう言うと話を切り上げにかかった。
「ちょ、ちょっと待ってよ。ねぇ、どう言うことよ」
菜摘は食い下がった。美菜からそんな事を言われるとは思ってもみなかったのだ。
「どう言うことって、そう言うことよ。私、何度も聞いたよ。男子がこそこそ菜摘の事を噂してるのをさ」
「噂してるって?」
「そう、菜摘は良いなって」
「それで?告るとかなんとか言ってた?」
「それはどうかわかんないけど、うちのクラスの男子が目を付けてるって事は、他のクラスだってそうでしょう?同じクラスの男子が言うなら菜摘のクラスだけなのかも知れないけど、クラスが違うんだから」
「そうなのかなぁ・・・・・」
「おじさま一筋の菜摘にしてみれば迷惑かも知れないけど、ま、そう言うことだから」
「でも、私・・・・・結局振っちゃったのに・・・・・」
「だからじゃないの?高木を振ったからみんなの注目が集まってるって事だと思うよ。次は誰が行くのかってさ」
「そんな・・・・」
「誰が行ったって、おじさまと勉強でいっぱいの菜摘に告ったところで瞬殺なのは明らかなのにね」
「そんな言い方・・・・」
「でもそうでしょ?」
「うん、それはそうだけど・・・・」