第268部

「今、美菜と話した。話しても良いって」
その言葉で菜摘は確信せざるを得なかった。友紀の言うことは本当のことなのだ。
「ねぇ、どういうこと?」
自然に探るような言い方になった。
「うん、ちゃんと話さないとね。私がおじさまの部屋に行ったのは、あの部屋の雰囲気に浸りたかったから。ぶっちゃけて言うと、ちょっと自分で思い出して幸せな気持ちになりたかっただけ。だから部屋に入った時は誰も居ないと思ってたの。そうしたら、おじさまと美菜がいたの」
「・・・・・・・・・」
菜摘は返事すらできない。まだ頭の中はぐるぐる回っている。それにしても、たまたまかち合ったとしても、『お互いに見た』とはどう言うことなのか?
「それで、最初私は寝室で待っているように言われたんだけど、何となく気になってリビングの入り口から覗いちゃったの。その後、美菜がシャワーに行ってる時に私がリビングに行って、何となくおじさまに優しくして貰っている時にシャワーを終わった美菜が覗いていたって事」
「そんなこと・・・・・・」
「信じられないでしょ?私だってそうだもん。もちろん美菜だって。でも、そうなったの」
「お互いに覗いたなんて・・・・」
「でも、そうだったの。それで今、そのこと美菜に話しても良いかって聞いたらOKした。菜摘に話しても良いって。だからね、私達のを話すから菜摘のも話して」
「でも、どうして・・・・・・」
菜摘はまだ頭が混乱していた。友紀と美菜は特に仲が良いわけではない。それを、偶然とは言えお互いの秘密を覗き合うなんてことがあり得るのだろうか?
「本当に覗いたの?お互いに?」
「それがそうなの。変なことになっちゃってるけど、お互いに話すのが三人に一番良いと思うから」
そこまで聞いて菜摘には何となくこの強引とも言える話の持って行き方に、なんとなく友紀の目的が分かってきた。友紀は三人を同じにしたいのだ。菜摘が一番だと言っておきながら、晃一に抱かれている三人は『同じ』ということにしておきたいのだ。これは前にもあったことだから納得できる。そうして三人の関係を安定させて、更に晃一との関係も3人同じにしたいらしい。しかし、それなら菜摘にだって言い分はあった。
「友紀、言いたいことは分かったけど、それなら友紀と美菜は私に話せば良いんじゃ無いの?みんなに話す必要ないよね?逆に、それって友紀も美菜もみんなに話したいの?」
菜摘の鋭い突っ込みに友紀は勢いを削がれた。
「それは・・・・・そうだけど・・・・・」
「分かった。それなら友紀と美菜には話す。でも、みんなには余計なことは黙ってる。当たり前のことでしょ?それってプライベートだもの」
「それは・・・・そうかも・・・・」
「それに、この前、私が覗いたって怒ったくせに、自分だって美菜のを覗いていたって事でしょ?」
菜摘はなるべく冷静に言ったつもりだったが、さすがに友紀にははっきりと伝わったらしかった。
「うん・・・・・ごめん・・・・本当にごめん・・・・・だから、後悔してる」
「しっかりしてよ友紀。それなら私達三人の間のことなんだからさ」
菜摘はそう言って友紀の言い分も取り入れることで自分の意見を通そうとした。
「う・・・ん・・・・そうね・・・・・。ちょっと待って。美菜に確認するから」
そう言うと友紀は再びいったん保留にしてから美菜も通話に出した。
「美菜も入ったよ。それじゃ、ここで決めよう。菜摘は日曜日のこと、私と美菜に全部話すから、私と美菜も菜摘に話す。それでいい?」
「うん、いいよ」
「OK」
「それじゃ、いつ話す?」
「ミーティングの後が良いんじゃ無い?」
美菜がそう言った。
「それじゃ、3人で場所を変えてから話すって事で良い??」
「OK」
「いいよ」
美菜と菜摘がほぼ同時にOKした。
「それじゃ、明日だけど、美菜は何を話すの?」
「そうね、それならその前の時のことを話そうかな?」
「その前って?」
「友紀に見られた時の前の時」
美菜の冷静な言い方に、菜摘は改めて美菜が晃一に抱かれたのだという事実を突きつけられた気がした。分かってはいたが、やはりドキリとする。
「そう・・・・それじゃ友紀は何を話すの?」
「私はもちろん菜摘が電話を掛けてくる前の時」
「やっぱりしてたんだ」
「うん、ちょっとだけどね。菜摘だって見たでしょ?ちゃんと服、来てたでしょ?」
「着たままだったの?」
思わずちょっとカッとなった菜摘が問い詰めた。
「ううん、そんな訳無いでしょ。でも、菜摘から電話が来たから直ぐに服、着たの」
「でもあの時・・・・・」
「直ぐに分かったわよ。近くから電話してきたって」
「何のこと?」
二人の会話が見えない美菜が口を挟んだ。
「ううん、菜摘とも美菜が見たのとちょっと似たようなことになったんだけど、私がマンションにいた時に菜摘から電話が来て、私は直ぐに服を着たし、直ぐに帰ったから。後の詳しいことは三人でゆっくり話そ」
友紀はそう言うともっと追求したい菜摘の言葉を上手く遮った。
「それじゃ、後は改めて三人で。良いよね?」
「うん」
「わかった」
電話を切ってからの友紀はちょっとだけ優越感に浸っていた。美菜とかち合った時のことや菜摘が電話を掛けてきた時の前後を同時に知っているのは自分だけなのだ。そう思うとちょっと良い気分だった。こっそり『私や美菜の気持ちをちょっとくらい菜摘も味わえば良いわ。宛がわれている側の気持ちを。たっぷり話してあげるから。覚悟しておいて、菜摘』と思っていた。
その夜、菜摘は気合いで記憶系の勉強をした。文章を読んで考えるような言語系や思考系の勉強はとてもできそうに無かったからだ。ただ、寝る時になって少し頭が冷えてくると、なんとなく『友紀の言ったことの方が良いのかも・・・・』と思えてきた。考えてみれば、友紀や美菜が晃一に抱かれているのは最初から納得すずくのことで自分で設定したことなのだ。だから、それが具体的な状況になって目の前に現れたからと言って落ち込んだり怒るのは変な話だ。あくまで友紀や美菜は菜摘のOKを貰って晃一と会っているのだから。美菜はあくまで全てをコントロールしているのは自分なのだと思うことにして自分を納得させることにした。
翌日、いよいよミーティングの時が来た。その日の朝、菜摘は晃一を探したが電車には居なかった。メールをチェックすると晃一からしばらく海外出張で居ないと連絡が入っていた。なんとなく放り出されて寂しい気持ちのままミーティングに臨まなくては行けない菜摘は気持ちがまた少し落ち込んだ。しかし、落ち込んでばかりは居られない。晃一との関係を安定させるために、今日だけはしっかりと切り抜けなくてはいけないのだ。だから授業は気合いで乗り切った。もっとも、最近は予習もするようになったので前ほど授業が分からなくて苦労することは無くなっていたが。
放課後、いつものミーティングの場所に行った菜摘は、メンバーが早めに集まってきているのが分かった。麗華がどう言って集めたのかは知らないが、みんなの関心が高いのは明らかだ。
「よし、集まったな。それじゃ始めようか」
麗華のその言葉でみんなは一斉におしゃべりを止めた。今日は人数がまとまっていることもあって個室っぽくなっているスペースを使うことができたから、他人に聞かれる心配が無いことだけは救いだ。
「今日は久しぶりにたくさん集まってるけど、それってやっぱりみんな聞きたいって事だよな?」
麗華の言葉にみんなは目線で同意した。
「最初に言っておかなくちゃいけないのは、美菜が抜けるって事だ」
メンバーが一斉にざわついた。
「それで、今日が最後になる美菜に何を話して貰おうかって考えたんだけど、美菜がみんなに話さなきゃいけないことがあるって言うんだ。それから聞いていこう。その後で友紀からも話があって、最後は菜摘だ。今日は盛りだくさんてことだけど、時間の無い奴は途中で抜けて良いから」
麗華はそう言ったが、みんなは目をぎらぎらと輝かせている。たぶん、事前に麗華から情報を得ていたのだろう。
「それじゃ美菜から話しな」
「うん、みんなに話すのは今日が最後になるけど、最初に言っておくね。ここに居るのは嫌いじゃ無いし、正直楽しいけど、ちょっと勉強の方が危なくなってきたからいったん抜けることにしたの」
「いったん抜けるって事は復帰もあるって事?」
誰かが鋭く突っ込んだ。
「うん、もしかしたらそうかも。でも、今はとにかくいったん抜けさせて。それで、その前にみんなに言っておかなくちゃいけないことがあるから、それを話すね」
みんなは全く物音を立てないくらい静かに聞いている。
「あのね、菜摘のパパ、おじさま、だけど、みんなに話したのと本当は少し違ってたんだ。嘘をついてごめん」
「どういうこと?」
誰かが突っ込んできた。
「静かに聞いてれば良いよ。私だって初めて聞くんだ。ちゃんと美菜は全部話すよ」
麗華が釘を刺した。
「実は・・・・・、私とおじさま・・・しちゃったんだ」
さすがにメンバーに動揺が走った。
「それで、まず言っておくけど、菜摘には正直に話したし、おじさまも話したみたい。それで、菜摘はOKしてくれたんだ。だから、絶対におじさまを取った訳じゃ無い。おじさまと菜摘は今でも付き合ってる」
ザワザワとみんなが落ち着かずにざわめいている。
「それでね、どうしてそうなったかって言うと、ほら、おじさまを誘惑してみるって言う話があったでしょ?その時はこの前話したとおりにおじさまは全然関心を示さなかったんだけど、その次の日に会った時に私の話を聞いてくれて、それで、ゆっくり話をしてるうちに思わず甘えたくなっちゃって、それで・・・・・・して貰ったって事。もちろん、私から頼んだの。おじさまは菜摘のことがあるからって言ったんだけど、絶対菜摘に迷惑掛けないって事でお願いしたの」
「ちょっと待てよ。それじゃ美菜はわざとうその報告をしたってことかい?」
「ううん、そうじゃない。だって、オジサマを誘惑できるかどうかを試したんだから、それについてはちゃんと報告したから。そして、その日はそれでおしまい。本当に空振りだったんだから。私が今日いうのはその次の日に偶然起こったってこと。
「それじゃぁ、美菜の方から誘ったって事だね?」
麗華が静かにもう一度念を押した。ここも大切なところだ。
「そう、おじさまには私から菜摘に話して納得して貰うし、絶対におじさまと菜摘に迷惑掛けないからって言ったの」
「それでナツも納得したんだ。そうだな、ナツ?」
「うん。パパのことは信じてるし、パパも彼女って事じゃ無いなら、単に優しくして欲しいだけって事なら良いって。だから私もOKしたの」
菜摘は微妙な内容に薄氷を踏む思いだったが静かに答えた。ここでみんなに違和感を覚えさせてはならないのでなるべくさらりと流すように話さなくてはいけない。ここで突っ込まれるとやっかいなことになるからだ。幸いなことにみんなの関心はその次に美菜が話す晃一とのことに向いているらしく、余計な突っ込みは無かった。
「それでね、私、おじさまに相談してたの。恋愛相談て言うのかな。私だってみんなと一緒で悩みが多いから。最近は上手く行かないことばっかりだし」
「だけど、もう一度聞くけど、何でみんなに嘘ついたんだい?」
みんなの雰囲気が今一歩納得していないと感じた麗華はさらにもう一度聞いてきた。
「嘘じゃ無いの。今言ったように、最初におじさまの部屋に行った時は本当におじさまは何の関心も示さなかったし、どっちかっていうと少し迷惑がってる雰囲気だったんだ。それはみんなに話したとおり、何の嘘も無いよ。そのまま帰っただけ。おじさまとのことはその後だったから・・・・・・」
「でも、その次の日だったんだろう?」
「それはそうだけど・・・・・・・、正直に言えば、ここを卒業しようかなって思ったのにこのこともあったんだ。嘘はついてないけど、何となく気まずいじゃ無い?それに、その後のことまで言わなくちゃいけないならいつまで話せば・・・・って思ったって言うのもあるし・・・・。もちろん原因はそれだけじゃ無いけど・・・・・」
「それで、自分から話をすることにしたのかい?」
「そう、それなら一度おじさまとのこともみんなに話してから卒業しようかなって。もちろん理由は他にもあるけどね」
「良いよ、うちらに関係ないことなら。つまり、きちんと筋を通してから出て行こうってことにした訳だ」
麗華はそう言って美菜との打ち合わせ通りにグループを抜けることに何の問題も無いと言うことをメンバーに示した。他の子たちもなんとなく頷いている。メンバーには美菜と特に仲の良い子が居る訳でも無いので意外とあっさりとした感じだった。
「それじゃ、きちんと筋を通すって事で話して貰おうかね?おじさまとどうなったのか」
麗華が口火を切ると、メンバーの関心が一気に高まったのがはっきりと分かった。
「うん、最初にもう一回言っておくけど、おじさまに会いに行く時はちゃんと菜摘にOKを貰ってから行ったからね。勝手におじさまの所に行ったことは一度も無いよ」
メンバーが少しざわついた。つまり美菜は一度だけでは無く、何度も行ったことを告白しているのだ。それは美菜の本気度を示している。
「ナツがOKしたって話は後でナツから聞くよ。ナツがどうして美菜がおじさまの所に行くのをOKしたのかって事も含めてね。ナツ、分かってるな?」
麗華はそう言って菜摘を見つめた。菜摘は静かに頷いた。
「それじゃ、先を話して貰おうか。いつのことだい?次の日だって?」
「うん、そう」
「分かった。どうして美菜がおじさまとそう言うことになったのか、その辺りから話して貰おうか」
「うん、順番に話すね。全然興味を示さなかった次の日、駅前でバーガー食べようと思って入ったら、偶然おじさまが居たの。その時は本当に偶然だったから、簡単に挨拶しただけだったけど、そうしたらおじさまがラーメン食べに行かないかって言ってくれたの」
「そこはおじさまから誘ったんだね」
「そう、その時は昨日のこともあったし、大人が居てくれるならラーメンを奢ってもらえると思って・・・その時はそんなつもりだけだった。だって、前の日がああだったから・・・」
「それでラーメンを食べたんだね」
「詳しく話す?」
「良いよ、それは。それからどうしたんだい?」
「食べてた時はラーメンの話ばっかりだった。でも、話してるうちに少しずつ話してるのが楽しくなっちゃって・・・」
「おじさまは話が上手らしいからな。高校生の女の子なんてイチコロって事だよ。ま、いいさ。それでどうしたんだい?」
「食べ終わって、おじさまがタクシーを呼んで、それでおじさまのマンションに行ったの」
「どっちが誘ったんだい?」
「よくわかんない。何となくそんな雰囲気になったって言うか、私はそのまま帰るって思ってたから、おじさまがマンションまでって言った時はちょっと意外だったかな・・・、嫌じゃ無かったけど。だって、昨日来たばっかりだし」
「ほう、部屋に誘ったのはおじさまなんだ」
「そう」
それは菜摘にとってちょっと意外だった。晃一から美菜を部屋に誘ったとは思っていなかったのだ。ちょっとだけ嫉妬心が燃え上がったが、気合いを入れて平静を保った。ここで美菜をつつけば面倒をしょい込むのは自分だ。
「それで部屋に行ったんだ」
「そう。正直に言えば、私も帰るって言わなかったし、おじさまも駅で私を降ろそうとしなかった。これは本当のこと」
「本当とか言わなくても良いよ。今更美菜が嘘をついても仕方ないのは分かってるから」
「うん。ただ、何となくラーメン食べてた時に話が盛り上がってたからまだ話し足りないって雰囲気はあったけど」
『それは美菜が、でしょ?』と菜摘は思った。しかし、それを今言ってみても仕方が無い。横で聞いていた友紀は、美菜が晃一に誘われて部屋に入っていく時の様子がありありと想像できた。ああ見えて美菜は、実は大人しい女の子の面も持っていると思っていたからだ。親近感のある大人に誘われれば静かに付いていくこともあり得ると思ったのだ。