第277部

菜摘はラインを切ると時計を見た。やはりラインは時間を忘れてしまうようだ。菜摘は美菜がうまく乗ってきたので安心したような余計に不安になったような中途半端な気持ちになったが、それでも考えた末の結果出した結論だったので、とりあえず安心することにした。なんだかんだ言ってもお泊りは特別なイベントだ。遠くへの移動、特別な食事、いつもとは違う二人だけの部屋、すべてが違う。だから、その時は楽しいが、やはり日常生活とは違う。思い出を作るにはいいかもしれないが、普通の生活にはあまり影響しない。
菜摘の目的は美菜が継続的になんども晃一と会うのを制限することにあった。菜摘の経験からは土曜日のお昼から翌日の夜までなら約20時間ちょっと。それなら菜摘がしっかり晃一に部屋に居ても3回分ほどになる。つまり、美菜は菜摘や友紀がそれだけ晃一と会う間、じっとしていなければならない。土日のどちらかを晃一が使うとしてもひと月以上、美菜は晃一に会えなくなる。菜摘にしてみれば、今の菜摘たちには一泊のお泊りよりもそれだけの時間の方がずっと重みがあると思ったのだ。友紀はちょこちょこと会うかも知れないが、晃一が友紀に夢中になることはあり得ないからあまり気にならない。今は美菜がしばらく晃一と会えない時間を作る方が大切だと思っていた。
一方美菜は、菜摘が予想外に簡単にお泊り旅行に同意したことをいぶかしがりながらも、がんばったご褒美に長崎意に連れて行ってもらえることを素直に喜んでいた。安心したと言うかやっとたどり着いたというか、しばらく晃一に会っていないだけに、心から楽しみにしている自分を楽しんでいた。
そして晃一に成績が上がったし菜摘も許してくれたから旅行に連れて行ってほしいと連絡すると、少ししてから返事が来た。
「美菜ちゃん、成績が上がったんだってね。おめでとう。きっと、すごく頑張ったんだね。もちろん約束だから長崎に行こう。見に行きたいところや泊まりたいところ、食べたいものとかあったら教えて下さい。次の土曜日だね。最大限考慮して手配をします。土曜日は学校から直接来てもらうことになると思うけど、大丈夫かな?後でだいたいの時間を連絡するね。楽しみにしてるよ」
美菜は晃一が同意したことに心から安心すると、晃一にどんな希望を伝えようかと心を馳せた。本当はゆっくりと考えたかったのだが、出発まであまり時間がないことを思い出し、急いでネットで簡単に調べるとすぐに晃一に連絡した。
連絡を終えると美菜は改めて頭の中で旅行前にすることを整理した。旅行前にやることと言えば、後は親の了承を得るだけだが、その点については何の問題も無かったし、貯金だって十分にあるし、あと心配するべきことと言えば服装くらいなものだった。ただ、出発前に新しい下着を買いたいと思った。
翌日、美菜には晃一から連絡が来た。羽田14時発の飛行機に乗りたいが、距離を考えると学校を12時15分くらいにタクシーで出なくてはいけない。それが可能かどうか聞いてきた。美菜は直ぐに『学校は12時15分に終わるので、ちょっとだけ遅れるかもしれないけど、いい?』と返事を返した。晃一からは『なるべく早く来るように頑張って』と言ってきた。
もともと美菜は学校が終わったらどこかで着替えて出かけるつもりだった。汗臭い制服のまま行きたくはなかったのだ。しかし、どうやらそれどころではないらしい。トイレに入って携帯で長崎行きの飛行機を調べると確かにちょうどよい時間はそれしかなく、次は2時間も後だ。それに、搭乗開始は20分前とのことなので13時40分だ。美菜は時間的に余裕のない移動を強いられることに不安を覚えながらも、何とかこのお泊りを成功させようと工夫することにした。
そのころ友紀は、自分だけ成績が上がらなかったことにがっかりしながらクヨクヨしていた。自分だってこのところは勉強を頑張っていたのに、成績は全然上がらない。そこに美菜と菜摘が勝ち誇ったように成績のことを言い出したものだから、精神的にはかなりショックを受けていた。特に菜摘は今回、少しだが友紀の成績を上回っていた。それまで圧倒的と言えるくらい成績が離れていた菜摘が短期間に追いついてきたことは本当にショックだった。そして、このままでは菜摘に晃一に会いに行きたいとは言えなくなると思った。
確かに、ちょっと自分でもやりすぎと思えるくらい新しい恋にはまった挙句、見事に裏切られてしまって不幸の典型みたいになってしまったが、それは成績が上がらないどころか少し下がったことの言い訳に過ぎないと分かっていた。しかし、勉強のペースを上げても実際の成績が上がるかどうかは分からない。友紀はどんどん自分の進む道が狭くなって言うような閉塞感に捉われて何もできずにひたすら悩んでいた。
前日の金曜日に菜摘のところに晃一から日程の連絡が来た。どうやら長崎まで飛行機で行って、あとはレンタカーを使うらしい。菜摘はそれを見ながら美菜に対して『おめでとう、がんばったね』と応援する気持ちが1割、『ま、仕方ないか』が1割、『せいぜい楽しんでいらっしゃい、後で後悔しても知らないから』が3割、『うまく計画にはまったわね。たっぷりと後悔させてあげる』が3割、『どうしてお泊りなんかしたいって言ったのよ。行かないで』が2割、と自分の嫌なところをたっぷりと見せつけられた気がして落ち込んでいた。しかし、今更後には引けない。美菜は晃一に返事を送った。
『パパ、美菜には条件付きでお泊りをOKしました。その条件は「絶対にパパの言うことを聞くこと」です。美菜はOKしています。だから、パパは思い切り美菜にわがままを言ってください。本当は私がパパのわがままを聞きたいけど、今回は美菜の方ががんばったから美菜の勝ち。だから美菜にわがままを言ってください。でも、帰ってきたら私のことも大切にしてくださいね』
余りにもすっきりとした菜摘の言葉に晃一は少し違和感を覚えたが、美菜のようなかわいい子と旅行に行けることに気持ちが奪われていて、菜摘の気持ちの裏まで読むことはできなかった。だから晃一は単純に旅行を楽しむことだけに集中した。
そしていよいよ旅行の日、美菜は思い切ってホームルームに出ずに学校を抜けだした。美菜のように成績の良い子は先生に一言いうだけで何の問題も起きない。それが進学校と言うものだった。そして学校の近くからタクシーに乗って羽田と言うと運転手は少し驚いたようだったが、空港で親が待っているというと頑張って車を飛ばしてくれた。
『美菜ちゃん、今どこ?』
晃一からは何度も問い合わせが来て、
『運転手さんに聞いたら首都高に入ったそうです』
『湾岸線に入ったそうです』
『空港まであと10分です』
と美菜は何度も返事を送った。しかし、少し道が混んでいたので飛ばしたにもかかわらず、羽田に着いたのは13時20分で、手荷物だけの二人は直ぐにセキュリティへと入って行った。
「遅れてごめんなさい」
「ううん、全然。時間ぴったりだよ」
「そうか、やっぱり遅れたんだ」
「どうして?」
「ホームルームを抜けて出てきたのに時間ぴったりだったから」
「そうなんだ。危なかった。もうすぐ搭乗時間だからね」
「でも、ずいぶん遠くまで歩くのね」
「よくわからないけど、長崎行きっていつも端っこのゲートから出ることが多いみたいだよ」
「そうなんだ」
「飛行機が小さいからかな?」
「それって不公平」
「ま、商売のことだから仕方ないんじゃない?北海道行とかは直ぐのところから出るからね」
「ずるいぃ」
美菜はちょっとだけ拗ねて見せた。晃一がにこやかに笑うのを見た美菜は、菜摘に飲まされた条件がこの旅行をどのようなものにするのか、考えさせられた。
やっとゲートに着くと、ちょうど登場が始まるところだった。美菜は飛行機が思ったよりも小さいことに気が付いた。そして美菜を窓際にして二人で前の方の席につくと、美菜から話しかけた。
「おじさま、私がネットで調べたらこの便の席は満席だったの。おじさまが買ったのはいつ?」
「うん?次の日だけど」
「満席じゃなかったの?」
「美菜ちゃんは調べ物が得意なんだね。そう、満席だったよ。ネットではね」
「ネットでは?他にもあるの?」
「飛行機をよく使う人は優先的にチケットを買えるって言う決まりがあって、俺はそれで買ったんだ」
「でも、満席だったら・・・・」
「ネットでは満席でも、本当は満席じゃ無いんだよ。満席になる前に『満席』って表示しちゃうんだ。それで優先的に買える人がいつでも買えるように準備しておくんだ。それで、もし直前になっても席が余っていたら、それをキャンセル待ちの人に回すんだ」
「へぇ、キャンセル待ちってそういうことなんだ」
「そう、毎回そんなにキャンセルなんて出ないけど、キャンセルって言って出せばだれも文句言わないからね」
「そうなんだ。おじさま、すごい」
「そんな言い方しなくても・・・・、どうせ『凄い』って言われるなら、ほかの場所で言って欲しいね」
「もう、いきなり?オヤジなんだから」
「あ、それと今回、いくらですか?払います」
「いいよ。俺が全部持つから」
「ダメです。払います。貯金、下ろしてきたから」
「美菜ちゃん、今回の旅行の条件、菜摘ちゃんから聞いてるよね?」
「はい・・・・・」
「それなら言うこと聞きなさい。俺が払うから」
「・・・・はい・・・・・・ありがとうございます・・・」
「そうそう、今回はいっぱい言うこと聞いてもらうからね。覚悟してね」
「はい・・」
美菜は晃一の少し挑戦的な言い方に、晃一に無理をさせられて晃一を嫌いにならなければいいが、と少し心配した。そして、もしかしたらそれが菜摘の狙いなのではないかと思った。だから晃一に聞いてみた。
「おじさま、聞いてもいいですか?」
「なんだい?」
「おじさま、菜摘に無理なことを言ったこと、あります?」
「無理なこと?」
「そう・・・・・・・・」
さすがにそれ以上言葉は出てこなかった。しかし、なんとなく伝わったらしい。
「菜摘ちゃんはどう思ってるか知らないけど、たぶん、無い、と思うよ」
「そう」
「ほっとした?」
「え?・・・・・はい…少し・・・・」
「でも、美菜ちゃんにはどうだかわからないよ?」
「そんな・・・・・・・こと・・・・・・だいじょうぶ。おじさまはそんなことしない・・・」
「ハハハ、どうなるか楽しみだね?」
「・・・・・・・・・・」
その時、隣の席にほかの客が来たので二人は話題を変えた。
「美菜ちゃん、ほら、満席になったよ」
「そう、ずっと満席だったもの。明日も明後日も、来週も」
「長崎便は混むからね」
「それならもっとたくさん飛行機を飛ばせばいいのに」
「長崎空港には余裕があると思うけど、羽田がいっぱいだからね。多分、これ以上は飛行機を飛ばせないんだよ」
「そうなんだ。羽田がいっぱいなんだ・・・・・」
「そうそう、それとホテル。特に何にも希望がなかったけど、良かったの?景色のきれいなところとか」
「はい、いいです。どうせ私にはわからないから、おじさまの好きなところで」
「うん、できるだけのことはしたんだけどね。それじゃ、予約したプランを紹介しようか?それともお楽しみにしておく?」
「もちろんお楽しみ」
「わかったよ。それじゃそうしよう」
そんな話をしていると飛行機は移動を始め、ほどなく離陸した。
「飛行機は何回か使った?」
「九州のおばあちゃんのところに行くときはいつも飛行機だから」
「どこなの?」
「雲仙」
「それじゃ、いつも長崎空港?」
「そう」
「それじゃ、長崎空港は美菜ちゃんの方が詳しいね」
「詳しいって言ったって・・・・・いつも親に付いてくだけだし」
「そうか、それじゃ、もしわからないことがあったら教えてね」
「私で分かれば・・・・もちろん・・・・」
「あ、お腹、減ってるだろう?」
「私、パン持ってます。学校に行くときに買ったのが鞄の中に入ってるから」
「そうか、俺もパン持ってるから一緒に食べようか」
「はい」
そう言うと二人はパンを取り出して一緒に食べ始めた。
「なんか面白いですね」
「ん?なにが?」
「おじさまと出かけて最初の食事がパンだなんて」
「ごめんね。ちょっと急かしちゃったよね」
「ううん、長崎って言ったのは私だから」
「長崎は何度もいってるの?」
「ううん、ちょっと寄ったりするだけで・・・・・、小さいときは行ったらしいけど・・・」
「どこに行きたい?」
「あんまりメジャーじゃないんだけど・・・・・」
「どこ?」
「出島とか諏訪神社とか・・・・。でも、時間あります?」
「長崎の街に入ったら5時過ぎだからね。それじゃ、ホテルに行く前に寄って行こうか?」
「ホテルは遠いんですか?」
「ううん、そんなことないけど、街の中じゃないから」
「そうなんだ・・・・」
「街の中の方が良かった?」
「そんなことありません。大丈夫です。どこでも、ただ、ちょっと歩くのは大変かなって思っただけで・・・・坂が多いし結構狭いから・・・」
「そうなんだよね。狭いんだよね、長崎の道路って」
「そう、車がやっと通るくらいの道が多いから・・・・・」
「まぁ、がんばって行ってみるよ」
「はい・・??」
美菜は晃一の言うことの意味が分からなかったが、あえて質問するほどのことはないと思い、ここは流すことにした。
「ところで学校から大変だったろう?あ、これ、タクシー代ね」
そう言って晃一は2万円を渡した。
「あ、そんなにかからなかったですから」
「余った分はお土産を買うお金にすればいいよ。取り敢えず受け取っておいて」
「でも・・・」
「美菜ちゃん、言うこと聞くんだよね?」
「はい・・・・ごめんなさい・・・・」
美菜はタクシーに一人で乗ること自体ほとんどないのに、羽田までの長い距離を乗ったことなどなかったので、タクシー代に1万円以上払ったことなどなかった。しかし、金額は高校生には大きかったが、便利なものだと思った。普通に電車で移動すれば間に合うはずのない時間だったからだ。実は今回、美菜は思い切ってお小遣いを5万円おろしてきていた。いくらかかるかわからなかったから、余裕を見てそれだけ卸してきたのだが、空港に行く段階ですでに1万円以上使ってしまってちょっと参っていた。だから晃一のお金は嬉しかった。
「疲れてるんじゃない?少し眠る?」
「いいえ、全然。窓の外を見てるだけで楽しいから」
美菜はそう言って外を眺めた。今日は幸いにも天気が良く、瀬戸内海の上を飛んでいるので景色がきれいだ。
「瀬戸内海って結構狭いんだ・・・」
「今日は天気が良いからね、良かったね」
「はい」
窓の外を見ていると飽きることはなかった。だから、2時間のフライトはあっという間だった。
長崎空港に着くと美菜は、
「バスはあっちですよ」
と言って晃一を案内しようとした。そして携帯を取り出すと約束通り空港の写真を友紀に送った。
「ううん、ごめん、バスじゃないんだ」
「え?どうやって???」
「レンタカーなんだよ」
「そうなんだ」
「だから、レンタカーのカウンターに行かなきゃ。あ、あれかな?」
晃一はそう言うとレンタカーのカウンターに行き、名前を告げると送迎車が来ると言われた。間もなく来た送迎車に乗ると、海の中にある長崎空港から陸地に入って直ぐの所のレンタカー営業所に着いた。
「ちょっと手続きしてくるから待っててね」
そう言って晃一は美菜に荷物を預けてカウンターで手続きをした。日本のレンタカーは会員になっていても手続きが結構面倒だ。なんだかんだで10分近く手続きをしている間に晃一の借りていた車が用意され、二人は荷物を積むと車に乗り込んだ。
ETCカードを差し込んでカーナビに目的地を設定する。
「諏訪神社と出島だったよね」
「そう・・・・・こんな大きい車で行くんだ」
「そうなんだ。もっと小さい車が良かったんだけど、小さいのは全部埋まっていてこれしか無かったんだよ」
「でも、こんな大きい車なんて・・・・・」
美菜はラグジュアリーセダンの大きさに驚いている。確かにこんな大きい車は東京近郊では必要ないから、余り見かけないし乗ることなど滅多に無いだろう。
「そうだね、駐車場とかに入れられると良いんだけど。時々小さい駐車場は大きい車お断りだからね」
「おじさま、大丈夫?」
「運転は大丈夫だと思うよ。大きいから乗り心地は良いと思うし、静かだしね。美菜ちゃん、音楽とか携帯に入ってるなら車の中で聞けるみたいだよ」
「うん、聞きたくなったらお願いする」
「それじゃ、出発しようか」
そう言うと晃一は車を出した。
「うわ、おっきいくるまって乗り心地が良い」
「そうだね。まっすぐ走ってる分には何の問題も無いんだけどね」
晃一は長崎自動車道に入ると長崎の街に向けて車を進めた。既に時刻は5時近い。幸いにも道路は空いていたので車は1時間弱で長崎の街に入った。そこで再び携帯で友紀に写真を送る。6時までと言っていたが、この分では1時間後に最後の写真を送るときはホテルの中か、まだ車になりそうだ。
「美菜ちゃん、やっと街に着いたけど、両方寄ってたら遅くなっちゃうよ。どっちかだけだね。諏訪神社と出島と、どっちにする?」
「う〜ん、それなら諏訪神社だけで良い。後は明日にする」
「わかった。そうしよう」
晃一がナビにしたがって諏訪神社に行くと、幸い近くの駐車場に車を止めることができた。何となく二人とも早足で歩き始める。諏訪神社はおくんちで有名な歴史のある神社なので入り口から結構距離があった。階段の上から街を眺めると長崎の街並みとそれを囲む山々が一望できる。
「本当に長崎に来たんだ。信じられない・・・・」
美菜は『さっきまで学校にいたのに』と思うと不思議な気がした。何となく気が急いている晃一とは違って、美菜は長崎を楽しんでいるようだ。晃一はそれを見て宿に電話すると、食事を30分遅らすように依頼した。大きな石段を上がって境内に入ると、そこからまた大きな石段を上がって拝殿で参拝する。美菜は静かに祈っていた。
「美菜ちゃんは何をお願いしたの?」
参拝を済ませた晃一は美菜に聞いた。
「どうか大学に受かりますようにって」
「そうだね。受験生だものね」
「おじさまは?」
「美菜ちゃんが絶対大学に受かりますようにって」
「うわぁ、嬉しい」
美菜の顔がパッと明るくなった。そして晃一を見てにこやかに微笑んだ。
「さぁ、行きましょう」
そう言うと美菜は晃一に寄り添って歩き始め、そっと腕を晃一に絡めてきた。『うわ、私、こんなことしてる』美菜は自分で自分のしていることに驚いた。しかし、今の美菜にとってはとても自然なことなのだ。それがまた不思議だった。
美菜はまっすぐ元来た道を戻っていく。
「美菜ちゃん、もっとゆっくり見なくていいの?」
「いいです。少し遅れてるんでしょ?行きましょう」
「あぁ、それじゃ、行こうか」
「泊る所は街から離れてるんでしょ?」
「そうなんだ。意外に長崎って泊まるところが少ないみたいで、どこも結構混んでるんだよ。だから、離れたところになっちゃったんだ。ごめんね」
「ううん、私が急に言ったんだもの。それくらいは仕方ないから。長崎の街に来たんだし」
「そう言ってくれると安心するよ。もちろん、美菜ちゃんは文句なんか言わないってわかってたけどね」
「フフフ、わかんないですよ。着いてから文句言うかも知れないし」
「それはついてみないと分かんないね」
「はい」
二人はそんな話をしながら車に戻ってホテルに向けて出発した。長崎の街は主に浦上川の東側に広がっているが、晃一は旭大橋を渡ると西側へと進め、さらにそこから山へと昇って行った。美菜はどんどん街から離れていくので、わかってはいたがちょっとがっかりした。しかし、長崎に行きたいと言ったのは水曜日なのだから贅沢は言えない。もちろん、もう一週間待てばもっと良い環境で旅行できたのかもしれないが、気持ちとしてそこまで待てなかったのだ。それだけ集中度の高い勉強を続けるのは本当に辛かったし、結果が付いてきたことは心から嬉しかったのだ。
車は少しずつ高いところに上がっているようだ。ときどき街のビルの高さと同じくらいのところを走っているのが見える。美菜は、もしかしたら少しくらいは街が見える宿かも知れないと思った。ただ、美菜は旅館に泊まるのかホテルなのかもわからないし、お愉しみと言った手前、自分から聞くわけにもいかなかった。車は小さなトンネルを抜けてさらに山の方へと上がっていく。
やがて車は狭い道へと入り、ホテルらしき小さな看板を曲がると駐車場らしいところに着いた。ゆっくりと進んでいくと、ホテルのフロントは奥にあり、ドアボーイが車を運んでくれるらしい。二人はフロントのある建物の前で車を降りると、手荷物だけ持って中へと入って行った。
「わ、なんか素敵なとこみたい・・・」
美菜は広々としたフロントの景色に魅了された。そして二人はフロントの上の階にある部屋へと案内された。
「!!!!!すごっ!!!」