第278部

部屋に入ると突然、圧倒的な景色が目の前に広がった。窓は全面のガラスドアになっており、その向こうに小さなバルコニーがあって向こうには素晴らしい長崎の街が眼下に広がっていた。圧倒的とも言える景色だ。美菜はその景色に圧倒され、引き寄せられるようにバルコニーへと歩いて行った。
すかさず客室係がドアを開けてくれた。
「うわぁー、すごい、こんな景色、初めて」
美菜は想像もしなかった景色に夢中になった。入り組んだ湾がすぐ近くに見える。あまり標高は高くないようだが、街全体と湾がきれいに見渡せ、椀には小舟が行き来している。少しだけ6時を回っていたが、美菜は最後の写真を友紀に送った。これなら友紀も文句は言えないはずだ。
「どう?気に入ってくれた?」
「きれい。本当に・・・・、来たんだ・・・」
美菜は長崎に来たという実感を味わっているらしい。晃一は美菜が気に入ってくれたようなのでホッとした。
客室係が帰ると、美菜は一番気になっていることを聞いた。
「ねぇおじさま、こんな部屋、高かったでしょう?」
「そうだね、それはそうだけど、でも美菜ちゃんとの旅行だからね」
「ありがとう。とっても素敵・・・・」
「もうすぐ夕暮れだから、気に入ったのなら外を眺めてればいいよ」
「ううん、ずっと外にいると暑いし、中からでも景色は見えるから」
そう言って美菜は部屋の中に入ったが、そうすると異様に大きなベッドが嫌でも目に入る。キングサイズ別途なので嫌でも目に入るが、どうしてもベッドをまともに見られない。いつも行く晃一の部屋はソファがベッドに変化するのでベッドに直接寝たことは無いからだ。そうは言っても自分から望んだことだ。少しドギマギするが分かっていたことなので無理に無視するとソファに座った。
「さて、これからどうしようか?」
晃一は美菜にさりげなく聞いた。
「どうって・・・・」
そう聞かれても答えられる筈がない。
「おじさまが・・・・決めて・・・・」
そう言うのが精いっぱいだった。
「それじゃ、少ししたら食事に行こうか」
「はい」
そう言うと晃一は一人でバルコニーに出ると煙草に火をつけて一服し始めた。美菜はどうしていいのか困ってしまった。もちろん、ここで何をするかくらいは分かっていたし、望んでいたことでもあるのだが、まさか美菜から言うわけにもいかない。だから改めて部屋の中をよく見て回ることにした。
部屋にはもちろんバスが付いており、バスタブの向こうは部屋と同様に大きな窓が付いている。ただバスと洗面台は部屋とガラスで仕切られているだけで、これなら部屋から服を脱ぐところが見えてしまいそうだ。『きっとそういう関係の人が泊まるようにできてるんだ。家のお風呂とは違うんだ』美菜は『大人の関係』の男女が泊まるようにできている部屋の造りに妙に感心してしまった。ただ、このお風呂は洗い場が無い。それだけが気になった。
しかし、じっとしていても時間が無駄になるだけだ。
「おじさま、先にシャワー浴びてもいい?」
そういうと美菜は思い切って替えの下着を取り出すと汗を流すことにした。
「うん、いいよ。見たりしないからゆっくり入っておいで」
晃一はそう言うと、ゆったりとソファに座り、荷物からノートパソコンを取り出した。美菜はこの開放的なバスルームで裸になるのがちょっと気になったが、シェードを下して部屋からは直接見えなくするとバスタブにお湯を入れながら、先にシャワーを浴びた。
思ったよりも汗をかいていたようだ。美菜は想像以上に肌がぬるぬるすることに驚いた。今日はあまり汗をかかないように気を付けていたつもりだが、飛行機や車での移動中、かなり緊張していたのかもしれない。美菜はこれから晃一に与えることになる肌を丁寧に洗いながら、どんな夜になるのだろうと胸をときめかせた。
晃一はソファで軽く着替えて美菜が出てくるのを待っていたが、美菜はゆっくりと湯に浸かっているのかシャワーの水音が止んでも美菜はなかなか出てこなかった。もちろん、今日は晃一の言うことをすべて聞くというのが条件なので覗いたってかまわないのだが、無防備にお風呂に入っている姿を覗いてもたいてい良いことはない。無防備な姿と言うのは見られることを意識していないのだからあまり可愛いものではないのが普通だ。取り敢えず、クロークの中に入っているガウンを取り出してソファにかけておく。これでいつでもソファで美菜を可愛がって直ぐにガウンに着替えられる。
それにしても簡単にシャワーを浴びたのにしては時間が掛かっている。晃一がしびれを切らしたころ、やっと美菜が出てきた。制服から着替えた美菜はストレートラインが特徴のミニの水色のワンピース姿だ。晃一がその姿を見てちょっとだけ驚いたのを感じた美菜は、
「あ、制服の方が良かった?ごめんなさい。結構汗をかいていたから・・・」
と言って言い訳をした。その時、晃一は美菜がいつもよりさらに少しだけスリムになっているような気がした。ストレートに近いミニなのでスリムなラインが強調されており、胸の膨らみは余り分からないくらいだが足がとても綺麗だ。スカートの部分はかなり短く、その割には広がっているので足が細く見えるのだろう。
「ううん、とっても綺麗だ、と言うか、可愛いというか、とにかく素敵だよ」
そういうと晃一は立ち上がった。美菜も自然と晃一に近づき、そのまま二人は静かに抱き合った。
「おじさま・・・・・」
「美菜ちゃん、今日の美菜ちゃんはきれいって言うより可愛いね。とっても素敵だ」
そういうと晃一は美菜を抱き直すと、美菜は熱い息を吐きながら晃一の首に手を回してきた。そのまま二人はゆっくりと唇を重ね、静かに舌を絡め合う。『あ、これだ。大人のキス。これをされると力が抜けちゃう。溶けてしまいそう・・・・』美菜は気持ちが吸い込まれるように晃一へと向かっていくのを止めようがなかった。今日は時間を気にせずにお互いを求め合える。特に美菜にとっては頑張ったご褒美の記念日だ。美菜は思いの丈を込めて小さな舌を晃一の舌に絡めた。
「美菜ちゃん、痩せた?」
「ううん、おんなじ。どうして?」
「そんな風に見えたから」
「そんなことない」
更にそのまま二人は2分近くキスをしていた。美菜の身体が少しずつ熱くなってきて、身体がその気になってきたのが美菜自身にも良く分かった。
「それじゃ、食事に行こうか?」
晃一がそっと美菜を解放すると、美菜は大人しく晃一から腕を解いた。
「はい・・・・・」
その仕草は二人とも何となくぎくしゃくしている。本当はそのまま服を脱いでベッドで夢中になりたいのを我慢しているのがお互い良く分かった。
「美菜ちゃん、良い匂いがするね。お化粧をしてたの?」
「そう・・・・ちょっとだけ・・・・」
身体を良く拭いてから乾いたタオルでもう一度拭いて、それからいろいろ使ったので本当はちょっとどこでは無かったのだが、美菜がなかなか出てこなかった理由がこれではっきりした。
「こんなに肌がきれいなのに、お化粧するんだ」
「だって、これは基礎化粧だし・・・・・・少しだけだし・・・・汗臭かったら嫌だし・・・」
いつものはっきりとした性格の美菜とは少し違う感じのはにかんだ受け答えだった。こういう美菜もまた良いものだ。堪らなくなった晃一は、腕をほどきかけたがそのまま細い項へと唇を這わせた。
「ああぁぁんっ、ちょ、ちょっとぉっ、だめぇぇ、あああんっ、おじさまぁっ」
完全に離れるとばかり思っていた美菜は不意を突かれて声を上げた。しかし、腕はしっかりと晃一の首に再び巻き付いた。
「良い匂いだ」
晃一の舌が美菜の項をズズッと舐め上げた。
「ああぁぁ、だめ、おじさまったらぁ、ああぁぁんっ、いやぁぁぁ」
「可愛いよ。我慢できないんだ。良いだろ?」
「だめぇ、私も我慢できなくなっちゃうぅ、ああぁぁぁ、そんなにだめぇ」
美菜は最初首を延ばして晃一の舌をたっぷりと項に受けていたが、だんだん離れようとしてきた。止まらなくなるのが恐いのだ。だから晃一は更にもう少しだけ細い項を楽しむと、やっと美菜を解放した。
「もうっ、いきなりなんだからぁ」
「ごめんね、さぁ、食事に行こうか」
晃一はさらに夜が楽しみになったと思いながら、食事の場所へと美菜を連れて行った。夕食は宿泊しているのとは違う隣の建物の二階にあるので、少し外を歩いて行く必要がある。ここから見ると全部の建物が2階建てに見える。実際は斜面を利用しているので4階建てだったりするのだが、自然を上手く利用した建て方だ。
「うわぁ、ここも綺麗」
美菜は案内された窓際からのテーブルの眺めに声を上げた。部屋からとは少し違うが、向こうに広がる長崎湾と対岸の景色はこちらの方が素晴らしいかもしれない。ホテルの場所自体が街の対岸にあるので、ホテルからは長崎の街が湾の向こうに見えるのだ。
晃一がすでにコースを頼んであるので二人は飲み物だけ注文した。
「おじさま、さっき、もう、いきなりなんて・・・・まったく、おじさまったら」
美菜は身体にまだ残っている感覚に、再び晃一に文句を言った。菜摘ほど大きくは無いが端整な小さな顔にぱっちりとした目でじっと見つめられると本当に可愛い。
「いやだった?」
「そんなことないけど、やっぱり・・・・・、もう、どうするんですか、止まらなくなったら」
「大丈夫だよ。そんなことにならないから」
「おじさまは良くっても、私だって止まらなくなったりするの。もう、本当に」
「ごめんね、ちょっと我慢できなくなってさ」
「だから、ダメよ。もうあんな事したら」
「あんなことって?」
「・・・だから・・・・・あんなこと・・・・」
美菜はちょっと恥ずかしそうに俯いた。今日の美菜はとても女の子らしいというか、可愛らしい。
「それよりも、ここまでは、どう?ここ、気に入ってくれた?」
「もちろん。これで気に入らない子が居たら不思議。こんなに素敵なことされて参っちゃわない女の子なんて絶対いないと思うけど」
「そうか、それって、気に入ってるってことだよね?」
「はい。とっても」
そういうと美菜はにっこり笑ってから窓の外の景色に見とれた。
「本当に綺麗ね・・・・」
美菜はオレンジジュース、晃一はビールで乾杯して食事が始まった。最初は前菜が2種類だ。
「ゆっくり選んでいられなかったからコースを予約しちゃったんだけど、良かったかな?」
「はい、全然良いです」
「和食の方が良いかなって思ったんだけど、高校生だからこっちの方が良いかと思って」
「はい、洋食は好きですから」
「洋食って言うか、フレンチのフルコースだけど、ま、フレンチでも洋食でもあんまり変わらないからね」
「え?洋食ってフレンチも入るんじゃないんですか?」
「洋食は日本で発達した外国料理を日本風にアレンジしたもの。フレンチはそのまんまフランス料理だから本来は日本の料理とフランスの料理で全然違うけど、実際にはあんまり違わない事も多いかも。特にちょっと高級になってくるとね」
「料理の違いって言うのはないの?」
「うーん、細かく言うといっぱい違うけど・・・・、例えば本格的なフレンチだと前菜にとても細かい細工をするし、フランスではスープは飲まないことも多いし、でも洋食だとスープは必ず付いてくるし、第一量が違うんだ。フレンチのメインて本当はかなり量が少ないんだよ。全体的に味が濃くてかなり脂っこいかな。それに比べて洋食はメインがどかんて出てくるだけだよね」
「そうなんだ。それじゃ洋食のほうがカロリーは高いんだ」
「うん、フレンチパラドックスって言って、フランス料理は料理としてはカロリーが高いのにフランス人にはアメリカ人ほど成人病が多くないのは謎だって言われてた時期もあったんだけど、実際はメインになる料理の量が少ないからそんなにカロリーを取らないんだよ。野菜が多いしね」
「ふうん、日本だとフランス料理って言えば豪華で値段も高くてカロリーも高いってイメージだけど、本当はそうじゃないんだ」
「普通、フランス人はもともと外食をあんまりしないんだ。たいてい家で作るんだ。だからレストランは記念日とか特別の日に外食する人のために料理を出すのがメインになっていて、だから味の濃い豪華な料理なんだけど、それでもワインとかにお金を使う人も多くて、どっちかって言うと料理とお酒だとお酒の比重も高いんだよ。アメリカ人は外食が多いけどね」
「それじゃ、今日のおじさまはワインも飲むの?」
「ううん、どうしようか迷ってるんだ。日本酒も飲みたいしね」
「フランス料理で日本酒って、なんか不思議な気がするけど・・・・・。合うの?」
「うん、今の日本酒は糠の匂いのしないさっぱりしたかんきつ系の香りのものもいっぱいあるから、結構フレンチとかには合うものが多いよ」
「そうなんだ」
「飲んでみる?」
「まさか、いいです」
「お酒は飲んだこと無いの?」
「家で親とお正月にちょっとだけ飲んだことあるけど、そのまま酔っ払って寝ちゃって・・・」
二人の会話は弾んでいた。ゆっくりと暮れていく窓の外の景色を何度も楽しみながら食事を進めていくとつい時間の経つのを忘れてしまう。そしてメインのステーキが出てくる頃に窓の外は美しい夜景で満たされていた。
「本当に綺麗だね。何度見ても」
「そう、海の所からだんだん山の方に上がっていくまでの、なんて言うか、斜面が全部光で覆われてるから」
「長崎の夜景が有名なのも良く分かるね」
「そう、見てみたかったんだ。この夜景」
「東京とは違う?」
「あれは単に光が多いだけ、だと思う」
「そうだね、この長崎みたいにすり鉢状になってないものね」
「うっとりしちゃう。あこがれてたんだ、この景色」
「良かった。部屋からも見えると思うよ。ここからとは少し違うけど」
「ふふふ、おじさまよりも夜景の方ばっかり見てるかも」
「そんなこと言うんだ。ま、頑張ったご褒美だからね。楽しんで欲しいな」
「そう言う所って大人」
「おとな?」
「そう、若い子だったら、直ぐにそんなこと言うなとか、俺を見ろとか、そんなことばっかり言うから。だから子供だなぁって」
「そうか、褒めてくれてるんだね。ありがとう」
「どう致しまして」
コースが進んで魚料理も半分くらい食べた時に晃一はビールを日本酒に切り替えることにした。
「それじゃ、後はステーキだから、ここで俺は日本酒を少し飲むかな」
そう言うと晃一は冷酒を頼んだ。もちろん魚にも良く合う。
「魚料理と日本酒って良く聞くけど、ステーキにも合うの?」
「うん、もちろん日本酒は海のものに良く会うけど、肉にだって良いよ。魚料理に合うのは生臭みを消してくれるからだけど、肉の油も洗い流してくれるからね。ほら、今度はシャーベットが出てきただろ?これは今食べた魚の口の中の生臭みを消す意味もあるんだ」
「そうなんだ」
「でも、今日の魚料理は伊勢エビだったから、そんなに生臭くないけどね」
「ねぇ、日本酒とステーキって、美味しいの?」
「うん、美味しいよ。日本酒の中でもあっさりした奴だからね。美菜ちゃんはオレンジジュースお替わりする?」
「ウーロン茶が良いな」
「わかった」
晃一はウーロン茶を注文すると、メインのステーキと一緒に運ばれてきた。
「和牛って油が濃いからね。いつもは白ワインとかと一緒に食べるんだけど、今日は日本酒で食べるよ」
「大人っていろんな楽しみ方ができて良いなぁ」
「美菜ちゃんももう直ぐだね。お酒が飲めるまで」
「もう直ぐって言われても・・・・3年あるし・・・・」
「ごめんごめん。美菜ちゃんにとって3年は長いよね」
「そう・・・だいぶ先・・・大学生・・・・なってるかな」
「そう言えば『どんなに長生きしても最初の20年は人生で一番長い』って言う言葉があったっけ」
「へぇ、そうなんだ」
「うん、大切な時期だって事だよね。ところで、ステーキは美味しい?」
「とってもおいしい。こんなの初めて」
「良かった。気に入ってくれたんだね」
「気に入ったって言うか、嬉しい・・・かな?」
「後はデザートを食べて終わりだけど、お腹はいっぱいになった?」
「もうパンパンで動けない。本当にお腹いっぱい」
「そうか、でもすぐにいっぱい身体を動かすんだからまたお腹が減るよ」
晃一はそう言ってから美菜にまた下ネタと言われるかと思ったが、美菜は、
「そうかな?そうなると良いな」
と言っただけだった。