第29部

 

「ねぇ、パパ・・・・・」

「なに?」

「パパって結婚してるの?」

「え?そうか、言ってなかったね。それが?」

「教えて」

その様子から、晃一は菜摘が真剣に聞きたがっていることに気が付いた。

「まず教えて。菜摘ちゃん、それを気にしていたの?」

「うん、だって・・・・・・・」

「そうだね、言ってなかったものね。隠すつもりはなかったんだよ。ごめん」

「いいの」

「あのね、俺は一度結婚したんだ。でも、今は一人だよ」

「別れたの?」

「そう、バツイチだね」

「そうなんだ。結婚してたんだ・・・・」

「もっと聞きたい?」

「・・・・・・・うん」

「結婚したのは12年前、別れたのは8年前かな。最も、一緒に暮らしてたのは2年もなかったけどね」

「どうして?」

「最初は俺が転勤しても付いてきてくれるって言う感じだったんだ。でも、彼女にも仕事があって、子供がなかったから、俺が転勤になった時に別居になってね、そのまましばらくは別居が続いていたんだけど、俺が彼女の居た街に戻る可能性がゼロになってから、だんだん離れて行っちゃった。それで、このまま結婚していても仕方ないねって言う話になって、別れちゃった」

「パパはその人のこと、好きだった?」

「うん、好きだったよ。俺はずっと別居でも構わないと思ってた。仕方ないって。でも、彼女は耐えられなかったみたいだね」

「その人はどうだったの?」

「彼女の気持ち?そればっかりは聞いてみないと分からないけど、結婚してるのにずっと別居が続くって言うのに耐えられなかったんじゃないかな?最後の頃には、誰かに『どうして離れたままなの?』って聞かれるのが辛い』って言ってたから」

「どうして辛いの?」

「うーん、菜摘ちゃんは分かるかな?例えば、菜摘ちゃんに彼ができたとするでしょ?その人と、例えばずっとメールだけのつきあいで、全然会わない、会う予定もない、って言う状態が続いたとするよね。本人たちはそれでも良いって思っていたとしても、周りの人はどういうかな?」

「きっと、『どうして会わないの?』って聞いてくる」

「それと同じだよ。菜摘ちゃんに彼氏が居るってことを知る人が増えれば増えるほど、菜摘ちゃんは『心配してくれる人』にちゃんと説明しなきゃならない。それがどんどん増えていって何度も何度も同じことを聞かれて答えなきゃならない。それが何度も繰り返されて、ずっとずっと続くとしたら?」

「たぶん・・・説明するのが嫌になる」

「そうでしょ?俺たちも全く同じだった。俺だって何十人に同じことを説明したか分からないもの。真剣に、二人の事情を何か録音しておいて聞かれる度『これを聞いて』ってレコーダーを差しだそうと思ったもの」

「そうなんだ・・・・・」

「だから、彼女はそれに耐えられなくなったのかもしれないね。何度も繰り返してると、聞かれる度に、『あなたたちは正常じゃない』って言われてるみたいに感じるようになるから」

「そうか・・・・・」

「菜摘ちゃん、分かってくれるかな?」

「なんとなく・・・だけど・・・・・」

「他に聞きたいことは?」

「ううん・・・・ない・・・・」

「それじゃ、今度は俺から聞かせて」

「え?」

「どうして気になったの?」

「だって・・・」

「今まで気にしてなかったのに。それは、言わなかった俺は悪いけど、自分から言い出すのも変な気がしてね」

そう言われると、確かにその通りのような気がした。

「・・・・・・・・・・・・・」

菜摘はしばらく黙っていたが、晃一がじっと返事を待っているのが分かると重い口を開いた。

「言われたの・・・・不倫してるって」

その菜摘の言葉に、晃一は菜摘がとても真剣に悩んでいることを知った。

「そうか、やっぱり俺から言うべきだったね。ごめんなさい」

「ううん、もういいの・・・・」

「でも・・」

「友達にいきなり言われてびっくりして、そんなつもり無かったし、素敵なパパだって思ってたから。不倫なんて考えたこともなかったから」

「その友達は仲の良い子?」

「ううん、今はそれほどでもないけど、でも良い子だから」

「そうか、心配してくれたんだね」

「うん」

菜摘が真剣に悩んでいることが分かり、晃一はこれ以上はどうしようもないと思った。ただ、一つ聞いておきたいことがあった。

「菜摘ちゃん、教えて。後悔してる?昨日のこと」

晃一のその言葉は、意外にも菜摘に優しく響いた。本当に心配してくれていると思った。

「ううん、それはない。後悔なんてしてないよ。嬉しかったもの」

「よかった」

晃一はその言葉を聞いて心から安心した。

「でもね、今は心の整理ができてないの。このままパパに・・・・・・って言うのが・・」

仕方がないと思った。菜摘の今日のこの状態ではキスするどころか、抱きしめることさえできるかどうか分からない。菜摘が服を脱ぐとはとても思えなかった。

「菜摘ちゃん、もし、菜摘ちゃんが昨日みたいなこと、して欲しくないのならもうしないから安心して。何度も言うように、菜摘ちゃんが望まないなら意味ないから」

「うん・・・・・」

「菜摘ちゃん、もう少し近寄ってくれる?」

そう言うと菜摘は、晃一の直ぐ側に来てくれた。軽く引き寄せると、晃一に身体を少しもたれ掛かってもくれた。しかし、それは昨日のような身体を全て預けるという感じではなく、あくまで少し寄りかかっただけだ。それでも晃一は嬉しかった。今の菜摘にしてみれば、精一杯のことなのが分かっていたからだ。晃一は後ろから手を回して菜摘の肩に軽く手を置き、そっと話し始めた。

「菜摘ちゃんが後悔してなくて良かったよ」

「・・・・・」

「それに、昨日最後までしちゃわなくてね」

「どうして?しちゃってたら悩まなかったかもしれないのに」

「そう?俺はそうは思わないよ。菜摘ちゃんはとってもまじめな性格だから、後から言われたとしたら、きっと一人で悩むと思うな」

「そうかなぁ?」

「うん、周りには言わないかもしれないけど、きっと一人で悩むと思うな。『こんなはずじゃなかった』って」

「そう?」

「うん。だって菜摘ちゃんは、自分で納得してからじゃないと嫌でしょ?」

「そう、だから、後で知ったってどうにもならないじゃないの」

「だからこそ悩むと思うよ。もう、後戻りはできないんだから。いつの間にか自分は不倫していたって思って」

「そうかぁ・・・・・それは・・・・・そうかも・・・・・・」

「だから、半分はしちゃったけど、全部じゃなくて良かったと思うよ」

「そう?でも、もしかしたら私、このまま居なくなっちゃうかもしれないよ?」

その菜摘の迷いそのままの言葉は晃一の心を突き刺した。しかし、晃一としてはじっと歯を食いしばって耐えるしかない。

「それなら、仕方ないね。諦めるしかないよ」

「いいの?それで」

「うん、それが菜摘ちゃんの出した結論なら、受け入れるよ。悲しいけどね」

「きっと私も・・・・・」

菜摘は『居なくなってしまうかも』と言われても菜摘の心を大切にしてくれる晃一の気持ちがありがたいと思った。しかし、心が乱れていることに変わりはない。もし今、晃一が求めてきても応えられる自信はなかった。たぶん、逃げ出してしまうと思った。

「菜摘ちゃん、でもね、俺は嬉しいよ」

「なにが?」

「菜摘ちゃん、これだけ気持ちが不安定なのに、そっと俺の横にいてくれるでしょ?全然嫌がらないで居てくれるでしょ?たぶん、俺のことを心配してくれてるんだね。それが嬉しいの」

「ううん、そうじゃない。私はここにいたいから居るの。それだけ」

「でも、俺がこれ以上のことをしようとしたら、絶対嫌でしょ?」

「それは・・・そう・・・・」

「そう言う精神状態でも居てくれるから嬉しいんだ。菜摘ちゃんの心の優しさが感じられるから」

「うん・・・・・・」

「これからどうしようか?食事にでも行こうか?」

「・・・・うん・・・・・・・・・・・・。でもごめんなさい。今日は帰る」

「そうか。わかったよ。送ってく?」

「ううん、一人にして。お願い」

「分かった。送らないよ」

そう晃一が言うと、菜摘が立ち上がった。

「ごめんねパパ、我が儘言って」

「ううん、そんなことない」

「私・・・・・」

菜摘は言葉に詰まった。何か言いたいことがあるのに言葉が出てこない。

「また来てくれる?」

晃一はこれだけは聞いておきたいと思った。無駄な気もしたが、後で後悔したくなかった。

「・・・・きっと連絡する」

本当なら『また来る』と言いたいのだが、それが今の菜摘には精一杯の言葉だった。

「うん、ありがとう」

「ごめんね、パパ」

「ううん、何いってるの」

「・・・・・・・・・」

菜摘は何も言わずにじっとしていた。このまま帰るには何かが足りないと思った。

「あ、菜摘ちゃん、聞くのを忘れてた」

「なあに?」

「テストはどうだった?」

「あ、忘れてた。うん、何とか書けたよ」」

「それじゃ、成績も上がる?」

「うん、たぶんね」

「良かった。それを聞けて嬉しいよ。よく頑張ったね」

「へへへへ。がんばったよ、私」

「うん、偉い偉い」

晃一は菜摘の頭を撫で撫でした。菜摘は嬉しそうに照れていた。そして、小さな声で言った。

「私、このままずっとパパの側に居たいのに・・・・」

「うん、そうなると良いね」

すると、菜摘がすっと晃一に寄りかかってきた。晃一の腕にそっと抱かれる。

「菜摘ちゃん、このまま居なくなっちゃうの?」

「わかんない・・・・・」

「居なくなると寂しいな」

「私も・・・・・でも、わかんないの・・・・」

菜摘は晃一に軽く背中を撫でられながら、だんだん悲しい気持ちになってきた。ふと『どうして自分はこんな事をしてるんだろう?』と思う。

「キスしても良い?」

晃一がそう言ったが、菜摘は小さく頭を振った。晃一は心の底からがっかりした。このまま菜摘が居なくなってしまうと思うと、居ても立っても居られない気持ちだ。正直、このままベッドに押し倒してしまいたい気持ちもある。一瞬、それでも菜摘は嫌がらないかもしれないと思ったが、そんなわけないと思い直した。

それにしても、自分でもこんなに菜摘のことが好きだったのかと改めて驚いている。しかし、菜摘の気持ちは大切にしなくてはいけない。菜摘にしても、こんなに中途半端な辛い気持ちのままでいるなら、このまま晃一に抱かれてしまおうかという気持ちも少しあった。全てを知った後でなら悩まなくても済むと思った。しかし、それをしたらきっと凄く後悔すると思ったし、自分の気持ちを大切にしたいという晃一の気持ちも嬉しかった。その気持ちに応えるためには自分で決めなくてはならない。

菜摘はそっと晃一から離れた。

「パパ、それじゃ、帰るね」

「うん。気をつけて帰るんだよ」

「大丈夫」

そう言って菜摘は荷物を持って玄関に行った。

「パパ、もう一回イイコイイコして」

「うん、菜摘ちゃん、よく勉強がんばったね」

「うん。嬉しい」

「それじゃ、気をつけてね」

「パパ・・・・・・・・バイバイ・・・・」

そう言うと菜摘は部屋を出て駅へと向かった。

駅に向かう途中、菜摘は自分の心に何度も問いかけてみた。このままパパには会わない方が良いのだろうか?ここまでの思い出にした方が良いのだろうか?何となく答えが分かっているようだったが、どっちなのかは分からなかった。

家に帰ってから、模試が終わった日だと言うのに直ぐに部屋にこもってしまった。もちろん、菜摘の部屋は妹と一緒だから一人っきりというわけではない。しかし、テストが終わるまでは全力でがんばってきたので疲れが一気に出てきた。いつもはテストが終わった日はテレビをしっかりと見ることが多いのに、とにかく身体がだるい。今朝まで全力でがんばった反動が出たらしい。ぐったりとした菜摘は9時過ぎに寝てしまった。

それからの菜摘は、心の中の大切な物が無くなってしまったような、自分が半分消えてしまったような変な気持ちで過ごすことになった。家での勉強だけは何とかしていたが、それまでの気合いに比べれば全然集中していない。菜摘は机に向かう度に、それが晃一への愛情なのか、勉強に集中できない焦りからなのかを確かめようとしていた。晃一からは暖かいメールが届いたが、それを真剣に読むと心が動きそうで、簡単に読んだだけで返事も出さなかった。

麗華たちも心配してくれているようだったが、そっとしておいてくれるのが嬉しかった。いろいろ考えて悩んで、ここ数日ではっきりしたことがある。菜摘は今、確かに晃一のことが好きだった。それは間違いない。好きならこれ以上迷う必要がないはずなのだが、晃一に連絡しようとすると、どうしても心が沈んでしまう。気持ちを変えたいのに変えられない、そんな中途半端な想いが余計に菜摘の気を重くした。

学校に行っても、授業にどうしても集中できない。晃一と付き合っていた時は予習がかなりできていたので、授業では一度理解したものをもう一度復習するような感じだったが、今は遅れないようにするのが精一杯という感じだ。自分でもこのままじゃいけないと思うのだが、何をどうすればいいのか全然分からなかった。

水曜日の帰りに偶然、花梨と一緒になった。

「ナツ、ちょっと聞いたよ。迷ってるんだって?」

「うん、なんか変なの」

「確認した?」

「うん、バツイチだって」

「それなら問題ないじゃないの」

「うん、それはそうなんだけど・・・・、なんか・・・ね・・・・」

「それ、私にも経験ある。今まで調子よく進んできたのが、一回躓いちゃうと元に戻らないって言うか、気持ちが乗らないんでしょ」

「うん、嫌いじゃないし、って言うか好きだし、なんにも問題ないはずなのに、自分の気持ちがわからなくなっちゃった」

「彼に相談した?」

「メールはくれるんだけど、一人で考えたいから連絡してないの」

「それって、放っておくとマジヤバになるよ」

「どうして?」

「だって、向こうにしてみれば放っておかれてるわけだから、いつまでもそのままだと気持ちがどんどん冷めていくよ。だっていくら心配しても相談もしてくれないんじゃ」

「そうか・・・・、そうだね、ありがと」

「どっちかに決めなきゃね」

「うん。そうする。それと、ちょっと心当たりある?」

「なに?」

「あのね、私のこと、結佳にチクった奴が居るんだ」

「え?」

「結佳には話してないのに、『不倫してるの?』っていきなり聞かれたから」

「そうなの・・・・・・」

「あの時しか話をしてないから、絶対グループの中に漏らしてるのが居るはずなんだ」

「二人で居る所を結佳に見られたとかじゃなくて?」

「ううん、違う。だって『不倫してるの』っていきなり言われたもん」

「そうか、でも年が離れてるんだから、見られただけでもそう思われる可能性だってあるでしょ?」

「そうか・・・・その線も・・・・・でも、あるかなぁ?」

「とにかく、私も気をつけて見るよ」

「おねがい」

「それじゃあね、がんばってね」

花梨はそう言うと帰って行った。菜摘は花梨に相談に乗ってもらって少し気が楽になった。そして、その夜に晃一からのメールをもう一度ゆっくりと読んでみる勇気が出た。

『菜摘ちゃん、今まで黙っていてごめんなさい。菜摘ちゃんがあんなに悩むんなら、もっと早く自分から言えば良かったと思って後悔しています。菜摘ちゃんと最初に話をした時、まだごく普通の高校生だと思っていたし、こんな関係になるなんて思いもしなかったから自分のことはあまり言わなかったけど、それがそのまま続いちゃって・・・・。ごめんなさい。せめて、先週部屋に来てくれた時には言うべきでした。今は菜摘ちゃんがどんな答えを出しても、しっかりと受け止めるから、菜摘ちゃんにとって一番良い選択をして下さい。菜摘ちゃんが一日も早く、元気な女の子に戻ることを心より願っています』

菜摘はゆっくりと3回読んでみた。そして、嬉しい気持ちもあったが、少し腹も立った。『私のこと、大切に考えてくれるのは嬉しいけど、それだけしかないの?パパの気持ちはどうでも良いの?もう、パパったら、紳士なのにもほどがあるわ』と思ったのだ。しかし、考えてみれば、これで菜摘が別れることを選べば、その文句を晃一に言う機会は来ないのだ。菜摘は晃一と一緒にいるからこそ楽しいことや辛いことがあるのだと気が付いた。しかし、それで何が変わるわけでもないことも事実だった。

そして木曜日になった。朝、菜摘はやはり月曜日からとずっと同じ憂鬱な気分で学校に向かっていた。そして、いつもの駅で重い気分でホームに降りると、前のほうを晃一が歩いていくのを見つけた。その姿を見た瞬間、はっとした。突然心の中で何かのスイッチが入った。思わず晃一の方に走り出そうとした。その瞬間、菜摘ははっきりと理解した。『やっぱりパパと一緒に居たい!』それは分かってみればごく当たり前の気持ちだった。今ならはっきりと分かる。今まで自分で無理に気持ちにブレーキをかけようとしていたのだ。しかし、晃一を見かけた途端、それは消えて行ってしまった。追いかけようとしたが晃一はどんどん人混みの向こうへと消えていく。

慌てて携帯を取りだし、階段の人混みの中から晃一に電話をかけた。しかし、晃一は気づかずにどんどん改札の方へと歩いて行く。呼び出すのを諦めると直ぐに歩きながらメールした。気が付いてくれるだろうか?菜摘は祈るような気持ちでずっと前を歩いている晃一を見つめていた。

しかし、メールを送っても晃一はどんどん先を歩いて行く。菜摘は晃一の後を追いかけようとしたが、晃一は改札からは菜摘の学校とは反対方向へと歩いて行く。ここで走っていけば追いつくが、それではあまりに目立ってしまう。菜摘は仕方なく後ろ髪を引かれる思いで学校のほうへと歩き出した。しかし、もう一度だけ振り返って晃一のほうを見た。すると、既に遠くに行って小さくなってしまった晃一が携帯を取りだし、振り向いて菜摘を捜し始めたのが見えた。菜摘は思わず晃一に手を振ると、晃一も菜摘を見つけて手を挙げてくれた。菜摘は思いきり手を振ると、携帯からメールした。

『パパ、連絡しなくてごめんなさい。やっと気持ちがはっきりしたよ。土曜日、学校が終わったら行くから待っててね。今度は逃げたりしないよ。パパを大好きな菜摘より』急いでいたのでゆっくりメールできなかったが、それだけをとにかく送った。すると、学校に着く頃になって返事が来た。『菜摘ちゃん、連絡ありがとう。とっても嬉しいです。それじゃ、菜摘ちゃんの好きなものを買っておくから食べたいものを教えてね。晃一』菜摘はそれを読んだ途端、一気に胸が熱くなった。そして、自分の暗かった目の前が一気に明るく広がった気がした。元気になった菜摘は授業中、久しぶりに授業に集中することができ、それも嬉しかった。そして、今の自分には晃一が必要なんだと確信した。

そして土曜日、菜摘が次の授業の準備をしている時、麗華が現れた。

「どうなった?」

「え?今日行くよ。それよりどうしたの?全然顔見せなかったじゃない?」

「ちょっとこっちがゴタついててね。気にしなくて良いから。それじゃ、12時半に出るよ。良いね」

「ええ?だって、私、行かなきゃいけないのに」

「どうせ15分だろ?向こうだって直ぐには来ないよ」

「そんなぁ、早くいきたいのにぃ」

「だめ、1時前には終わるさ、いいね」

「・・・・・わかった・・・」

「遅れるんじゃないよ」

それだけ言うと麗華は去っていった。菜摘は仕方なく携帯を取り出すと、晃一に少し遅れると連絡した。今の菜摘の心はあの新しい部屋に行きたくて仕方ないのだが、心配してくれている友達をむげに断るわけにも行かない。菜摘は財布の中に入っているカードキーに触りながらちょっと気持ちが重くなったが、約束の分はさっさと終わらせてしまった方がいいし、親には少し遅くなると言ってあるので何とかなるだろうと思った。

そして授業が終わって友達といつもの喫茶店に集まってから、麗華が口火を切った。

「それじゃ、ナツ、いろいろあるみたいだけど、まず先週の報告だけしてもらおうか」

「15分だからね」

「分かってるよ。でも、今日からの分は別だからね」

「そんなぁ・・・・・」

「何度も延期したのはナツのほうなんだから諦めな」

「・・・それは・・・・そうだけど・・・」

「じゃぁ、始めようか。まず、土曜日はどこに行ったの?」

麗華が聞き始めると、友人たちはぐっと輪を小さくして菜摘の話に聞き入った。時折あちこちから質問が飛ぶ。これはいつものスタイルだった。

「パパと駅前で待ち合わせて、車で部屋に行ったの」

「また社宅?」

「ううん、社宅はおばさんとかが見てるからって、アパートを借りたの」

「へぇ、女子高生といちゃつくためにわざわざ部屋を借りたんだ。引っ越しまでして」

「違うの。引っ越しは面倒だからってしなかったみたい」

「それじゃ、あんたといちゃつくためにだけ借りたの。凄いね。それでどんな部屋」

「とっても綺麗で広かった。私の家より広かったもん、新しかったし」

「さすがオジサマは金持ちだね。で、それから?」

「シャワーを浴びて・・・」

「ほう、あんたもその気十分でスタートしたわけだ。それで下着になったの?バスタオル?」

「ううん、結局また制服を着て・・・・」

「あー嫌らしい。制服でって言われたんだ。やっぱり男って制服着てないと満足しないんだ。女子高生とやるって思いたいんだ」

「違うの、その前に私がシャワーを浴びたら脱がせてって言ったから」

「いいよいいよ。どっちにしても同じことだ。分かったからその次に行こう。それで?」

「まず学校の話を少しして、ちょっとキスして、それからそっと触ってくれて・・・・」

「ベッドで?」

「ううん、最初はソファ。膝の上」

「リビングで脱がされたの?」

「ううん、最初はジッパーだけ外して」

「胸だけ?」

「うん、ゆっくりしてくれたから」

「それで、前の時より感じた?」

「うん、かなり。ちょっと自分でもびっくりした」

「やっぱりオジサマのテクニックは凄いんだね」

「直ぐに脱いだ?」

「ううん、前と同じにしてもらって、感じてから」

「それだと触られても抵抗感がないからね。やっぱりね。なかなか高校生の彼じゃこうはいかないわな。とにかくまず脱がそうとするから」

「無理に脱がそうとしなかったんだ」

「ううん、私から言ったの。『脱がせて』って」

「菜摘から?へぇ、凄いね。菜摘がそんなになるなんて」

「よっぽどその気にさせるのが上手いんだよ。ムード作りが大切って分かってるんだ。しかし信じられないなぁ、ナツが言うなんて・・・・・・」

「だって・・・・・・凄く焦らすのが上手いんだもん・・・・・」

菜摘は顔を真っ赤にしてうつむきながら言った。

「ははぁ、何度も徹底的に焦らされて、脱ぎたくて仕方なくなったんだ」

菜摘は恥ずかしそうに頷いた。

「そんなことってあるの?バージンだよ?」

「バージンでも感じる時は感じるんだよ。私達はロストしてから感じるようになったけど、ナツはちゃんと最初から感じるようにしてもらってるんだ。相手が違うんだよ」

「ブラは?」

「その時に・・・・」

「菜摘、胸が小さいのを気にしてたじゃないの。よく言えたね」

「うん、なんかそういう感じになっちゃって・・・・」

「それから?」

「ちょっと触られて、それから私の部屋に・・・・」

「私の部屋?そんなのあるの?」

「そりゃそうだよ。二人でエッチするためだけの部屋なんだから。きっとダブルベッドの凄いのが置いてあったりするんでしょうよ」

「凄くはないけど・・・・・うん・・・・ダブルだった・・・」

「そりゃぁ、菜摘なんてイチコロだわ」

「ベッドに行ってからは直ぐに裸にされたの?」

「ううん、またいろいろされて・・・・・」

「まだ焦らされたの?」

「うん、それで優しくされて・・・・スカートを脱がされて・・・」

「ねぇ、男の目つきが変わらなかった?」

「変わった。ちょっと怖くなって『待って』って言ったの」

「待ってくれた?」

「うん、その時、今日全部したらテストの時に痛くなるかもしれないから明日にしようって」

「いいなぁ、そんなふうに言ってくれるなんて。がっついてる高校生なんて、やった後の事なんて考えないからなぁ」

「それでまたいろいろされて、結局また自分からパンツを脱がしてって言ったんだ」

「ううん、さすがにそれは・・・・」

「言えなかったんだ。それじゃ、嫌がるのを無理に脱がされたんだ?パンツ破れなかった?」

「ううん、・・・・・・・」

菜摘はさすがにそこから先は言えなくなった。仲の良い友達とは言え、口にするのはあまりにも恥ずかしいことだった。

「ナツ、言いな。まだ時間はあるよ」

「・・・・・・でも・・・・・・」

「ナツ、あんた、今まで私達のだってきっちり全部聞いたでしょ?自分のだけ黙ってるわけ?」

「違うけど・・・・・」

「それじゃ分かってるね」

それは菜摘にも十分分かっていた。言いたくないのではなく、単に恥ずかしくて言えないだけなのだ。

「時間が無駄だよ」

菜摘はもう言うしかないと思った。恥ずかしくて逃げ出しそうな気持ちを抑えてがんばって言った。

「・・・・・・俯せになって・・・・・・腰を上げて・・・・」

「いきなりバック?」

「すっごーい」

「違うよ。菜摘みたいな子にはあの姿勢が一番良いんだよ。そうすればパンツを脱がす時に女の子が手で抑えられなくなるからね。上を向いてると、腰を持ち上げなきゃ脱げないけど、腰を上げたバックなら簡単に脱がせるだろ?」

「へぇ、そうなんだ」

「あんただって、やってみれば直ぐに分かるよ」

「でもぉ、それって恥ずかしい格好じゃない?」

「だからナツは言えなかったんだよ。そうだろ?」

「うん」

「それで触られたんだ」

「そう・・・・・」

菜摘は『指で触られたんじゃなかったけど』とは思ったが、さすがに自分から訂正する気はなかった。

「それで?」

「指を入れてもらって・・・・・」

「入れてもらって?入れられて、じゃないの?ふぅ〜ん。で、痛かった?」

「うん、ちょっとね」

「それで?」

「それだけ」

「そうか、何本入れたの?」

「・・・・2本」

「いきなり?結構痛かったんじゃない?」

「そりゃ、ちょっとはね」

菜摘はもういい加減に話を終わりにしたかった。もう時間は過ぎている。

「良いでしょ。これで。15分経ったし」

「そうか、残念だけどここまでだね」

「ふぅ・・・・」

菜摘は心底安心した。これ以上恥ずかしい話をしなくて良くなったのだ。

「それにしても、上手にするもんだね」

「そう、私、絶対ナツはもっと痛がると思ってた。指だけだって最初は大変だもの」

「それも2本もよ。よっぽど上手にしたんだね」

「でも、男って普通だったらもっといろいろしたがるもんだけどな」

「オジサマだからそれほどがっついてないんじゃない?」

「そうか、それもプラスポイントだよね」

「私なんて最初、いきなり口でされた時、すっごく嫌だったもん。感じなかったし」

「そうそう、やっぱり口は抵抗あるよね。恐怖感あるし、あんまり感じないし」

そんな話を聞いていると、菜摘は本当に晃一が相手で良かったと思った。そしてつい、

「そうなんだ?結構気持ち良かったよ」

と言ってしまった。

「ふうん、・・・・・え?」

「ちょっと待て。ナツ、あんた口でされたっていつ言った?」

「・・・・・・・・・・」

まずいと思った。しかしもう遅い。安心したのと、ちょっとした優越感から余計なことを言ってしまったのだ。

「あんた、まだ隠してるね」

麗華が問い詰めてきた。

「え・・・あの・・・・」

「ナツ、私達にまだ隠し事するつもりなの?あんた、それでこの仲間とやっていけると思ってるの?」

「・・・・ごめん・・・・・」

「もう一度だけチャンスを上げる。全部言いな。隠し事は一切無しだ。もし、次に隠し事が分かったら、あんたはもう仲間じゃない。良いね?」

麗華はぐっと菜摘の方に乗り出すと、はっきり言った。元が綺麗な顔立ちなだけに怒ると凄い迫力だ。

「うん・・・・」

「言い終わるまで時間は延長だ」

「そんな・・・」

「当たり前だろ。今更遅い。さっさとゲロっちまいな」

「・・・・・・ごめん・・・」

「指を入れられた所から。最初は一本だったんだろ?」

「うん・・・・そう・・・」

「やっぱり。それで?・・・・早く言いな」

「あのね、最初に指を一本入れられた時は上を向いてたの。それから腰を上げてもう一回指1本でして、それから2本に・・・」

「あのね、それじゃ口でされたのが入って無いじゃないの。分かった。もう良い。あんたはこのまま出て行きな。あばよ」

麗華の目に冷酷な光が宿った。その冷たい声に菜摘は敏感に反応した。慌てて取り繕う。

「ごめん、言うから。お願い許して。言うから」

「言うの?あ、そう。なら早く言いな」

「あのね、最初に腰を上げた時、・・・・口でされたの。それからちょっとだけ指を入れられて、上を向いてもう一回口でされて、それからちょっと甘えて、それから指を一本入れられて、最後に腰を上げて2本入れられたの」

菜摘は恥ずかしかったので一気に言った。もう顔が真っ赤になっているのが自分でも分かる。

「それって・・・・凄いね・・・・・最初に後ろから口で?聞いたことない・・・」

「だから言いたくなかったの。恥ずかしすぎて。だからお願い、許して」

「分かったよ。ナツにはちょっと刺激が強すぎたね」

「うん。私、びっくりした」

「それじゃ、あんたもメロメロになったろう?」

「うん、いつの間にか夢中になってて、いっぱいおねだりさせられて・・・・でも、恥ずかしかった」

「一番恥ずかしかったのは?」

もう、こうなったら何を隠しても始まらないと思った。

「・・・・上を向いて足を開かれて、・・・それで、声と息でさんざん焦らされたの。それで我慢できなくなって・・・・」

「もしかして自分の手で押しつけた?」

菜摘はこくんと頷いた。

「なに?息と声?それってどういうこと?」

「あんな高等テクニック使うやつなんて高校生には居ないからみんな知らないと思うけど、あそこの直ぐ近くで息をかけられたり声を出されたりするとものすごく感じるんだ。特に低い声を出されると凄いらしいんだ。触られていないのに猛烈に焦れったくなるんだよ。それでナツは我慢できなくなって、彼の顔を自分から押しつけたってワケ」

「ええーーーっ、そんなこと・・・・・彼の顔を?」

「自分で?彼の顔を押しつけた?なにそれ?そんなに我慢できなかったの?」

みんな顔を見合わせてびっくりしている。しかし、菜摘は何も言えない。じっと下を向いたままだ。

「それって凄くない?菜摘がそれほど感じるなんて」

「それより、最初に自分から足を開く?そっちの方が凄いよ」

「ナツ、されたことのないやつの言葉なんか気にしなくて良いよ。みんな聞きな。ナツだって好きな人との初めてのベッドインなんだ。可愛くしたいし、なるべく言う通りにしてあげたいと思うだろ?ナツは一途だから、その気持ちが恥ずかしさよりも強かったってだけの話だ。そんなに不思議?それに、声と息だって、ナツは初めてでそれをされたんだ。自分がどうなるか分からなかったんだから仕方ないだろ?まだ慣れてないんだから。きっと訳も分からずに、気が付いたら夢中でしてたんだろうよ。まぁ、ナツがあれだけ言いたがらなかったのも分かるわなぁ。私だって兄貴のエッチビデオでこっそり見ただけだもん」

「そうなの?それじゃ、それを経験したのはこの中で・・・・」

「手を挙げてごらん?誰か居る?最初だけじゃなくても良いよ」

周りは誰も手を挙げなかった。菜摘だけが小さく手を挙げている。

「そう言うこと。知ってるのは、まだバージンのナツだけだ」

「菜摘、ちょっと凄すぎない?大丈夫?」

「・・う、うん。大丈夫だよ」

「まぁ、これからナツはいよいよ卒業式に行くんだ。月曜日にどんな話が聞けるのか、楽しみにしていようよ」

「あ、もう行かなきゃ。ごめん、それじゃ出る」

そう言うと菜摘はみんなを残して席を立った。まだ友達は麗華を中心にワイワイ話を楽しんでいる。これから食事をしながら今の話をネタに改めて楽しむらしい。