第48部

 

 「でね、最近はちょっと成績が上がってきたから、このまま行けばいずれは圏内に入るんじゃないかって、そう思ってたから国立にしたって言うのもあるの」
「そんなのって有りなの?あんまり聞かないよ。途中から国立圏内に入ったなんて人」
「そうなの?知らなかった」
「だって、そう簡単に成績って上がるもんじゃないじゃん?みんな勉強してるんだから。自分だけ勉強してるなら、そりゃ上がるでしょうけど」
「それが、一応は少しだけど上がってるんだな」
「ふうん、それって、結局やっぱり彼のおかげ?」
「うん、そう思ってる。でもまだ道は遠いけどね」
「勉強も教えてもらってるの?」
「ううん、だけど聞けば教えてくれると思うよ」
「いいなぁ、そんな彼。私も大学生にでもするかな」
菜摘は友紀が彼の好みを口にしたので安心して言った。
「ま、お互いがんばらないとね」
「そ、ウチなんて、この前進路調査になんて書くかで親ともめてさぁ」
二人はいつの間にか駅の改札を入り、ホームへと入ってきた。いつもなら友紀は降りる場所に先に行くので菜摘から離れていくのだが、今日は話を続けている。やがてホームに電車が来ると、一緒に乗ってしまった。菜摘はまずいと思った。少なくとも今は友紀にこれ以上のプライベートを教えたくなかった。しかし、降りる駅は隣なので友紀にはもうバレバレだ。仕方なく菜摘は白状した。
「ごめん、次なんだ。降りるから」
「あ、そうなんだ。わかった」
そう言うと友紀は、菜摘と一緒に降りてしまった。
「何であんたまで降りるのよ」
「ううん、もう少し話をしたかたっだけよ。改札の隣のコンビニに入るから」
「何でそんな場所知ってるのよ」
「隣の駅だもん。それくらい知ってるよ。邪魔はしないって」
しかし、晃一とは駅前で待ち合わせることになっている。小さな駅なので改札と駅前は一緒みたいなものだ。
「ごめん、もうすぐ来るの。駅前で待ち合わせだから」
菜摘はそう言って友紀に時間がないことを告げた。
「分かった。二人で居る所を邪魔しちゃ悪いよね」
そう友紀が言ってくれたので菜摘もやっと安心した。
「それじゃ、私はあのコンビニで買い物してから帰るからね」
「うん、それじゃぁね。バイバイ」
そう言って友紀は駅前のコンビニに入り、菜摘は小さなロータリーで晃一を待った。しかし、友紀だって長時間買い物をするわけではないので簡単にコンビニの買い物など終わってしまう。友紀がお菓子を買って出てきた時、菜摘はまだ晃一を待っていた。友紀が菜摘の前を通り過ぎる時、
「まだ来ないんだ」
と声をかけてきたので、
「うん、もうすぐだと思うけどね」
と菜摘が答えた。その時、運悪く駅前に入ってきた車に晃一が乗っているのが見えた。今日はスポーティな感じの車だ。友紀は慌てて、
「それじゃあね」
と言って離れたのだが、車に乗り込もうとした菜摘が車の中の晃一と二言三言話した後、少し歩き出して離れかけていた菜摘に声をかけた。
「近くまで送りましょうかって」
声をかけられた友紀は直ぐに車の窓までくると菜摘と晃一に声をかけた。
「良いよ。近くだし。あ、良かったら名刺、もらえますか?」
友紀が菜摘を通り越して晃一に直接声を掛けたので菜摘はちょっとむっとしたが、晃一が名刺を渡すとすぐに友紀が車から離れたので何も言わなかった。
「それじゃあね」
もう一度友紀は言うと、菜摘にバイバイした。それで安心した菜摘も車に乗り込み、駅前から出ていった。友紀は少し離れた所から見送る形になったが、『やっぱり結構イケメン系なんだな、ダンディって言うんだっけ』と名刺を見ながら思った。『あの人が菜摘の彼、初めての人か・・・・』とちょっと羨ましいと思った。
一方菜摘は、
「パパ、ちょっと遅かったよぉ」
と車の中ですねていた。
「ごめんね。出かける時になってお客さんが来ちゃってさ」
「もう、友達に見られちゃったじゃないの」
「そうだね。本当にごめんね」
「まぁ、あの子には最初から見られているから良いっちゃ良いけど」
「最初から?」
「うん、最初に借りた傘を返したでしょ。その時に一緒に居た子」
「ああ、あの時の」
「覚えてる?」
「もちろん傘を返して貰った時のことは覚えてるけど・・でも、一緒に居た子は覚えてないや」
それを聞いて菜摘は一気に機嫌を直した。
「そう?でも仕方ないよね。一緒に居た子なんて見ないもん」
「うん、それじゃ、水族館へ行こうね」
「はぁい」
菜摘は心配事が無くなり、完全にデートモードを楽しみ始めた。
「そうそう、ハンバーガー買ってあるよ。後ろの席に置いてあるから」
「え?後ろ?さっきから匂いはしてたんだけどね。あ、これか。凄い量よ」
菜摘は袋の中をがさがさと探りながら言った。
「菜摘ちゃんが好きなだけ食べてね。余りは俺が食べるから」
「一緒に食べたいのに」
「まず菜摘ちゃんが食べたいものを決めてごらん。適当にいろいろ買ってきただけだから、菜摘ちゃんの好きなものが入っているか自信がないんだ」
「別に何でも良いのにぃ」
そう言いながらも菜摘は袋の中身のチェックを始めた。定番のビッグマックやフィレオフィッシュの他に、ちゃんと限定品も入っている。そしてサイドもパイやらポテトやらドリンクやらと盛りだくさんだ。
「結構いっぱいあるよぉ?こんなに食べられるの?」
「菜摘ちゃん、3つくらい食べるだろ?」
「三つも?まぁ、食べれちゃうけど・・・。でも、パパと一緒じゃなきゃ嫌なの。だからパパ、ドリンクは何にするの?」
「えーとね、爽健美茶」
「それと、何を食べるの?」
「菜摘ちゃんに決めて欲しいな。運転してるから覗けないし」
「それじゃ、パパはビッグマックでいい?」
「うん」
「はい、どうぞ」
菜摘が包みを半分ほどいて渡すと、晃一は片手でそれを受け取り、むしゃむしゃと食べ始めた。菜摘もニコニコと限定もののバーガーを食べ始める。
「パパ、どれくらいで着くの?」
「う〜んと、高速に乗ってから1時間弱だから、1時間ちょっとかな?」
「うん、わかった」
「菜摘ちゃんはどうして水族館にしたの?」
「パパと行ってみたかったんだ」
「友達と行ったことは?」
「ううん、ない。なんか、水族館って言うと家族連れって感じでさ」
菜摘がそう言うので、晃一は『パパ』という意味が家族という意味だと分かった。つまり今日は恋人モードではなく、父親モードの晃一を期待しているというわけだ。晃一は出会ったときの制服姿でブラジャーが少しだけ透けて見えていたことを思い出しながらも、父親らしく振る舞うことにした。
「菜摘ちゃん、明日はまたテストなの?」
「うん、2年生になってから日曜はテストばっかり。嫌になっちゃう」
「でも、テストがあるから成績が上がったかどうか分かるんでしょ?」
「まぁそうだけど、日曜にテストがあると、結局一週間毎日学校に行くのよ。全然日曜って感じしないもん」
「そうか・・・・ちょっとかわいそうだね」
「でしょう?でも、いいんだ」
「え?どうして?」
「来週は休みだから」
「そうだね」
「だから、来週の日曜はどっか連れてってぇ?」
「え?来週?」
晃一が躊躇したので、とたんに菜摘は不安になった。今まで自分の予定だけ考えていたが、晃一にだって予定はあることに気がついた。
「だめ?ゴルフかなんか?」
「ううん、大丈夫。何とかなるよ」
「うわぁ、本当?本当に連れてってくれるの?」
「うん、どこに行きたいのかな?」
「えーと、ちょっと考えてもいい?今決めなくちゃだめ?」
「そんなことないよ。ゆっくり考えて。まだ1週間あるんだから」
「やったー。どうしようかな?すっごく楽しみ」
「でも、テストの成績が上がってないとだめだよ」
「たぶん大丈夫。このところ調子いいから」
「明日のテスト、がんばらないとね」
「うん」
「明日のテストの結果はいつ出るの?」
「木曜日」
「すごいね。そんなに早く出るんだ」
「明日のはマークシート方式だから早いんだ、結果出るの」
「そうか、マークシートなんだ」
「記述式のテストの時もあって、それだと3週間くらいかかるけどね」
「ふぅん、両方あるんだ」
「パパの時は無かったの?」
「大学入試?あったよ。まだ共通一次って言ってたけどね。最初がマークシートで、2次試験が記述式だったよ」
「やっぱり、変わってないんだね」
「なんか、マークシートと記述式って、どの国も同じ感じみたいだよ」
「へぇぇ、それじゃ、どの国の高校生も同じ苦労してるんだ」
「そういうことだね。でも内申にボランティアとかの点数が入る国もあるみたいだけどね」
「ええ?そんなのあるの?」
「うん、そうみたいだよ。病院とかでボランティアでお手伝いして、それを証明書に記入してもらって学校で内申に入れてもらうらしいよ。だから、いい学校に入ろうと思うと、病院とかなんかでいろんなことをお手伝いしなくちゃいけないって聞いたな」
「どれくらいすればいいの?」
「全部で2週間くらいだったかな・・・・・・・」
「休みの日がただでさえ少ないのに、そこから2週間もつぶれるんだ。すごく大変」
「まぁ、どの国も日本みたいにテスト漬けってことは無いと思うから、同じくらいかな、苦労としては」
「そうなんだ。私たちだけじゃ無いんだ・・・・・。でも、なんかちょっと不思議って言うか、うれしいかも。世界中の高校生がみんな同じ様に勉強してるって思ったら」
「菜摘ちゃんは国立志望なの?」
「うん、うちは余裕が無いから国立に入って奨学金もらわないと」
「今はもらってるの?」
「ううん、とっても厳しくて、申請したけどだめだった。先生が、高校生はなかなかもらえないって言ってた。高校生の奨学金て返さなくていいやつだから1%くらいしか貰えないんだって」
「そうなんだ。それじゃ、よっぽど大変な人じゃ無いと無理だね」
「うん。でも、大学は返さなくちゃいけない奨学金が多いから、結構もらいやすいって」
「そうだね。友達にももらってた人がいたよ」
「働くようになってから返すんでしょ?」
「うん、良く覚えてないけど、確か3割くらいは免除になって、残りを少しずつ返すって言ってたと思うな」
「先生もそんなこと言ってた。それじゃ、国立に入れば貰えるかもしれないんだ」
「うん、がんばって入れば貰えるよ」
「でも、入っても貰えなかったらって思うとちょっと心配なの」
「確か、片親の人は優先だったと思うけどな。後は親の収入の金額とか兄弟の数によって優先度が付けられたと思ったけど・・・・・」
「そうか、それじゃ私、貰えるかもしれないね」
「うん、菜摘ちゃんは妹もいるし、成績が良ければ貰えると思うよ」
「せっかく大学に入っても成績が良くないとだめなの?」
「良ければって言うか、悪くなければって言うか・・・・、詳しいことは分からないけどね」
「入るだけでも大変なのにぃ」
「それはみんな一緒だよ」
「私なんて、国立に入れるかどうかが難しくて大変なんだから。大学なんてほとんど選べないもん」
「それはこれからの菜摘ちゃんのがんばり次第でしょ?もっと成績が上がれば選べるかもしれないよ」
「それはそうだけどぉ、まだずっと先よ。まずは国立圏内に入らなきゃ」
「大学ではどんな勉強したいの?」
「うーんとね、経済とか法律とか、かな?」
「経済と法律じゃだいぶ違うけど、世の中の仕組みに興味があるの?」
「うん、そうなの。でも、生物の成績は良いから、理系にしないとだめかも」
「菜摘ちゃん、生物が得意なの?」
「うん、どうしてか知らないけど」
「それなら一つ問題を出そうか」
「うん、良いよ。出してみて」
「TCAサイクルにアミノ酸が入るのはサイクルのどこから?」
「あ、それこの前習った。・・・・・けど、まだ勉強に気合い入る前だったからなぁ、えーと、でもこの前復習したの、えーと・・・・・ケト??なんとか・・・??」
「アルファ」
「あ、アルファケトグルタール酸だ」
「凄いね」
「うん、復習しといて良かったぁ。やっぱり復習って大事なんだ」
「菜摘ちゃん凄い。これなんて二次試験のレベルだよ」
「へへへ・・・・・。でもね、こうやって生物を生かそうと思ったら理系になっちゃうの」
「それはそうだね。理系では勉強したいとこ、無いの?」
「無いことも無いけど・・・・・・」
「たとえば?」
「獣医さんとか、給食のおばさんとか・・・・栄養士だっけ?」
「資格を取りたいんだ」
「理系って資格を取るところじゃ無いの?」
「そう言えばそうかもしれないね」
「パパって資格、持ってるの?」
「うん、いくつかは・・・」
「教えて」
「公害防止管理者の水質と騒音が一級で・・・」
「それって違うの?」
「別々の試験、ていうか別の資格なんだ」
「それじゃ二つ持ってるのね?2回試験受けたんだ」
「そう。それと、高圧ガスの甲種と・・・」
「そのコウシュって何?」
「甲種、乙種、丙種って3種類あって、一番難しいやつってこと」
「それって凄いんだ」
「年間千人ぐらいだからね」
「ええっ?千人しか受からないの?全国で?」
「うん、確か数パーセントだったと思うよ」
「凄い。パパってやっぱり凄いんだ」
「そんなこと無いって」