第59部

 

 「それじゃ、明日は楽しみにしててね」
「はい」
そう言うと二人は店を出て電車に乗った。友紀は隣の駅なので直ぐに降りてしまう。
「それじゃ、明日」
「お休み」
そう言って別れると、晃一は考え込んだ。突然友紀が現れた時は不思議に思ったが、いつの間にか違和感が無くなっている。そして、明日、食事するのが何となく楽しみだ。ほんの2日前まで菜摘のことを考えていたのに、自分でも節操がないなと思っても見るが、当人がいなくなってしまったのではどうしようも無い。
しかし、その夜、菜摘から連絡があった。
「もしもし、パパ?」
「菜摘ちゃん・・・・・」
「メール、読んでくれた?」
「うん、読んだよ」
晃一は突然菜摘の声を聞くことになり、驚いた。
「ごめんなさい・・・・・パパ・・・・」
「ううん、菜摘ちゃんが決めたのなら仕方ないよ」
「私、今でもよく分からないの。でも、こうするのが一番良いと思って・・・・」
「うん、わかってる」
「突然でびっくりしたでしょう?」
「うん、すごくびっくりした。けど、大丈夫。心配してくれて嬉しいよ」
「私・・・・・・・・・」
菜摘は言葉に詰まったらしい。なんと言っていいのか分からないのだ。そこで晃一の方から話し始めた。
「菜摘ちゃん」
「なあに?」
「迷ってる気持ちがあるのかもしれないけど、自分で決めたことに自信を持たなきゃ」
「いいの?」
「菜摘ちゃんが幸せになれるのが一番だから」
「パパ・・・・本当に優しいのね・・・・。私、こんなに勝手なことしてるのに」
「大丈夫だよ。心配しないで」
「友紀から連絡、あった?」
「うん、さっきまでご飯食べてた」
「二人で?」
「うん」
「そう・・・・・・そうなんだ・・・・・・」
晃一は友紀がいろいろ教えてくれたことを菜摘が知っているものだと思っていたので少し意外だった。
「友紀ちゃんが心配してくれてね。だいぶ助かったよ」
「そう・・・・・もう・・・・・」
「菜摘ちゃん、知らなかったの?友紀ちゃんが教えてくれたって事」
「高木君とつきあうことにしたって事を友紀が?知らなかった」
「そうなんだ・・・・・・」
「ううん、私がどうこう言えるわけ無いよね。ごめんなさい。それじゃあね」
「なつみちゃん」
晃一はもう少し言葉をつなぎたかったが、
「おやすみなさい」
と言うと菜摘は電話を切ってしまった。
どういうことなのだろう?菜摘は友紀がいろいろ面倒を見てくれてたことを知らなかったようだ。それで心配して電話してきたらしい。なんとなく優しい雰囲気だったが、友紀と二人で食事したことを知った途端、会話の流れが変わってしまった。
ただ、冷静になって考えてみると、菜摘の気持ちが晃一から離れてしまったことは変わっていないようだ。気持ちが離れてしまったからこそ、ちょっとだけ晃一を離れた位置から心配してみた、という感じだ。
取り敢えず、明日の夕食をネットで予約してから酒を飲んで寝ることにしたが、菜摘のことをどうしても思い出してしまい、なかなか寝付けなかった。ただ、今は友紀がいてくれるからこそ落ち込まずに済んでいるのは明らかだ。晃一は友紀の好意にもう少し甘えることにした。
翌日は週末と言うこともあり、かなり仕事が忙しかった。会議がいくつもあるのに、片付けなくてはいけない仕事が多く、更に来客まであって昼食を食べている時間も無く、仕方ないので事務所の女の子にコンビニでサンドイッチを買ってきて貰って食べながら仕事を片付けた。更に、夕方になってトラブルが発生して、対応に追われているうちに友紀との時間が迫ってきた。晃一は遅れそうな気がしたのでメールで連絡しておく。
その後、待ち合わせの駅に着いた時、約束の時間ぴったりだった。
周りを見渡すと友紀がぽつんと立っている。
「遅れたかな?ごめん」
「ううん、大丈夫。私も今来たところだから」
友紀はにっこり笑って答えた。
「それじゃ、行こうか」
そう言うと晃一は、たまたま駅前に来ていたタクシーを拾うと、友紀を乗せてレンタカー屋に向かった。会員になっているので簡単に車は借りられる。今日借りたのはスポーティなセダンだった。
「三谷さん、車まで借りてどこに行くの?」
友紀はちょっと不安げだ。
「大丈夫。お台場に行こうかと思ってね」
「お台場?食事だけで?すごい」
「ちょっと気晴らしがしたかったから、背伸びしちゃった。大丈夫。ちゃんと時間までには送り届けるから」
「ううん、そんなに気を遣って貰わなくても・・・・。びっくりしちゃった」
「これは俺の気晴らしなんだから、友紀ちゃんは付き合ってくれるだけで良いよ。お金も心配いらないからね」
「はい・・・・でも、想像できない。お台場で食事なんて」
そんなことを言っている間に、車は首都高へと入っていきしばらくするとお台場が見えてきた。
「三谷さんて、デートの時にこんなことする人だったの?」
「こんなこと、って言うのが何を指すのかわかんないけど・・・・・まぁ、見ての通りだね」
「それで上手くいくの?」
ドキッとするようなことを友紀は言った。
「どういうこと?」
「だって、いきなりお金をいっぱいかけたことされたら、喜ぶ女の子もいるでしょうけど、引く子だっていると思うから」
「友紀ちゃんはどっち?」
「どっちかって言うと、ちょっと引く方かな・・・・。だって、そこまでされる覚え、無いもの」
「それじゃ、家の近くのどこかレストランに行こうか?構わないよ。席を予約してあるだけだからキャンセルしても問題ないし」
「ううん、今日は良いの。だって、三谷さんがしたかったんでしょ?一緒に行ってあげる」
「なんか申し訳ないけど・・・・・でも、ありがとう」
「ううん、気にしないで。でも、お金かけたって私は落ちないわよ」
「一緒にいてくれるだけで嬉しいよ」
「さらりと言うのね。大人の会話だな」
「高校生は言わないの?」
「三谷さんは高校生の時、そんなこと言えた?」
「そう言われてみれば・・・・・って言うか、高校の時は女の子と付き合ったりって、あんまりしなかったからわかんないや」
「そうなんだ。もてそうなのに」
「そんなこと無いよ。友紀ちゃんはなんか、恋愛経験は結構あるみたいだけど」
「・・・・・・・・」
友紀はいきなり黙ってしまった。明らかに気分を害したようだ。
「ごめん。言い過ぎたよ」
「分かれば良いけど、もうそんなこと言わないで」
「うん、言わない」
「私だって普通の女の子なんだから。高校で恋愛ばっかりしてるわけじゃ無いの」
「ごめんなさい」
「菜摘みたいに頭だって良くないけど、ちゃんと勉強だってしてるよ」
「え?菜摘ちゃん、成績良かったの?」
晃一は菜摘の見せた成績表を思い出しながら、わざと知らないふりをして言った。
「そうみたい。特に最近は」
「友紀ちゃんは成績良くないの?そんな風には見えないけど」
「きっと菜摘よりはずっと下。私立文系だもの」
「ふうん、そうなんだ」
「あ・・・・ごめんなさい。菜摘の話なんかして。そんなつもり無かったのに」
「ううん、俺は友紀ちゃんの話をしてるつもりだから」
「良かった。私って、そういう所、結構無神経みたいなの。気にしないで。悪気は無いから」
「わかってるよ」
そんな話をしているうちに、車はお台場に入って航空会社系のホテルの地下駐車場に入った。ここは以前、菜摘とデートした時に車を置いておき、菜摘を乗せてからディズニーに向かった場所だ。あの時、このホテルはロビーを通過するだけだったが、今日は1階のカフェを利用する。本当なら2階のメインダイニングの方が落ち着いて話ができるのだが、こじんまりとしてはいてもそれなりにフォーマルな雰囲気のある場所なので高校生には入りにくいと思ったのだ。こちらのカフェは開放的な雰囲気だし、今日は天気も良いので窓際の海がよく見える席の居心地は良さそうだ。
「うわぁ、きれい。こんなホテル、来たこと無い」
友紀は席に着くと周りをきょろきょろして見渡しながら言った。
「でも、友紀ちゃんのお父さんは会社をやっているんだから、結構こういう所に家族で来るんじゃ無いの?」
「ううん、家族で旅行したりはするけど、ホテルで食事なんてしたこと無いの。外食と言えばファミレスが一番多いかな?」
「それじゃ、今日はいつもと違う雰囲気を楽しんでね。ちゃんと送っていくから」
「ありがとう。それじゃ、甘えちゃいます」
「いろいろ相談に乗ってくれたお礼だよ」
「ううん、私がしたくてしたことだから・・・・」
「とっても助かったよ。おかげで立ち直れそうだ」
「私のしたこと、お節介じゃ無かった?」
「ううん、全然そんなこと無いよ。教えてくれなかったら、きっともっと落ち込んでいたと思うな。もし急に菜摘ちゃんからあのメールが来てたらと思うとぞっとするよ」
二人はそんな会話をしながらメニューからちょっと豪華なグリルを注文した。友紀はフレッシュジュースを頼んだが晃一は運転があるのでビールテイスト飲料だ。
「そうそう、昨日菜摘ちゃんから電話が来たよ」
「菜摘から?」
一瞬友紀の表情が変わった。
「うん、元気にしてるかって。友紀ちゃんのおかげで大丈夫だって言ったらちょっと驚いてた」
「菜摘ったら・・・」
「菜摘ちゃんには俺と会ってるって言ってなかったの?」
「・・・・・・言おうと思ったんだけど、とにかくいつも二人でいるからチャンスが無くて・・・。でも、驚いてた?」
「ちょっとね。でも、私がどうこう言える立場じゃないとか言ってた」
「そりゃそうよね。自分でしたことくらい分かってるもの」
「だから、最初は心配してくれてたみたいだけど、途中からびっくりしたというか怒ったみたいになって話が終わっちゃったんだ」
「菜摘ったら、まだ三谷さんをキープしておきたいのかな?でも、それって失礼よね」
「まぁ、正直、良い気はしないよね」
「良かった。三谷さんがそう言ってくれて」
「たぶん、何にも知らずにあのメールが来て、それから昨日の電話があったら、きっとまだ菜摘ちゃんの言葉に希望を持ってたと思うんだ。戻ってくるんじゃ無いかってね。でも、友紀ちゃんのおかげで気持ちの整理がどうにか付きそうだったから冷静に話ができたよ」
「良かった。三谷さんの役に立ったのね」
「うん、すごくね」
「だからお礼にホテルの食事か。まぁ、ちょっとしたアルバイトみたいなものね」
「うん、そういうわけだから遠慮しないでめいっぱい楽しんで欲しいな」
「もう楽しんでる。こんな素敵な場所で三谷さんと食事できるなんて」
二人の食事が運ばれ、友紀は楽しそうにプレートに手を伸ばした。
「逆に友紀ちゃんには迷惑じゃ無かったの?こんなに毎日付き合って貰って」
「実を言うとね。昨日塾をサボっちゃったの。でも問題ないわ、1回くらいなら」
「あーあ、もったいない」
「もったいない?そんなこと無いわ」
「どうして、せっかくの塾なのに」
「だって、塾って勉強したくなった人が行くところでしょ?私だっていつもは勉強するつもりでいくけど、昨日はその気なかったもの。だから行かなかったの」
妙な理屈を捏ねたが、要するに友紀には塾に行く気が無かったと言うことだ。今さらそれを攻めても仕方が無い。
「友紀ちゃんて週に何回塾に行ってるの?」
「2回」
「それって普通なの?」
「ううん、いろいろ。毎日行ってる人もいれば、全然行ってない人もいるし。それぞれ勉強の仕方が違うから」
「やっぱり進学校なんだね」
「最近はあんまり良い結果出してないみたいだけどね」
「結果って言うと・・・・・大学?」
「そう、国立に入る人数も少しずつ減ってきてるし」
「どれくらいなの?」
「去年は確か60人くらいだったかな」
「それって、よく分かんないけど、かなりすごいんじゃない?」
「そうなの?よく分かんない。私は私立だから」
「どうして私立なの?良かったら教えてくれない?」
「だって、国立なら一人暮らしになるでしょ?私、大学でも家から通いたいもの」
「遠くに行くのは嫌って事か・・・」
「だめ?」
「女の子ならそれもありかな」
「ちょっと引っかかる言い方だけど、まぁ、私はそうなの。がんばれば国立圏内に入るかもしれないけど、年に一度しか家に帰れないなんて嫌」
「そう言うって事は、百番以内には、いるんだ」
「まぁ、そんなとこね。でも良いでしょ?成績の話なんて」
「ごめんね。でも、友紀ちゃんの性格が少し分かったような気がする。ありがとう。プライベートなことまで聞いちゃってごめんね」
「三谷さんだから話したのよ。友達にだって話さないんだから」
「ありがとう。それで、友紀ちゃんはどう?このお店」
「うん、素敵。海の向こうに見えるのは品川のあたり?」
「そう、もう少しして暗くなれば夜景がきれいだよ」
「たのしみ」
「良かった。こんなところに連れてきて、まだ怒ってるかなって思ってたから」
「怒ってたわけじゃないの。でも、いきなりお金をかけたやり方が気に入らなかっただけ。でも、今は納得。家の近くのレストランじゃなくて良かった」
「お金をかけたやり方が好きじゃないって言うのは、お金を見せびらかすみたいだから?」
「それもあるけど・・・・どっちかって言うと、その次なの」
「次?」
「そう、だって、いつまでもお金をかけてるわけじゃないでしょ?最初だけお金をかけて、相手がその気になったらお金をけちるって言うのが好きじゃないの」
「ははぁーん、釣った魚には餌をやらないってやつか」
「そう、それって卑怯な気がしない?」
「そう言われると・・・・・ね。でも、最初だけでもお金をかけて相手の気を引こうとするのはオトコの性だと思うけどな。けなげだと思わない?無理してまでがんばるって言うのは」