第60部

 

 「三谷さんは無理してるの?」
「俺?ううん、全然。これくらいは普通でしょ?デートなら」
「それじゃ、ずっとこうできる?」
「まぁね。いつも同じってわけじゃないけど」
「三谷さんの魅力は素敵なデートが自然にできる事よね」
「それって、嬉しいけど結構露骨だね」
「私の性格なの。あんまり相手のことを考えずに言っちゃうみたい」
「相手のことを考えずに、って言うのは違うと思うけど、思ったことを直ぐに言っちゃうのは得になることもあるけど損することもあるんじゃない?」
「そうなんだ・・・・・わかる?」
「うん、俺も昔はそうだったから。それで何度も損したもの」
「得したことは?」
「もちろんあるよ」
「それじゃ、どうして今はそうじゃないの?『昔は』って言うからには今は違うんでしょ?」
「それは、年を取ったから、って言うのじゃだめかな?」
「どういうこと?」
「仕事なんかで言えば、だんだんいろんな人のことを見ながら調和を取って物事を進めていかなくちゃいけなくなるから、思ったことが正しいかどうか確認してから話をするようになってきたってところかな」
「やっぱり大人なのね」
「そりゃ、友紀ちゃんの倍以上生きてるからね。でも、思ったことをそのまま言うのって素直で好きだけどな」
「さっきは露骨って言ったくせに」
「元々自分がそうだったから、やっぱり好きだよ。そう言うのは」
「私、損してることの方が多いみたい」
「そうなのかなぁ、そうは見えないけどなぁ」
「どうして?」
「だって、彼に振られたって言ったでしょ?」
「うん」
「それだって、友紀ちゃんが素直に気持ちを伝えたから恋ができたわけで、言わなかったらたぶん何も起こらなかったんじゃない?その方が良かった?」
「そうか・・・・・・そう言われると・・・・」
「それに、こうして今友紀ちゃんと二人でいるのだって、たぶん友紀ちゃんが思ったことを素直に俺に伝えてくれたから今こうして二人でいるんだよね?違う?」
「そうね・・・・・そうよね・・・・」
「振られたところだけ見れば、確かに辛いことだとは思うけど」
「やっぱり素敵なオジサマだな。三谷さんは」
「思ったことを素直に言ってくれたんだと思うと嬉しいよ」
「・・・・そうよね・・・・・・ああん、こんな会話してたら・・・・」
「会話?なあに?」
「・・・・・・・・・」
「??どうしたの?」
「ううん・・・・・・・・こんな会話してたら好きになっちゃいそうって思ったの」
友紀は顔を真っ赤にしてうつむいた。
「それじゃ、止めて帰る?送ろうか?」
「馬鹿、そんなつもりじゃないの」
「よかった」
「もう、そんな女心が分からないところが余計に魅力的なんだから」
「そうなの?????」
「もう、まるで私が告ってるみたいじゃないの。もう、この話はいやぁ」
そんな話で盛り上がっていたので、食事の間二人は時間の過ぎて行くのに気がつかなかった。気がつくと二人の皿のものはきれいに無くなっており、飲み物も無くなっている。晃一はボーイを呼んで少し話をすると、友紀に言った。
「食事が終わったからテラス席に移ろうか。席を作ってくれるって。デザートはそっちにしようよ」
そう言って席を立つ。友紀は何のことだかよく分からなかったが、晃一の後を追うように立ち上がると一緒に外に出た。用意された席は見晴らしの良い風が気持ち良い席だった。
「ほう、良い席だね。夜景が綺麗だよ」
「すごーい、こんなに夜景が綺麗だなんて。私初めて」
「友紀ちゃんは笑顔が素敵だね」
「もう、私は夜景が綺麗だって言ってるのに」
「綺麗な夜景をバックに友紀ちゃんを見てると、友紀ちゃんがもっと綺麗に見えるかな」
「もう、そんなこと言ったって何にも出ませんよ」
「うん、でも、夜景も友紀ちゃんもどっちも綺麗で俺は楽しいよ」
「はいはい」
友紀はそう言って取り合わなかったが、明らかに笑顔だ。ちょっと露骨なアプローチだったが友紀は新鮮に感じたのかもしれない。二人はしゃれた感じのパフェとアイスクリーム付きのフルーツカクテルを注文した。
「こんな外の席で、それも夜になんて初めてよ」
「どう?」
「ちょっとやばいかも・・・・でも、なんか・・・まぁ、いいか」
席がぐっとムーディになったところで話は自然に先ほどの恋の話になった。
「三谷さんは恋の経験、多いの?」
「ううん、たぶん少ないと思う。そんなに魅力的じゃ無いからね。友紀ちゃんみたいに可愛らしい子はきっと多いんだと思うけど」
「三谷さんは絶対魅力があると思うけどな。それに、私の方はまだ恋の初心者よ」
「恋に経験の多い少ないってあんまり関係ないかもしれないけどね」
「そんなこと無い。きっと経験が大切」
「そうだよね。友紀ちゃんて、それだけ感性が豊かでしっかりしてるのに、恋に失敗することもあるんだね」
「いきなり今度はその話?」
「もしかして、友紀ちゃん、振られたって言ったけど、分かってたんじゃない?そうなるのが」
「うん・・・・・実は・・・・・」
「やっぱり」
「あのね、誰にも言ってないんだけど、だから絶対内緒よ」
「うん。もちろん」
「なんか違うなって思っちゃったの」
「いつ頃?」
「付き合って少し経ってから」
「少しって?」
「一月くらいかな・・・・・・」
「それって、恋が盛り上がって、最高に楽しくなった後?」
「そう、そうなの・・・・・わかるの?」
「分かったわけじゃないけど、もしかしたらって思ってね」
「どうして?」
「誰でもそうだけど、俺だって今もそういう所あるけど、最初は恋に恋してるって部分があると思うんだ。誰だって恋したいし恋人は欲しいから。でも、最初の時期を過ぎると相手のことを本当によく見るようになるからね」
「そうか・・・・そういうことか・・・・・。そうかも。だんだんわがままとか見えて来ちゃって、ちょっと考え込んだりしたから」
「でも友紀ちゃんは、それでも好きだったんだよね」
「そう」
「もしかしたら、相手はそこで同じ様に考え込んで、それで友紀ちゃんとは違う答えを出したのかもしれないよ」
「そうか・・・・言われるとそうかも・・・・・」
「やっぱり・・・・俺だってそういうこと、何度もあるよ。もしかして、何となく上手くいかなそうな感じがしたんじゃない?」
「うん、そんな時、あったかも」
「きっと、相手だって友紀ちゃんと同じ事、感じてたんだよ」
「でも、私はもっと好きでいたかったのに・・・・」
「そうだね。そこで出した答えは違っていたんだからね」
「ねぇ、どうして同じ事感じてるのに違う答えを出すの?それって変じゃない?」
「だって、問題にぶち当たった時、逃げる人、ぶつかる人、立ち止まる人、みんなそれぞれだから・・・・」
「そうよね・・・・同じ事感じててもそこから先は別々か・・・・難しいのね」
「それが恋の面白いところじゃないの?」
「私、そんな風に大人っぽく考えらえないもの」
「友紀ちゃんに言っておくけど、大人っぽく考えたら恋が上手くいくってことはないよ。分かってたってどうしようもない事なんていっぱいあるから。菜摘ちゃんのことが良い例だよ」
「思い出させちゃった?ごめんなさい」
「ううん、そんなこと考えてないよ。心配してくれて嬉しいけど」
「そんなに心配してないけど。ただ謝っただけよ」
「それって喜ぶべき?」
「さぁ?わかんない」
「あのね、でも三谷さんに言っておきたいことがあるの」
「なんだい?」
「ここってとっても夜景が綺麗でしょ?まるで恋人がデートするのに最高の場所じゃ無い?」
「そうだね」
「でも、それって私たちには別の世界なの。綺麗だって思うけど、私たち高校生の世界じゃ無い。明らかに大人の世界よ」
「そうか・・・・・・」
「たまには素敵に感じるかもしれないけど、なんか変な感じがするのも本当なの」
「そうかも知れないね」
「だから、たぶん三谷さんは気を遣ってこういう設定をしてくれたんだと思うの。でも、高校生にはやり過ぎよ。たぶん」
「いや?」
「ううん、素敵。でも、なんか変なの。だから、私を誘惑しようと思ってたなら失敗よ。って言いたかったの」
「うん、そうかも知れないね」
「わかるの?」
「だって、友紀ちゃん、最初から最後まで同じペースで同じ様に話してるから、きっと設定は関係ないんだなって思った」
「そうね。やっぱり分かっちゃったんだ」
「それはもちろんだよ」
「気を悪くしないでね。これでも私、とっても喜んでるんだから」
「うん、だいじょうぶ」
「でも、本当に綺麗ね・・・・・この景色・・・心まで透き通りそう・・・・」
友紀はそう言って強がったが、明らかに今の友紀は恋をしている少女だった。その証拠に、もっと晃一と一緒に居たくて仕方が無い。向かい合わせの丸テーブルの席は話し合うのには向いているが、近づくことができない。
「ちょっと、そっちから夜景を見ても良い?」
と言うと、自分で席をずらして晃一の近くに移動した。それでもまだ遠いが、二人の距離が近づいたことで友紀は満足した。なんとなく恋人っぽいと思った。そして『もしかしたら菜摘もこの雰囲気にやられちゃったのかな?』と思った。確かに豪華な雰囲気には慣れていないので違和感があるが、それでも楽しくて仕方ないのは不思議な気がした。普通、違和感のあるところだと早く出たくて仕方ないのに、この雰囲気はそうでは無い。もっと居たいのだ。自分でも不思議だと思う。
ただ、こうして晃一の真正面から横に来たことで、晃一に正面から話しかけなくても良くなったので、話しやすい雰囲気ができあがった。そこで友紀は、さっき思いついたことを聞いてみることにした。思い立ったら我慢しても良いことが無い、というのが友紀の持論だった。
「ねぇ、三谷さん」
「どうしたの?」
「私、三谷さんの役に立った?」
「もちろん。それは前にも言った通りだよ」
「それじゃ、それは今日の食事でお終い?」
「え?どういうこと?」
「今日、こうやって素敵な食事をごちそうしてくれたから、これでお終い?」
「ううん、そんなこと無いよ」
「それなら、もう一つお願いしても良い?」
「なんだい?」
「三谷さんのマンションに行っても良い?」
「えっ、あそこに?」
「だめ?」
「ダメってことは無いけど・・・・・・・。どうして?」
「よくわかんない」
「でも、あそこは・・・・」
「三谷さんが嫌なら諦める」
「いや、そんなことは無いけど・・・・・うん、良いよ、明日?」
「そう、明日ね。明日なら大丈夫」
「何時?」
「そうね・・・・3時くらいかな?」
「分かった。3時だね」
「そう、そんなに長く居るわけじゃ無いから」
「分かったけど・・・」
「私にもよく分かんないの。でも、何となく行ってみたいの」
「それじゃ、3時に駅前で良いかな?」
「そうね・・・」
「でも、いいの?」
「なにが?」
「ううん、何でも無い」
「マンションに行くからって、期待しないでね」
「わかってるよ」
「三谷さんには素敵なオジサマでいて欲しいの」
「素敵なオジサマか、それも良いかもね」
「良かった」
そんな話していると、晃一が腕時計を見た。表情が僅かに変わったのを友紀は見逃さなかった。
「何時?」
「8時半を回っちゃったね」
「そう。帰る?」
「そうだね、送っていくよ」
「まだ周りで帰る人なんて居ないのにね。やっぱりみんな大人なんだ」
そう言うと友紀は席を立った。
来る時はドキドキしていたからかも知れないが、帰る時はあっという間だった。高速が空いていたこともあり、友紀は車窓の夜景を楽しむ間もなく家に送り届けられてしまった。これならもう少しホテルで夜景を楽しめば良かったと思った。考えてみれば、この車だって往復合わせて2時間も乗っていない。なんてもったいないんだろうと思う。友紀は車に詳しくなかったが、乗り心地は家の車に比べてあまり良くないと思った。それでも晃一の運転はスムースで、簡単に家の近くに来た。いくつか簡単に道を教えると家の直ぐ近くだ。
「あ、もうそこで良いです。家の前は道、狭いから」
友紀が指定した場所で晃一は車を止めた。
「それじゃ、明日ね」
「お休みなさい」
友紀が車を降りると、晃一は車をレンタカー屋に返しに行った。既に店は閉まっていたが、指定された場所に車を止めてドロップボックスに鍵を放り込む。そしてタクシーを拾って部屋に戻った。
シャワーを浴びて戻ってきた時、携帯に音声着信シグナルが付いていた。どうやらシャワーを浴びている間に連絡があったらしい。
友紀かと思ってみてみると、菜摘からだった。少し待ってみたがもう着信音は鳴らない。その代わり、少しした時にメールが来た。
『パパ、明日、高木君の家に行きます。って言うのはもう言ったっけ。もしかしたら、このままの感じで行くと、パパとしたことと同じ事をするかも。もし、そんな雰囲気になったら、きっと断れないと思う。だって好きだから。だからちょっと不安、怖い。私、嫌われるかも知れない・・・・。でも、ここで止めたら同じ事だから。ごめんなさい。何言ってんだかわかんないね。パパ、お休みなさい』
要するに、菜摘は新しい彼に抱かれることで晃一を忘れたいのだ。自分の身体に晃一との間では自然になってしまった何かを彼に見つかるかも知れないと心配している。それを心配しながらも、晃一から離れたがっているらしい。今の晃一はかなり冷静にメールを読むことができた。それほどまでして晃一から離れたがっていることを相談してくる理由はなんなのだろうか?それが晃一には分からなかった。