第61部

 

 翌日、晃一は3時に友紀と駅前で落ち合った。
「こんにちは」
「こんにちは、昨日の今日で疲れてない?」
「全然。ここから歩いて行けるの?」
「うん、そんなに遠くないんだ」
そう言うと晃一は友紀を連れて歩き出した。そして歩きながら、菜摘に渡したカードのことを思い出していた。返して貰うように言うべきだろうか?
「三谷さん、何考えてるの?」
「え、あぁ、ごめん。ちょっと鍵のことをね」
「鍵?」
「うん、菜摘ちゃんにカードキーを渡したまんまなんだけど、返して貰うように言うべきかなって。でも、それくらい分かってると思うから、郵送して来るなりなんなり、こっちから言わなくても良いだろうなって思ったりしてさ」
「まだ返してないんだ・・・・・・・・」
そう言うと友紀は少し考え込んだ。しかし、掘り下げるのは止めたらしい。
「カードキーで入るの?」
「うん、あそこだよ」
そう言うと晃一は友紀を連れてマンションに入った。カードキーで入っても驚かなかったところを見ると、友紀は慣れているのかも知れないと思った。
「さぁ、どうぞ」
「先に来てたの?涼しくなってる」
「あぁ、携帯からメールでスイッチを入れられるからね、今のやつは」
「へぇ、便利なのね」
友紀は特に驚く様子も無く、玄関を上がった。
「ここがリビングか。結構綺麗にしてるんだ」
「住んでるわけじゃないし、ハウスキーピングを頼んであるからね」
「そうなんだ。だから殺風景なのね」
「まぁ、そう言わないで。どうぞ、おかけください」
「はぁい」
友紀はそう言うと、応接セットの一人用のソファの方に腰掛けた。家庭用の応接セットの場合、客は二人用とか三人用のソファに腰掛けるのがエチケットだが、三人用に腰掛けて隣に晃一が座るのを警戒しているのだろう。
「お茶くらい出さないとね」
そう言うと晃一はキッチンの冷蔵庫からお茶を出すとグラスに入れ、冷蔵庫にいつも入れておいてくれるように頼んであるシュークリームと一緒に友紀に出して三人用に座った。それを受け取った友紀は、
「それじゃ、ここには誰も住んでないの?」
と聞いてきた。
「俺は社宅住まいだから時々来るだけ。会社の残業や飲み会で遅くなった時に泊まることもあるけど、基本的には誰も住んでないよ」
「ハウスキーピングってお掃除のこと?」
「そうだね。掃除とか洗濯とか。頼めば食事も作っておいてくれることになってるけど、頼んだことないし」
「それって、お手伝いさんがやってくれるの?」
「たぶん・・・・・会ったこと無いから分からないけど」
「へぇ、ドラマに出てくるみたいなんだ」
「あぁ、お手伝いさんは見た、とか言うやつ?お金持ちの家で毎日お手伝いさんが朝から晩まで居るところならそうだろうけど、これは部屋を借りる時にオプションで付けただけだから、もっとドライだよ。洗濯は週に2回だけだし、食事は前もってお金を準備してメールで頼んでおかなきゃいけないし」
「そうなんだ・・・・・」
友紀はそう言うと少しの間黙り込んだ。部屋を見るという目的は達成したのだから、このまま直ぐに帰ろうかどうしようか迷って居るみたいだ。
「ま、せっかく来てくれたんだから、少しの間ゆっくりしてってね」
そう言うと晃一は自分用に持ってきたアイスコーヒーに口を付け、テレビのスイッチを入れた。どうも、この雰囲気だとしばらくすれば友紀は帰りそうだ。『まぁ、そうだろうな、それはそれで仕方ないか』と思った。菜摘の時とは違い、友紀は晃一に抱かれるために来ているのでは無いのだから仕方が無い。
ただ、友紀は直ぐに帰ろうとはしなかった。
「ねぇ、この部屋、もう少し何とかしようと思わないの?」
「何とかっていうと?」
「だって、なんて言うか、あんまりにも何にも無いって言うか・・・・」
「たとえば?」
「カーテンとかもレースのが一枚だけだし、サイドボードもないし壁には絵とか何もないし・・・・」
「あぁ、あんまり気にしなかったからね。友紀ちゃんは何か良いアイデアあるの?」
「そうね・・・・・何かあれば選ぶことくらいはできるけど・・・・」
実は晃一はこの部屋をこのまま借りておこうかどうしようか迷っていたのだが、契約でどのみち半年は借りなければいけない事を思い出し、もう少し手を入れても良いかな、と思った。
「そのテーブルの下にカタログがあるだろ?そのカタログのサイトから通販で買えるけど、見てみる?部屋を借りた時から置いてあるんだ」
「あ、これね」
そういって友紀はローテーブルの下に置いてあったカタログを手にした。
「ここを借りた時に付いてきたやつなんだけど、良いのがあったら推薦してくれると嬉しいな。俺は苦手でね」
「私が選んで良いの?わぁ、楽しそう」
そう言うと友紀はカタログを開いて探し始めた。
「その最初の所にURLが出てるだろ?教えて?」
「うん、えーと、えーと、あった。これね」
友紀がURLを伝えると、晃一はテレビをネットに繋いで通販サイトを出した。
「アイテムナンバーを教えてくれればこっちにも出せるみたいだよ」
「そう・・・・それじゃ・・・・・・まずはこれ、カーテンね」
友紀はカタログで選んだカーテンを晃一に教えて画面に出して見比べたりしながらいくつかのカーテンを順に見て、お気に入りを一つ探し出した。レースのカーテンでは無く、上品な花柄の遮光カーテンだ。
「おっきな画面で見るとやっぱりちがうんだ。とっても綺麗に見えるし雰囲気がよく分かるもの」
「それじゃ、これを付けて貰おうか?」
「良いの?三谷さん、これで良いの?」
「うん、良いよ。もちろん。それで、えーと、あ、取り付け作業がオプションで付いてるんだね。一人暮らしにはありがたいな。あ、でも、最初にメンバー登録が居るんだ」
そう言って晃一は登録作業を済ませてからネットでオーダーした。
「3日かかるんだって。これで来週中には付くよ」
「素敵。こんな簡単にできるんだ」
「それと、後は壁だっけ?何か飾るもの、見つけてくれる?」
「本当に良いの?私が選んでも」
「良いよ」
「それじゃ、ラグを選んで良い?」
「うん」
晃一には布を飾るという意味が分からないのだが、無機質な素っ気ない部屋が少しでも何とかなるならと思って同意した。
「三谷さんはどんな感じのが良いの?」
「ちょっと派手な感じで嫌みの無いのが良いな。明るい色の」
「そうなんだ。探してみる」
友紀はしばらくの間、夢中になって探していた。そして、気に入ったのが見つかったようで、晃一に見て貰った。
「これなんかどう?こっちと迷ってるんだけど」
「それならこれにしよう。決めても良いかな?」
「うん、良いけど・・・・本当に良いの?私が選んじゃっても」
「もちろん」
そう言うと晃一は購入手続きをしてから通販サイトを閉じた。
「何か見たい映画とか、ある?」
「映画?それよりこれ、見逃した番組を見れる?」
「うん、オンデマンドなら入ってるからできるよ」
「それじゃ、昨日の10時からのを見たいんだけど」
「うん、どこの局?」
晃一は友紀の選んだ曲のオンデマンド配信を選択し、番組を出した。
「うわ、始まった。そっちで見て良い?」
そう言うと友紀はテレビの真正面に座っている晃一の右隣に来た。ごく自然な動きだ。しかし、隣と言っても晃一から少し離れて座っており大人しく見ている。友紀が見ている間に晃一は友紀のお茶を足した。ただ、30分ものなので実質的には20分少々だからCMを飛ばせば直ぐに終わってしまう。すると友紀はすかさず、
「このローテーブルに小さなクロスを掛けても良い?」
と言ってカタログを広げた。
「うん、良いよ。あんまり大きいのは嫌だけど、何か置く度にガラステーブルはコトコト音がするから、なんかないかなって思ってたんだ」
晃一は再び通販サイトに繋ぎながら言った。
「それなら、こんなのはどう?」
友紀はカタログを広げると、ちょっと晃一の方に移動して晃一の膝の上に乗せて横からのぞき込んできた。セーラー服の胸元から友紀の胸が少しだけ見えた。小柄な友紀に似合った可愛らしい膨らみのようだ。
「白っぽいのが良いの?」
「うん、素敵なんだけど、白は汚れが目立つからね」
「それじゃ、ダーク系?」
友紀はそう言いながら、カタログのクロスをいくつか指さし、更に晃一にぴったりと寄り添ってきた。
「落ち着いたダーク系も良いんだけど、ディナーテーブルじゃ無いしね。やっぱりコーヒーテーブルは明るい色かな?」
「思い切ってオレンジとか・・???」
友紀は思い切りのぞき込んで大きなカタログをあちこち探している。晃一はそれに合わせて画面でも確認していた。
「もしかして友紀ちゃん、目が悪いの?」
「うん、コンタクトだけど・・・わかるの?」
「結構近くで見るなぁって思ってさ」
「癖なのね。本当は離れて見ないといけないんだけど」
「このライムグリーンも良いなぁ」
「どうせ洗濯はやってくれるんでしょ?それならこれにしたら?」
「そうだねぇ・・・・・」
「三谷さんて、けっこう悩むタイプなんだ。決められない人なの?」
そう言って友紀はケラケラ笑った。無邪気な笑顔はとても可愛らしい。
「ん?どうしたの?」
「ううん、友紀ちゃんの笑顔って可愛らしいなって思っただけ」
「そんなこと言ったって、何にも出ないんだから」
そう言って友紀も笑った。
「それじゃ、このライムグリーンのにしようか?どう?」
「うん、これは良いと思う。きっと映えると思うな」
そう言って友紀はカタログを閉じたが、離れようとはしなかった。
「なんか、こんなに簡単に買い物ができるなんてなんか不思議。それも部屋にいてって」
「そうだよね。ただ、雰囲気はやっぱりお店で無いと分からないこともあると思うけど」
「そう?でも、これはとっても便利よね」
「ねぇ、これ、ネットに繋がるんなら、ちょっとやってみたいことがあるんだけど・・???」
「なんだい?」
「デリバリーを頼んでみたいの。良い?」
「お腹減ってるの?」
晃一は友紀が手を付けていないシュークリームを見ながら訪ねた。
「ううん、それほどじゃ無いけど、一回頼んでみたくて。家ではできないから」
「そうなんだ。友達とかが集まった時に頼んだりしないの?」
「ううん、だって高いもん。ここで頼めば三谷さんのおごりでしょ?」
「そう言われてみれば高いよね。でも、はっきり言うなぁ。まぁ、もちろん俺が奢るけど」
「奢られる癖が付いちゃったのかな?普通は人に奢って貰うの、好きじゃ無いんだけど」
「まぁ、気にしないで頼んでみれば?どうせ金額なんて知れてるし」
「うわ、さすが、大人」
「気にしない、気にしない」
そう言うと晃一はキーボードを引き出してネットのデリバリーサイトに繋いだ。晃一のマンションは住宅地区の真ん中で駅からも遠くないので、住所で絞り込むと寿司からフレンチまでいろんなものが宅配可能地域に入っている。晃一はワイヤレスのキーボードを友紀に渡すと、友紀はタッチパッドを使っていろんな料理を見始めた。
「ねぇ、三谷さん、何が食べたいの?」
「俺は美味しければ何でも好きだから、友紀ちゃんの好きなものを頼めば良いよ」
「美味しいものって事は、たぶん値段の高いものって事よね」
そう言いながら友紀はいろいろなサイトを開いてはメニューを見ていった。さすがに写真に載っているのはどれも美味しそうだ。
「・・・・まぁ、そうとも言えるかも・・・」
「それじゃ、海鮮丼にしても良い?」
「もちろん良いけど、せっかくだから、二人で違うのを頼んで分けようよ」
「うん、任せておいて」
そう言うと友紀は2種類の海鮮丼と天ぷらセットを選んだ。
「支払いは配達員に現金て書いてある。良い?」
「あぁ、それくらいは持ってるよ」
「良かった。でも、1時間近くかかるみたい」
「きっとそれは、まともな店だって言うことだよ。あんまり短いと料理してるのか不安になるもの。単に冷凍をチンしただけじゃ無いかってね。それより、我慢できる?他に早く届くもの頼んだら?」
「ううん、待ってる。その方が楽しみあるもの。良いでしょ?もう少し居ても」
「もちろん。ゆっくりしてって良いよ。どうせこの後に予定はないし」
「それに、実は、ちょっといろいろあってお昼、あんまり食べてないんだ」
「おやおや、それで天ぷらまで頼んだんだ」
「なんか写真が美味しそうで。きっと運んでくる間に冷めてブヨブヨになるのにね」
「分かってて頼むんだものなぁ」
「ごめんなさい。なんか我慢できなくて」
「良いよ。好きなものを頼めば。デザートは良いの?飲み物くらいならここにもあるけど」
「大丈夫。食べても足りなかったらお願いするかも知れないけど」
そう言うと、友紀は晃一にぴったりとくっついて座り、キーボードを晃一の膝に乗せて、
「それじゃ、後はお願いね」
とオーダーの確定画面を出した。どうやら、後は晃一が入力しろと言うことらしい。
「それじゃ、届くまジュースでも持ってこようか?」
晃一が住所や電話番号を入力しながら友紀に聞くと、
「ううん、楽しみだから届くまでいらない」
と友紀から断ってきた。
「遠慮しなくて良いのにな」
と言いながら晃一は入力を終えてオーダーを確定すると、オーダーが通ったことを確認する画面が出た。
「後は待つだけだね。またドラマでも見る?」
「うん、ネットドラマ、見ても良い?」
「良いよ。探してごらんよ」
晃一がそういってキーボードを渡すと、友紀は綺麗なブラインドタッチでURLを入力してネット系のドラマを探し当てた。
「第一話は無料なの」
そう言って再生を始めた。ドラマ自体は男女が図書館で出会って恋人になるという月並みな話だ。
「これね、ニメガなの」
画面を見ながら友紀がぽつりと言った。
「え?にめが?」
「そう、ニメガ。映像が綺麗なの」
「あぁ、ビットレートか。2Mなんて珍しいね」
「そう、ニメガなんて普通はエッチサイトだけだって友達が言ってた。でもこのサイトは結構ニメガのがあるの」
「ははは、そうなんだ」