第7部
「だから大学入試は勉強ができたかどうかを通して自分を訓練できる人なのかどうかを確かめるんだと思うよ。会社の入試も一緒だけど」
「会社に入るにも入試があるんだね」
「入社試験て言うけどね」
「ねぇ、もしかして、将来私がパパの会社に入りたいって言ったら、簡単に入れてくれる?」
「俺の会社って言ってもただの社員だけど、コネでってこと?」
「うん」
「良く知ってるね。そんな事」
「友達のお兄さんがコネで会社に入ったって聞いたから」
「もっと俺が偉くなればできるかもしれないね」
「じゃ、偉くなってね」
「がんばるよ。でもね、コネで会社に入った人って長続きしないよ」
「どうして?」
「だって考えてごらんよ。周りの人は全部試験に受かって会社に入ってるんだよ。コネなら会社には入れるかもしれないけど、コネで入ったって仕事は他の人と同じに仕事をしなくちゃいけないんだよ。コネで入った人は遊んでて良いなんていう会社は無いからね。そうしたら、他の人はどんどん仕事を覚えていくのに、コネで入った人には荷が重くて、私は覚えられません、私にはできません、なんてことがどんどん出てくるんだ。だからたいていは数年で辞めていくよ」
「そうなんだ」
「例えば会社がコネを入社させるのは、ほかの会社の社長さんや重役のお子さんを採用する代わりにたくさんうちの会社の品物を買ってください、とかって、会社にとってプラスがあるからするんだ」
「それってずるくない?」
「そうかも知れないけど、会社ってお金を儲けるところだからね。そうしないとみんなにお給料が払えなくなっちゃう」
「それは大変」
「だから、みんながんばって仕事してるんだよ。コネ入社だってその一つさ」
「でも、お金を儲けるだけなんてさびしくないの?」
「そんな事無いよ。会社お金を儲けるところだけど、それだけじゃないもの。例えばみんなに嫌われ者の農薬だって、農家の人から『お宅の農薬のおかげで作物がばい菌で腐らなかった。いつも通り出荷できた』って感謝されればうれしいよ」
「そうかぁ・・・・・、コネで会社に入っても楽な事は無いのね」
菜摘はしばらく考え込んでいたが、やがてニッコリとして言った。
「やっぱりこう言う話、パパじゃないと聞けないな。私の周りにこんな話をしてくれる人、いないもん。私、パパの事、もっと好きになっちゃった」
「さっきパパになったばっかりだろ?」
「だから『もっと』なの」
「そうか、それは嬉しいな」
「うん、パパ、大好き」
「それって甘えてるのかな?」
「うん」
「ほかにも甘えたい事、あるの?」
「たくさんありすぎて困るくらい。勉強だって教えて欲しいし、いろんなこと教えて欲しいな。それと、いろんなところに連れて行って欲しいし・・・・」
「もっと甘えてもいいよ。でも、そうやって甘えてるのって子供みたいだね。高校生って言うよりは小学生みたいだ」
「そう?さっき目のやり場に困るって言ったのはだあれ?それでも子供?」
「そうか、確かにね。あんまり女の子をじっと見た事無いからかな?」
「それじゃ、後でね」
「え?後で?」
「うわぁ、反応した。パパ、今なに考えたの?ねぇ、言ってみて」
「ごめんよ菜摘ちゃん」
「だあめ、言ってみて」
「そんな事・・・・・許して欲しいな」
「だめ、ちゃんと言って」
「そ、それは・・・・・菜摘ちゃんが『後でね』って言ったから、後で見せてくれるのかなって・・・」
「そんな事、あると思う?」
「思わない」
「そうかな?本当は見られるかもしれないわよ?」
「もう勘弁してよ。ごめんなさいって言ってるのに」
「ははははは、いじめちゃった」
「もう」
「ううん、私のほうがごめんなさい。意地悪して」
菜摘は急にまじめになって頭をぺこりと下げた。
「それじゃ、次はどうしようか?」
「ねぇ、パパぁ、どこかに連れてって?」
料理をすべて食べ終わった菜摘がにっこりと笑って晃一に甘えてきた。そんな菜摘の表情が可愛くてたまらない。
「え、だって、観覧車に乗るんじゃ・・・・・」
「そうだった。うん、乗るもんっ」
「よし、それじゃ出かけようか」
「はい」
二人はそう言って席を立つと、観覧車乗り場に向かった。さすがに休みの日は列が長い。ふたりは1時間ちょっと待ってやっと乗る事ができた。しかし、待っている間も菜摘は次々と晃一に話しかけてきたので二人にしてみればあっという間だった。向かい合わせに座って扉が閉まると、ゆっくりとゴンドラが上がり始める。
「うわぁ、高くなってく。久しぶりなの、観覧車って。やっぱりすごいな」
「菜摘ちゃんは絶叫系は苦手なの?」
「ううん、大好き」
「絶叫系が好きな人って、あんまり観覧車とか乗らないんじゃないの?」
「そんなことない。どっちかって言うと目的の問題ね」
「目的?」
「そう、絶叫系が好きでも、デートだったら観覧車は外せないでしょ?」
「そうか、二人だけになれるからね」
「だから今日は観覧車なの」
「分かりやすいね」
「それだけ?」
「え・・・だって・・・・・」
「もう、パパったらぁ、女の子からこういうこと言ってるんだから、パパもしっかりとフォローしないと」
「例えば?」
「『今日の目的は達成できたね』とか何か無いの?もう」
「ごめんね。そういうロマンチックな雰囲気は苦手で・・・・」
「これは私の担当ね。パパ、教えてあげる。しっかりと勉強してね」
「うん、菜摘ちゃんに教えてもらわないとね」
「それじゃ、パパには何を担当してもらおうかな?」
「今日の夕ご飯」
「あのね、パパ、もしかして私を怒らせたかったりする?」
「めっそうもない」
「それじゃ、パパは私に何を教えてくれるの?」
「そうだね。菜摘ちゃんに社会の仕組みとか、ちょっとは勉強も教えてあげたいし・・・」
「ほんとう?それからまだ、なあに?」
「それからかぁ・・・・・、えっと」
「あー、ちょっとはエッチな事考えてたでしょ?」
「考えてないよ」
「ほんとう?ちょっとは考えてなかった?こんな可愛い女の子がいるのに?」
「考えてない」
晃一はきっぱりと言った。さっきの事でこれ以上嫌われたくなかったのだ。しかし、菜摘は晃一の理解を超えていた。
「ちょっとは考えたでしょ?」
「だから、考えてないって」
「だめ、考えて」
そう言うと菜摘は席を立っていきなり晃一に向かってキスをしてきた。
「え??????!!!!!!」
晃一は完全に不意を突かれ、全く動く事ができなかった。しかし、それは一瞬の事だった。菜摘が急に晃一のほうに動いた事でゴンドラはそれに合わせて重心を移動させ、傾きを変えた。ぐらりと揺れる。
「きゃあ」
ほんの一瞬だけキスした菜摘はあわてて唇を離すと晃一にしがみついた。真正面に座っていた菜摘が晃一にキスをして、そのまましがみついたのだから変な姿勢のまま晃一の首に手を回してしがみついている。
「動かないで、菜摘ちゃん」
「動かない・・・・動かない・・・・じっとしてる・・・このまま・・・じっとしてれば大丈夫・・」
菜摘は変な中腰の姿勢のまま、じっと我慢した。しかし、中腰で晃一の首に掴まっているとどうして良いのか分からない。とにかく座っていないので足元が揺れるのが怖い。
「それじゃ、ゆっくりと立ち上がって」
「いや、座らせて」
「ゆっくりと手を放して後ろに・・・」
「いや、手を離したらまた揺れる」
「絶叫系が好きなんでしょ?」
「あれは座ってる」
「立ってるのもあるでしょ?」
「身体が固定されてる」
「もう、ほんの少し後ろに下がればいいんだから」
「そんな絶叫系なんて無い」
「おっきなゴンドラなら後ろに下がるじゃない」
「あれはおっきいブランコ。それにちゃんと座ってる」
「もう、ちょっとだけそのまま下がってごらん」
「いや、座る。もう、ここに座るの」
そう言うと菜摘は晃一の首にしがみついたまま、いきなり晃一のひざの上にぺたんと座ってきた。当然ゴンドラはさらに少しだけ揺れたが、重心の移動が少なかったせいか大したことはなく、菜摘は晃一の首にしっかりと掴まっていたので声は上げなかった。
ただ、晃一にとっては何がどうなっているのか分からないくらいの驚きだ。いきなり女子高生がキスをしてきて膝の上に座って驚かない男はいない。おまけにまだ菜摘はしっかり晃一の首にしがみついたままだ。
「菜摘ちゃん」
「もう傾いてない?」
「安定したよ」
「首を動かしても大丈夫?」
「それくらいで動いたりしないよ」
「ほんとう?目を開けてもいい?」
「うん、いいよ」
菜摘はゆっくりと目を開けた。晃一の首越しに外の景色が見える。頂上に近づいたと見えて、窓の向こうに他のゴンドラが全く見えない。
「だいじょうぶ?」
「うん、なんとか」
「びっくりしたよ」
「すごくびっくりした」
「俺も」
「あんなに揺れるなんて思わなかったから」
「菜摘ちゃん、急にキスされるなんて思わなかったよ」
「想像できなかったの?」
「そりゃそうだよ。さっきまで『エッチな事考えた』って怒られてたんだもの」
「そうか・・・」
「落ち着いた?」
「うん・・・・・あ、重い?」
「菜摘ちゃんが?まさか」
「よおし、それじゃ、パパ、もう一回」
「え?」
晃一が返事をするまもなく、膝の上に横向きに座った菜摘が再び小さく唇を突き出して目をつぶってきた。晃一も静かに応じる。今度は安定しているので晃一は菜摘のぷにゅっとした小さい唇をしっかり感じ取れた。ただ、菜摘自身、そんなにキスに慣れていないと見えて舌等は入れてこなかった。