第71部

 

 「どうして・・・・・おじさまに電話したの?」
「ううん、違うの・・・・・・」
「ちゃんと話して、どうして知ってるの?」
「あのね・・・元々私が一緒に行くはずだったから・・・・・。・・先週・・・」
菜摘は済まなそうに話したが、友紀はなぜだか言葉の端に少し優越感を感じた。
「そうか・・・・それで、神戸に行きたいって決めたのはどっちなの?」
「それはパパ・・・・・」
「なんだ、菜摘じゃ無いんだ。良かった。決めたのはおじさまなのね。行ってみたかったのね、きっと」
友紀の言い方は、下手をすると挑戦的にも取れる言葉だったが、友紀は同行する相手が欲しくて誘われたのだと思って本心から安心したらしい。それが分かるだけに菜摘もつい、
「そう。パパが『神戸』って言い出したんだ」
と友紀に合わせてしまった。それで友紀は一気に気持ちが楽になったらしい。
「きっと行ってみたかったんだね。おじさまって仕事忙しいみたいだから、息抜きが必要なのね」
「たぶん、豪華なホテルに泊まれるよ」
「そうかもね。あの部屋だって結構凄いもの」
「まぁ、友紀の家は金持ちだから友紀には当たり前かも知れないけど・・・」
「あのね、金持ちなのは私の親、私じゃ無いのよ。知ってるでしょう?私の財布の中」
「そうよね、友紀は倹約家だものね」
「そうしなきゃいけないからなのよ。必要性があってしてるだけ」
「ああ、いいな、神戸にお金の心配せずに遊びに行けるなんて」
「自分から振っといてよく言うわよ」
「まぁ、自分で決めたことだけど・・・・」
「ねえ、もう一度聞くけど、なにが気に入らなかったの?あんな素敵な人」
「それが・・・よく分からないんだ・・・・」
「なにそれ?こっちがわかんないんだけど」
「なんか、私がどんどん勝手に変わって行くみたいで・・・・怖くなっちゃって・・・・」
「そりゃ、付き合う人で女の子は変わるものだと思うけど?」
「それはそうよね・・・・あんなになるなんて・・・だからわかんないの」
友紀は思い切って聞いてみた。
「もしかして、おじさまとのあの時のことが引っかかってるの?」
「・・・・・・・・・・・」
菜摘が答えなかったところを見ると、答えたくないか答えられないらしい。と言うことは、図星の可能性があると言うことだ。それだけ分かれば十分だ。友紀は話題を変えた。
「どうせ上手くいってるんでしょ?高木と」
「まぁ、取り敢えずはね・・・・・・」
「それならいいじゃ無い。何か不満でもあるの?」
「不満ていうか・・・・・・」
「はっきりしないなぁ、でも、今さら元に戻すなんて無しだからね」
「それは分かってる」
「良かった。ちょっと心配だったの。菜摘が戻ってきたら強敵だもの」
「私だって、今さら戻れないわよ。第一、なんて言えば良いのよ」
「そうよね、勝手に離れていったんだものね」
「・・・・・・・・」
菜摘は友紀の様子から、自分がもう一度晃一に近づくことは無いのか気にしていたことがはっきり分かった。そして、もっと自分で選んだ相手を好きにならなければいけないと思った。ただ、晃一から部屋のキーを預かったままでいることは黙っていた。まだ晃一が返すように言ってこないので、そのままにしておいたのだ。その心の裏には、『もしかしたら』という気持ちがあるのは明らかだった。
「ねぇ、友紀にだったら良いでしょ?」
「なにが?」
「パパにじゃなくて、友紀になら話しかけても良いでしょ?」
「もちろんよ。友達だもん」
「ありがと。それ聞いて安心した」
「なんのこと?」
「ううん、なんでもない。ちょっと・・・ね・・・・」
「なんか心配事でもあるの?」
「うん、あると言うか・・・・・自分でもよく分かんないというか・・・・」
「菜摘にとってはおじさまは父親代わりだから?」
「そう・・・・かも・・・・・」
「なんか、今はこれ以上聞いても無理みたいね。いつでも話を聞いてあげるから」
「うん、サンキュー」
そう言うと菜摘は友紀に手を振って電車の中で二人は別れた。友紀はその顔がちょっと寂しそうに見えたが、直ぐに晃一との旅行で心がいっぱいになって忘れてしまった。
菜摘は友紀と別れて一人電車に乗りながら窓の外を眺めていたが、景色は全く心に映っていなかった。『友紀は今パパに夢中なんだ。私もあんな感じだったもん、そうよね。当たり前か・・・。神戸・・・ね・・・・、もし、私が一緒に行ってたらどうなるんだろう?私もあんな感じかな?あれ?何なんだろう?この感じ・・・、やだ、私、友紀に妬いてるの?』菜摘は複雑な気持ちを抱きながら家路に着いた。
友紀が旅行を楽しみにして胸がいっぱいの金曜日、ミーティングがあった。
「今日は金曜だけど、明日友紀が都合が悪いって言うから集まって貰ったんだ。ちょっとみんなに話しておくことがあるから」
麗華が口火を切った。
「ナツ、友紀、言いな」
麗華がそう促すと、菜摘から言った。
「あのね、私、パパと別れた・・・みたい」
その中途半端な言い方にむっとした友紀が直ぐに言葉を受けて話し始めた。
「菜摘がね、振ったのよ。それで今、おじさまは私の彼」
みんなが一斉にざわついた。
「ま、そう言うことだ。報告がちょっと簡単すぎたみたいだけど、よく調べて話は聞いた。何の問題も無いよ。どうしてナツが突然振ったのかは分からないけど、その相談に乗ってるうちに友紀が好きになったってことらしい。ま、よくあることだわな」
麗華がそう言ったので取り敢えずみんなは納得したようだ。麗華がそう言うのなら間違いは無い、とみんな思っているようだ。
「サキとミオの時もそうだったけど、仲間同士で一緒に居れば相談にも乗るだろうしプライベートだってお互いに知ることになる。でも、あくまでプライベートは自分だからね。それでゴタとか起こさないでよね。それだけみんなに言っておきたかったんだ。わかってるよね?」
みんなは慎重に頷いた。
「うん、それでナツ、どうなんだ?上手く行ってる?」
菜摘はそう言われて、意外に簡単に言った。
「よく分かんないの。でも、付き合ってみないとわかんないものね。最近ちょっとヤバイかも・・・」
「おいおい、大丈夫かよ」
「ま、その時はその時よ。みんなには迷惑かけるつもりないし」
旅行を控えた友紀にしてみれば妖しい雲行きになってきたので、ここぞとばかりに釘を刺した。
「まぁ、分かってるなら良いけどね」
「ナツと友紀の仲もそのままらしいから、お互いに仲良く行こう」
「うん、喧嘩してるわけじゃ無いから安心して。良く話してるし、大丈夫だから」
菜摘はそう言ってみんなを安心させた。すると、
「ねぇ、高木ってどうなの?子供っぽく無い?」
とか、
「なんか、菜摘には合わないんじゃ無いかって話してたの」
とか、結構みんな勝手なことを言っている。菜摘も気軽に応じて、
「うん、やっぱりちょっとね・・・・、でもまぁ、あんなもんかって感じでもあるんだ」
と答えた。
「でも、苦労人の菜摘に比べたらお坊ちゃんて感じだよね。どっちかって言うと菜摘の方がお姉さんて感じじゃ無い?」
「そうね、あんまりリードするってタイプじゃ無いかも」
「でもさ、元々菜摘って今までこっちの方には無関心だったでしょ?それを考えれば高木って言うのもちょうどアリなのかも知れないよ」
などと、みんなそれぞれ勝手なことを言い始めた。でも、みんなが菜摘を心配しているのは確からしい。そこで麗華が友紀に改めて聞いてきた。
「それで友紀、どうなの?あなたから見たおじさまは?」
「うん、とっても真面目な人。いつも先を考えながら気を遣ってくれるし。菜摘が好きになったのも分かると思った」
「あんたは?」
「もちろん」
「ナツに聞いたけど、もう良いことあったんだろ?」
「あ、うん、そうみたいね」
「それで明日はお泊まりって?」
一斉にみんながざわついた。しかし友紀は堂々としている。
「そう、それなら菜摘から聞いてると思うけど、元々おじさまが旅行に行きたかったらしくて、最初は菜摘に声をかけてたみたいだけど、こうなっちゃったみたいなのよね」
「大丈夫?菜摘の替わりとかにされてない?」
「それは無いみたい。菜摘から連絡が来たって驚いてたから気持ちは切り替えてるみたい」
「それなら良いけど、落ち着くまでは慎重に行かないとね」
「ありがと」
その後はいつものようにワイワイと始まって、少しして終わりになった。
友紀は帰りに菜摘に呼び止められた。
友紀にしてみれば、今は旅行のことで頭がいっぱいなので、余り込み入った話はしたくなかった。
「駅まで一緒に行こ?」
「うん、いいよ」
「あのね、友紀の邪魔はするつもり無いから。まずそれだけは言っておくね」
「うん」
友紀は当然だと思った。
「昨日、よく考えてみたの。どうしておじさまを振ったのかって」
「それで?」
「あのね、分かったのは、心と身体がずれたってこと」
「どういうこと?」
友紀は変なことを言うと思った。
「なんて言うか、おじさまと一緒に居る時は楽しいのに、家に帰るとちょっと違う感じなの。それで不安になって・・・・。ま、そう言うこと」
「よくわかんないなぁ」
「ごめん、それだけ聞いて欲しかったの」
「聞くだけなら良いけど」
そう言いながら、友紀は自分は違うと思った。今はとにかく明日が待ち遠しい。二人はそれから当たり障りの無い話をして別れた。
そして土曜日、友紀は晃一と待ち合わせの東京駅の新幹線改札口に急いでいた。急いで学校が終わると駅のコインロッカーで荷物を取り、直ぐに出てきたのだが時間ギリギリになりそうだった。何度もメールをやり取りして確認しているが、この調子でいくと東京駅に着くのは発車15分前くらいだ。友紀はあまり東京駅に詳しくないので前日にネットで構内図を調べたりしたが、どうもよく分からなかった。だから山手線が東京駅に着いた途端に荷物を持って小走りに出たのだが、心配するほどでは無く、意外に簡単に改札の前にいた晃一に出会えた。
「おじさま、お待たせ」
「友紀ちゃん、ありがとう、急いで来てくれたんだね」
「だって、こんなにギリギリの時間にするんだもの。学校から直行よ」
「ごめんね。とにかくホームに上がろうか」
そう言うと晃一は友紀を連れてホームに上がった。既に列車は到着しているのでそのまま中に入る。
「グリーン車なのね。久しぶりだな」
「そうなんだ。新幹線は家族旅行とかで使ったの?」
「うん、関空発の飛行機で旅行に出たことがあって、3年前だったかな・・・、その時は新大阪まで乗ってった」
「友紀ちゃんの家はお金持ちだったね」
「親はね。私じゃ無いから」
「ごめんごめん、それなら、友紀ちゃんが家族以外との旅行はどれだけぶり?」
「そうねぇ・・・、去年行ったの。友達と箱根に」
「へぇ、凄いね、1泊?」
「うん、小田原のビジネスホテルに泊まったの」
「自分たちで計画したの?」
「全部自分たちでした。楽しかったよ」
「アルバイトもしたんだっけ?」
「そうね、それがアルバイトの最初かな」
「あ、お昼まだでしょ?」
「そう、お腹ぺこぺこ」
「それじゃ、駅弁を買ってこようか?」
「私も行く」
そう言うと二人で駅弁を買いに出た。ただ、発車時間が迫っていたのでゆっくりと選べなかったのが残念だ。それでも友紀はヘルシー野菜弁当と気に入ったお茶を見つけてニコニコだったし、晃一は深川飯とビールを選んだ。
幸い土曜の午後で車内は空いており、二人で駅弁を開けて箸を付けながらゆっくりと話をすることができた。
「ねぇおじさま、今日の予定はどうなってるの?」
「えーとね、まずこのまま神戸に行って・・・」
「どれくらいかかるの?」
「2時間40分くらいかな」
「それから?」
「まずホテルにチェックインして、そうすると5時くらいだから、それからポートタワーでも行こうかなって思ってるんだ」
「ポートタワー?聞いたことある。素敵、それから?」
「後は夕食だね」
「うん」
その後は言うまでも無い。友紀もその後は聞こうとしなかった。
「ところで友紀ちゃんはどんな料理が好きなの?まだレストランは予約してないんだ」
「おすすめは?」
「実は、ホテルには鉄板焼きかフランス料理しかないんだけどね。中華とかが良ければ中華街の店とか探しても良いし」
「私はどっちでも構わないわ。でも、知らない街に出るのは時間もかかるし・・・。ホテルのレストランで十分」
「せっかくの機会だから、どっちか友紀ちゃんに選んでもらえると嬉しいんだけど・・・」
「そうね・・・・・どっちも楽しそうだけど・・・・・鉄板焼きかな?おじさま、たばこ吸うでしょ?」
「吸うけど、実はここのホテルのレストランは全部禁煙なんだ」
「まぁ、可愛そう」
「友紀ちゃんはたばこ吸われるの、嫌でしょ?」
「ううん、私は父が吸うから気にしないわ。吸わないならそれでOKだけど」
「一言で言うなら、コース料理を楽しむならフレンチだし、神戸の肉が食べたきゃ鉄板焼きかな?ってことだね」
「神戸牛か、食べてみたい」
「それなら鉄板焼きで決まりだね。ちょっと待ってて、予約してくる」
そう言うと晃一は席を立つとデッキに出て予約をした。
「取れたよ。ちょっと混んでるかも知れないって言ってた」
「そう、でも楽しみね。神戸牛なんて」
「友紀ちゃんは初めて?」
「うん、おじさまは?」
「前に一度出張で神戸の三宮の駅の近くのレストランで食べたことがあったけど、そんな立派なものじゃ無かったな。値段だけは立派だったけど。だから、これから食べるのが楽しみだよ」
「なんか、お弁当を食べながら夕食の話って、変じゃない?」
「そんなことないさ。とりあえず夕食は席の予約だけしたから、後はお腹の減り具合で好きなものを注文すればいいよ」
「ありがとう。私も楽しみ」
そう言いながら、友紀はあっと言う間に弁当を平らげてしまった。小柄な身体には似合わないと思ったが、友紀も食べ盛りなのだ。晃一はまだビールも弁当も残っている。