第75部

 

 「ねぇ、後でもう一回シャワーを浴びても良い?」
支度をしながら友紀は晃一に聞いてきた。今度はTシャツとミニスカートの軽装だ。薄いグリーンのTシャツから可愛らしい膨らみが綺麗に出ており、短めのミニスカートが可愛らしかった。
「うん、シャワーも良いけど、一緒にジャグジーに入っても良いね」
「ええ?やっぱり一緒に入るの?」
「良いだろ?景色も綺麗だよ」
「でも、外から見えちゃいそうで・・・・」
「それなら部屋の電気を消せば良いだろ?」
「それはそうだけど・・・・・」
「部屋に戻ってきてからのお楽しみだね」
「うん・・・・・」
晃一は友紀と一緒にジャグジーを楽しむつもりだったのだが、友紀にとっては気になるらしい。
身支度を調えた友紀にもう一度キスをしてから晃一は2階にある鉄板焼きの店に友紀を連れて行った。案内された席は窓の外に綺麗な港が広がるブースで、友紀は気に入ったらしい。
「うわ、こんなに素敵な席だなんて」
「うん、でも部屋みたいに9階じゃ無いからちょっと遠くまでは見えないけどね」
「ううん、ポートタワーだって直ぐそこに見えるし、こんな綺麗なところでご飯なんて食べたこと無い。インテリアだってとっても素敵。それに、このお皿だって・・・・。これで食べるの?」
「これは飾り皿だよ。外国のレストランとかでもあるだろ?」
晃一は友紀があっと言う間に周囲を的確に観察したことに感心しながら言った。
「あぁ、そうか。そうね。でも、絵皿って言うのはあるけど、こんなに綺麗なお皿なんて無いわ。やっぱり日本だからなのね」
「友紀ちゃんはどこの国に行ったことあるの?」
「小さい時のは覚えてないけど、イタリアとかスイスとか、イギリス、アメリカ・・・くらいかな」
「すごいね」
「でも、外国は雰囲気が違ってるし、外人ばっかりで緊張しちゃって楽しめないし・・・・。やっぱり日本が一番よ。トラブルもないし」
「そうだね、日本なら注文を間違えることはまず無いし、誰に注文しても良いしね」
「そうなの。外国だと担当のテーブルが決まってるのよね。だからその人が来るまで待ってなきゃいけないから、なかなか来てくれなくていらいらしたりするし・・・・」
「そうだよね、ところで、注文はどれにする?」
「おじさまに任せても良い?お願い」
「そうだね。その『お願い』ってさっきもいっぱい聞いたような気が・・・・」
晃一がそう言ってウィンクすると、友紀は途端に顔を真っ赤にして、
「ちょっと、何言ってるの」
と周りを気にしながら晃一の手を掴んだ。
「なあに?冷静に考えてごらん。今の会話に不自然なところ、ある?」
「それはそうだけど。もう、油断も隙も無いんだから」
友紀はそう言ったが、自分でも顔が赤いのが分かる。そして、先程の疼きがまだ身体に熾火のように残っていることに気付いた。『おじさまったら直ぐに抜いてくれないから感じ始めてたんだ。やだ、『抜いて』だって・・・』友紀は自分で思って自分で更に顔を赤くした。確かにまだ身体の中に怠いような甘い感覚が残っている。それに、あそこがじっとりと濡れていることにも気付いていた。
「それはそうと、とにかくコースにしようか」
そう言うと晃一は、ありきたりだとは思ったが伊勢エビとアワビの入ったコースを選び、友紀にはサーロイン、自分にはヒレ肉を選んでから、飲み物に自分にはビール、友紀にはジンジャーエールを注文した。
さすがに友紀は家族で外国に旅行に行っているだけあってナイフとフォークの使い方も慣れていたし、戸惑っている様子は無かった。
「友紀ちゃんはこんなレストランでも慣れたものだね」
「ううん、私、結構いっぱいいっぱいよ。なんか緊張しちゃって」
「とてもそうは見えないけどね」
「そうかな?それならいいけど・・・・」
そんな話をしながら前菜を食べ始めた。しかし、やはりナイフとフォークはどうも落ち着かない。晃一は箸をもらって食べ始めた。
「おじさま、箸なんか使って良いの?」
「もちろん。どのみち肉は切れて出てくるんだし、ナイフとフォークなんて使う必要ないさ。友紀ちゃんも貰う?」
「ううん、せっかくだから挑戦してみる」
「ファミレスだってナイフとフォークがあるだろうに。まぁ、食事は楽しめればそれが一番だからね」
そう言って晃一は笑った。
「ねぇ、おじさま、神戸ってどんな街なの?」
友紀はとにかく食べようと食事と会話に集中することにした。幸い、前菜は量が少しなので食べやすい。
「どんなって言われても・・・・・まぁ、東京とは違うね」
「どんな風に?」
「うーん、こっちに住んでたわけじゃ無いから何とも言えない部分は多いけど、無理に言うなら、中国や外国の文化が日本の中に融合してるって言うのかなぁ、ごく自然に街中に外国っぽいものがあるって言うか・・・・それを誰も驚かないって言うか、そんな感じかな」
「ふうん、そうなんだ・・・・」
「それと、坂が多いから平らなのはこの辺りだけで、ちょっと山の方にいくと直ぐに上り坂になるからね。歩く距離は短くても、結構しんどいよ。とにかく狭い場所に全部がぎゅっと詰まってるって感じかな。だから移動は歩きが主体だね」
「えー、それは参るなぁ」
「明日は最初に異人館通りまでタクシーで行って、そこから歩くから登りは少ないけどね」
「ちょっと安心」
「天気が良ければロープウェーで山の上に上がっても良いしね」
「明日、雨降るの?」
「ごめん、言い方間違えた。空気が澄んでて見通しがきけば、だね。神戸はいつも遠くが霞んでることが多いから」
「そうなんだ。それは明日の楽しみね」
「うん」
二人が話していると、目の前でフォアグラが焼かれ始めた。
「これ、もしかしてフォアグラ?」
「そうだよ。よく分かったね」
「テレビでしか見たこと無い。初めて」
「へぇ、それは良かった。ま、前菜だからほんの少しだけどね。たくさん食べるものじゃ無いけど」
丁寧に焼かれたフォアグラはとても美味しく、友紀は珍しがって喜んで食べた。このレストランに来た時、最初身体が怠くて食欲が無かったが、だんだん食欲は戻ってきたようだ。部屋に戻った後でお腹が減ったりすることの無いように、友紀は食事と楽しい会話を楽しむことにした。
「なんか、レバーみたいな味ね。美味しいけど」
「フォアグラって肝臓だから、一種のレバーだよ」
「そうか、合ってたんだ」
「そう、正解」
「それじゃ、正解者には?」
「そうだな。後で・・・・って事でどう?」
「うん」
友紀は気軽に答えたが、後で部屋に戻ってからだと言うことに気がつくと、ちょっと潤んだ目で晃一を睨んだ。しかし晃一は全く気にしていないようだ。
友紀は身体に残っている先程のソファでのしたことの余韻が頭から離れず、なかなか食事に集中できない。何と言ってもさっきまで晃一が身体の中に入っていて、たっぷりと焦らされた挙げ句にいかされた直後に食事に来たのだ。
まだ晃一の肉棒の感覚が身体の奥に残っている。『あの感じ、凄かったな。なんかまだ入ってるみたいな感じがちょっと残ってる・・・。この食事が終わったらまた・・・。やだ、私、さっきの続きを早くして欲しいと思ってる。こんな素敵な食事をしてる最中なのに』と一人で顔を赤くした。
二人には夏野菜のスープが出されて口の中をさっぱりとさせると、いよいよ二人の目の前では伊勢エビを焼き始めた。
「今まで生きてたんですよ」
とシェフは教えてくれた。ブランデーを注いで火を付けてアルコールを飛ばしてから湯気が立ち上がると、蓋をして中を蒸らし、ちょうど良いところで殻から外して切り分けて出してくれる。
「美味しそう」
「伊勢エビって頭が大きいから見かけの大きさの割にあんまり食べるとこ、無いんだよね。だから、見た目は派手だけどボリュームは無いよね」
「ううん、結構大きいよ」
「嬉しいな、友紀ちゃんがそう言って喜んでくれるのは」
「すっごく嬉しいのよ。ずっとさっきから喜んでるの、分からない?」
「ううん、分かってる。だから嬉しいんだ」
「おじさま、私に合わせなくても良いのよ。お酒とか飲みたいんじゃ無いの?」
「そうだね。それじゃ、せっかくだから神戸の日本酒を貰おうかな」
そう言うと晃一は魚に合いそうな純米吟醸酒を選んだ。引き続いてシェフは目の前でアワビを焼き始めた。友紀はアワビが出る前に伊勢エビを食べ終えないといけないのかと思って急いで食べたのだが、晃一に急ぐことはないと言われてまた笑った。
そしていよいよメインの神戸牛のステーキになった。友紀はここまででだいぶお腹がいっぱいになってきたので、ステーキまで食べられるかちょっと心配だったが、用意された肉は余り大きくなかったので取り敢えず安心した。友紀は目の前で焼かれて切られていく手際の良さに、しばしじっと見とれていた。
「どう?美味しい?」
「うん、とっても美味しい」
「それじゃ、こっちも食べてみて」
そう言うと晃一は肉を半分友紀に渡した。お返しに友紀も半分分けてくれた。
「神戸牛って、もらい物か何かで食べたことあるけど、やっぱりちゃんと焼いて貰うととっても美味しいのね。こんな美味しいの初めて」
友紀はそう言うとちょっと遠慮しながらもぱくぱくと食べていった。『美味しいから食べてるの。早く食べ終わって部屋に戻りたいわけじゃ無いの』と自分に言い訳しながら。
「肉は質だけじゃ無くて、焼く前に熟成させるとか、お店ならではのテクニックがいっぱいあるんだ。素人には追いつけるはず無いよ」
「やっぱり。そうよね。そんなに簡単にできたらレストランなんて誰だってできちゃうものね」
「そう、友紀ちゃん分かってるじゃ無い」
「うん、私、栄養士の資格に興味あるから」
「そうなんだ。それじゃ、大学は管理栄養士のコースのあるところ?」
「そうしようかなって思ってるの」
「友紀ちゃんは国立とか行かないんだ」
「うん、別に一人暮らしが嫌なわけじゃ無いけど、今のところは私立なの。でも、私、今は文系なのよね。どうしようかなって思って」
「そうか、栄養士は理系か」
「まぁ、そうとも言えないんだけど。生物は成績良いし」
「それならあんまり気にしなくても良いんじゃ無い?栄養士なら文系からでも移れるよ。理系の科目の勉強を嫌がらなければ」
「どうしてそう思うの?」
「だって、栄養士って専門的な知識が必要なんだろ?それなら、全員最初から習うんだからスタートラインは一緒じゃないの。電気や化学とか工学みたいに高校時代に物理や化学の成績が良くないと教科書を読むのも無理って事にはならないと思うよ」
「そうか。そうよね。いい話、聞いちゃった」
「それじゃ、これがさっき正解したご褒美って事で」
「だめぇ、ちゃんと最初に言わなきゃ無効よ」
「だめ?」
「ダメ。ご褒美はちゃんと後でしてちょうだい」
と言ってしまってからはっとした友紀は『して』が余計だったことに気付いて下を向いてしまい、そっと晃一を見上げた。晃一は、こんな可愛い顔をしてケラケラ笑っていても、考えていることは同じなんだと思うと嬉しくなり、ウィンクした。
すると友紀はシェフに、
「あの、後どれくらいかかりますか?」
と聞いた。そして、
「ちょっと見たいテレビがあるから」
と付け足した。
「それなら今食事が出たので、後はデザートですから、直ぐにお持ちしても良いですか?選んでいただきますので今お持ちします」
とシェフが言ったので、友紀に全部選んで貰い、それを二人で手早く食べると、そろそろ部屋に戻ることにした。最後は少し慌ただしい感じになったが、友紀は気にしていないようだった。
レストランから部屋に戻るまで、友紀は食事が楽しかったことを話していたが、部屋に入った途端に晃一の首に手を回してきた。
「おじさま・・・・・」
そう言うと目をつぶってくる。晃一はその友紀を抱きしめて優しくキスをしてから首筋へと唇を這わせた。
「んんん・・・はぁぁぁぁ・・・んんっ・・・あうぅぅ・・・ああんっ」
友紀は部屋の入り口で抱き合ったまま喘ぎ始めた。食事の間はわざと気付かないふりをしていたが、身体の中にくすぶっていた炎があっと言う間に燃え上がった。
「ああん、おじさまぁ、ああぁぁぁ、身体が・・・ああぁぁんっ、感じて・・・」
友紀はやっと二人だけになれた喜びを表すように、晃一の唇を左右の首筋に受けて喘ぎ続けた。
「ねぇ、またシャワー浴びてきて良い?やっぱり少し汗をかいたみたいなの」
友紀は食事の時から感じていたのだが、自分が既にかなり濡れていることを晃一に見られたくなかったので、もう一度シャワーを浴びたかった。
「うん、でもシャワーも良いけど、ジャクジーに一緒に入らない?」
「今は・・・・・・・お願い、良いでしょ?」
どうやら友紀はまずベッドで愛されたいようだ。
「それじゃ、ジャグジーは後にしようか」
「はい」
そう言うと友紀は急いでシャワーを浴びに行った。シャワーとは言え、女の子なのだから男のように短時間というわけにはいかない。晃一はテラスでタバコに火を付けて夜景を眺めることにした。さすがに夏の夜なので外はむっとしている。
晃一は、本当はここに菜摘がいるはずだったのに、と思うと少し不思議な気がしていた。まだ友紀と知り合って2週間経っていない。
2週間前は菜摘をマンションで思いきり愛していたのだ。晃一は友紀のすらりとした美しい身体を思い出しながら、『どうしてこういうことになったんだろう?』と考えていた。菜摘は素直で初々しい心と身体を持った少女だった。
友紀は最初、傘を菜摘に返した時に一緒にいたと言ったが、晃一にはぼんやりと小柄な同級生がいたことは思い出せても友紀の姿は記憶が無かった。それだけ菜摘に意識を集中していたと言うことだろう。
あの頃、菜摘の身体に一つずつ教え込むことはとても楽しかった。そして菜摘もそれを喜んで受け入れてくれたはずだった。晃一は菜摘が最初の痛みに必死に耐えながらも無理に笑顔を見せていたことや、身体を愛される喜びに声を上げて仰け反った姿を思い出し、何か菜摘の嫌がることをしたのかと思い返してみたが、全く思い当たることは無かった。
その時、部屋の中で携帯が鳴ったらしかった。晃一の携帯は今自分が持っているので友紀の携帯だ。そしてしばらく鳴ってから音が止まった後、今度は晃一の携帯が鳴り出した。呼び出し音で菜摘からだと分かった。晃一はどうしようかと思ったが、取り敢えず出てみることにした。
『もしもし?』
『パパ?』
『菜摘ちゃん、どうしたの?』
『今、どこ?』
菜摘がそう言うと言うことは、友紀から神戸のことを聞いているのだろう。嘘を付くのも変だと思ったので、
『神戸に来てるんだ』
と言った。
『・・・・・・・・・・・・・・そう・・・か・・・・』
菜摘はそれだけを言ってしばらく黙り込んだ。その沈黙の意味が分からず晃一は、
『どうしたの?』
と聞いてみた。
『ううん、何でも無い。あのね・・・・・・』
菜摘はちょっと間を置いてから話し始めた。