第88部
「中に入ってみようか?」
「うん・・・・・・」
友紀は誘われるままに晃一と中に入ったが、入ってみればどうと言うことはない、ただの古い洋館だと思った。確かに雰囲気は独特なのだが、何となく友紀の今の気持ちに合わない。ただ、エントランスからリビング、書斎に至るまで豪華な作りなのはよく分かった。一応は中を巡ってみたが、身体が怠くて楽しめない。だから長居せずに出てきてしまった。
「疲れてるんだね」
「ごめんなさい。ちょっと身体が・・・・・せっかく連れてきて貰ったのに」
「ううん、疲れさせたのは俺なんだから気にしなくて良いよ。どうする?お腹は減ってない?」
「減ってるけど・・・・、ねぇ、もう少しだけ見ていっても良い?あんまり歩きたくないけど」
「それじゃ、鱗の館に行ってみようか。直ぐだよ」
「うん・・・・」
友紀は正直に言えば、もう歩きたくないし、このまま新幹線に乗ったらきっと直ぐに寝てしまうと思った。しかし、せっかく神戸に来たのだから見て回りたいという気持ちも強い。さっき自分から服を脱いでベッドに飛び込んだからこうなったことなどすっかり忘れていた。それに、ゆっくりと歩きながら土産物屋も覗きたかった。
そのまま友紀は晃一に連れられて30分ほど散策した。鱗の館は綺麗だったし、持ってきたお小遣いでお土産を買うこともできた。そして、少し身体が慣れてきたのか、ちょっとだけ元気になった。
「それじゃ、お昼にしようか?中華街とか行きたい?」
「ううん、もう歩くのはちょっと無理みたい」
友紀は残念そうに言った。元気になったとは言え、なんか身体が変なのだ。
「それじゃ、なるべく歩かなくて良いような所に行こう」
そう言うと晃一は、タクシーを拾って友紀を三宮の駅の近くの中華レストランに連れて行った。
「さぁ、疲れたでしょ?お腹いっぱい食べてごらん」
「おじさまが選んで」
「それじゃ、肉にする?魚が良い?」
「魚かな?ううん、やっぱりお肉が良い」
「分かったよ。それじゃ任せてね」
そう言うと晃一は肉料理と野菜物を二品ずつ注文した。
「友紀ちゃん、ごめんね。ちょっと無理をさせちゃったみたいだね」
「ううん、良いの。私だって甘えたんだから・・・・・それに、こんなに疲れるなんて思ってなかったから」
「歩くのが疲れるの?」
「疲れるって言うか、ちょっと痛いの・・・・」
「痛い?・・・・で言うと、あそこが?」
友紀はこっくりと頷いた。
「なんか、擦れてるって言うか、腫れてるって言うか、そんな感じ・・・」
「そうか・・・・無理しすぎたか・・・・」
「使い過ぎって感じ・・・・」
「あそこを?」
「うん」
友紀は小さく頷いた。晃一はその友紀の姿を見ながら、ほんの少し前までベッドでこの少女を裸にして、小柄な身体に肉棒を何度も入れて声を上げさせていたと思うと不思議な感じがした。目の前の友紀は、どう見てもごく普通のちょっと可愛い女の子だ。まだ耳には友紀の激しい声が残っているが、目の前の友紀の姿からは想像もできない。
「後はタクシーで駅に行くだけだからね」
「うん・・・・・」
友紀は力なく頷いた。かなり疲れているようだ。それでも、料理が運ばれてくるとだんだん元気が出てきたようで、少しずつ楽しそうに食事し始めた。
「ねぇ、おじさまって何回くらい神戸に来たことあるの?」
「そうだね、たぶん7,8回かな」
「それだと、だいぶ街に詳しくなる?」
「ううん、全然だよ。仕事で来てると仕事してそのまま帰るか、お客さんと食事して泊まることになっても行く店とかは最初から全部決まってるからね。自分で街を歩かないと詳しくならないさ。たまにちょっと時間ができた時にポートタワーに上がるか、それともさっきの異人館に行くか、それくらいだね」
「そうよね、仕事だものね」
「見物や観光が目的じゃ無いからね」
「だから神戸に来たかったの?」
「そう、一度自分で神戸の街に来てみたかったんだ。どう?やっぱり東京とは違う?」
「うん、全然違う。ポートタワーも素敵だったし、ホテルも。それに、さっき行った風見鶏の館だって」
「少しは楽しめた?あんまりゆっくりできなかったけど」
「ごめんなさい。なんか、熱を持ってるみたいで歩くと辛くて・・・・」
「本当にごめんね」
「ううん、そうじゃないんだってば。とっても楽しんでるよ」
「それならいいけど・・・・」
「このお店だって、東京じゃ絶対こんなところ無いもの。なんか、いろんな物が混じってるみたい。中国の影響?」
「そうかなぁ、中国と言うよりは、やっぱり神戸らしさなんだろうね。この統一感の無さというか、不思議な感じは」
そう言いながら二人は食事を楽しんだ。
「どうする?この後。元気が出たのなら中華街でも行ってみる?」
すると友紀は済まなそうに、
「ごめんなさい。歩くのはやっぱり・・・・」
「分かったよ。それじゃとにかく帰ろうか。お土産は買った?」
「うん。全部買った」
友紀はそう言ってにっこりと笑った。
店を出ると晃一はタクシーを拾って新神戸の駅に行き、東京までの切符を買ってちょうど来た新幹線に乗った。グリーンのゆったりした席に座ると安心したのか、友紀は直ぐにうとうとし始め、新大阪に着く頃には熟睡していた。そしてそのままずっと東京まで寝ていた。
晃一は友紀の寝顔を見ながら『本当に疲れてるんだな。ずっとがんばってくれてたからな・・・・。でも、本当に可愛かったな。神戸に来て良かった』と思った。
東京駅に着くと、晃一は友紀を連れてタクシーに乗った。本当ならJRに乗り継いでいくのだが、歩くと辛そうなのでタクシーにしたのだ。
「友紀ちゃん、まだ辛い?」
「うん、やっぱりちょっとね・・・・疲れてるみたい。身体が重くて」
「どうする?ちょっと寄っていく?」
晃一は期待を込めて聞いた。しかし、
「ごめんなさい。今日はこのまま帰る。このままじゃ身体が・・・・・」
と友紀は言った。
「分かったよ。それじゃ、家の近くまで送っていくよ」
晃一はタクシーの運転手に、友紀の最寄りの駅の方に回るように言い、友紀の家の近くで下ろすと、自分は近くの駅から帰った。
その晩、友紀からメールは来なかった。晃一はちょっと寂しかったが、独り身では何を言っても仕方ないので我慢するしか無い。取り敢えず友紀にお疲れ様メールを打ってから酒を飲んで寝た。
翌週が始まると、友紀は麗華に呼び出された。行ってみると菜摘もいる。
「二人とも来たね」
「何?この前ちゃんと説明したじゃ無いの」
友紀は麗華に不満そうに言った。
「もちろん聞いたよ。ナツからもね。でも、一応二人に確認しておきたかったんだ」
「なにを?」
今度は菜摘が麗華に言った。
「うん、今友紀は菜摘の元彼を彼にしてるみたいだけど、ナツは本当にそれで良いんだよね?」
「え・・それはもちろん・・・・・・・・・・いいよ・・」
「なんかそれが引っかかるんだよな。ここで嫌だと言えばもちろんミーティングさ。でもね、取り敢えずナツはOKした。でも、その言い方からするとナツの気持ちに整理がついていないんじゃないかと思ってさ」
「そうなの?」
友紀はさすが麗華だと思った。菜摘の気持ちが揺らいでいることをもう知っている。
「どうしてよ。なんでそうなるわけ?」
菜摘が麗華に反論した。
「それじゃ聞くけどね。あんた、土曜日の午後はどうしてた?」
「それは高木君の家に・・・・・・」
「行ったよな。それは知ってる。問題は何時に出てきたかってことだ」
「それは・・・・・・・」
菜摘は言葉に詰まった。聞かれたくないことだった。
「ほら、言いな。何時だった?」
菜摘はどうしようもないと思った。ここで黙っていても何も解決しない。
「・・・・2時過ぎ・・・・」
「そうだろ?3時頃にあんたを見た子がいるからね。そうだと思った」
「ねぇ、それってどう言うことよ」
横で聞いていた友紀が割って入った。
「友紀はしばらく聞いてな。だんだん分かってくるから」
そう言って麗華は友紀を黙らせた。
「2時過ぎってことは、してないね?」
「それは・・・・・・。だって毎回ってことは・・・・・」
「そうかな?それじゃ聞くけど、あんたが好きだったおじさまとの時はどうだった?何にもしないで直ぐに帰ってきた事なんてあった?」
「・・・・だってあれはパパが・・・・」
「パパが上手にリードしてくれたからってか?もちろんそうだろうよ。でもあんた自身だって夢中だったんだろ?あんたの性格からすれば、夜まで一緒に居たって全然不思議じゃ無い。・・だろ?」
菜摘はそれ以上何も言えずに黙り込んでしまった。
「アタシはね、あんたが彼と上手くいってるかどうかってことが心配なんじゃ無いんだ。上手く行かないことだってあるだろうよ。それは良いよ」
「でもね、どうもナツの性格からして、おじさまに戻りたがってるんじゃないかって思うんだ。それは問題だろ?だって、もう友紀がナツのOKを貰って恋人になってるんだから」
そう言われてしまっては言い訳もできない。菜摘はだんだん逃げ場が無くなってきた感じを受けながらも、友紀が神戸でどうなったのか確かめたくなった。そこで菜摘が友紀に聞いた。
「ねぇ、どうなの?結局行ったの?」
「結局って・・・もちろん。最高だったよ。あ、これ、お土産」
そう言うと友紀は鞄から小さなマスコットを取り出した。異人館を歩いていた時に買ったものだ。
「あ、ありがとう・・・・」
「私の方は全然問題なし。とっても楽しかったよ。ポートタワーにも上がったし」
「いいこともしてきたし、だろ?」
麗華が突っ込みを入れると、友紀は余裕で、
「それはご想像にお任せするわ」
と言った。
菜摘はそれを聞いて、晃一が遠くに行ってしまったと実感したが、落ち込んでばかりもいられない。そこでカードを切った。
「まぁ、そんなとこでしょうよ。それよりも麗華、私の目撃情報、誰から聞いたの?」
「それは内緒さ。いつもの通りね」
麗華は澄まして答えた。
「それは分かるけど、良いの?それで」
友紀は菜摘が不思議なことを言うと思った。麗華の情報網が緻密なのは誰でも知っていることだ。今さら何を、と思った。しかし、そこで初めて麗華の表情に動揺が走った。
「それでって、どう言うことよ」
「私たちを心配してくれるのは嬉しいけど、上手くいってないんでしょ?それでも良いの?」
「あんた・・・・それをどこで・・・・・」
「私たちに気を遣ってくれるのは嬉しいの。私だって麗華に甘えてるところ、あるから。でも、それが麗華の負担になってるんじゃ無いかって思ってさ」
「そんなこと無いさ。気にしなくて良いよ」
麗華の目が泳いでいる。友紀は不思議な気がした。何となく麗華の落ち着きが無い。
「私とパパのことを心配してくれるのは嬉しいけど、大丈夫だから。友紀と上手くやってくから」
「それならいいけど・・・・・」
「私だって自分のしたことくらい分かってる。無理に時計を戻そうとしたりなんかしないから」
「・・・・・・・・」
友紀はそれを聞いていて、何か麗華と菜摘の間で別のことが話されているような気がしていた。自分の知らないことを二人が知っているような感じだ。
「菜摘、それってどう言うことよ」
「大丈夫、後で話すから」
「あんた、それを・・・・・」
「単なる世間話よ。ウワサ。気にしないで」
「分かったよ。二人でちゃんと話しな」
そう言うと麗華は去って行った。友紀には何がどうなっているのか全然見えなかった。確かに最初は麗華が菜摘を問い詰めていたはずなのに、いつの間にか麗華が問い詰められると、慌てて去って行ってしまったのだ。
「ねぇ、どう言うことなのよ?何がどうなってるの?」
「友紀は出かけてたから分からないのは当然。私だって土曜日に知ったんだから」
「だから何が?」
「麗華ね、上手くいってないらしいの」
「だからそれがなんなのよ。私たちとどう言う関係があるの?」
「あのね、麗華の情報網は、彼なのよ」
「彼?情報網?1年の・・・・あ!」
「分かった?そう言うことよ」
「そうか、だから幅広く・・・」
麗華の彼とは一つ下なのだが、1年から生徒会の役員に入っており、友達の多い1年生のまとめ役といっても良い。顔が広いのはもちろん、同級生からの信頼はとても厚く、いつも彼の周りには男子が輪を作っているのだ。
「そう、彼が麗華の情報網だったの」
「そうか、だから見られてる感じがしないのに麗華が知ってたんだ」
友紀は自分が見られてるという感じがしなかったのに、いつも麗華に情報が集まるのを不思議に思っていたのだが、初めて謎が解けた。
「そう、私たち、いつも女子の視線ばっかり気にしてたでしょ。それじゃ分からなかったのは当然なの」
「でも、あんたそれをどうして?」
「高木君よ」
「そうなんだ・・・・・・・・」
「でも、そろそろダメだけどね・・・・・」
「やっぱり上手くいかないの?」
「うん、ちょっと違っちゃったな・・・・・」
菜摘は寂しそうに笑った。
「それで、どうするのよ」
「うん、ちょっと考えてるんだ。友紀も協力して」
「おじさまを借せとかって話?それなら・・」
「私よりも、麗華ね・・・」
「麗華がどうして出てくるの?」
「うん、あ、時間だから放課後話そう。今日、良い?」
「うん、それじゃ、あとでね」
菜摘はそう言うとクラスへ戻っていった。友紀は何か変な感じがしたが、次の授業の時間が迫っていたので取り敢えず戻ることにした。ただ、何か菜摘が企んでいるような気はした。
そして放課後、友紀は菜摘と合流すると、いつもの店に向かって歩き始めた。
「ねぇ、麗華がどうしたって?」
「うん、最近私たちにいろいろあったでしょ?それで麗華が彼の情報網を使っていろ色調べてたらしいの」
「それはそうだよ。いつどこにいたとか、すっごく詳しく知ってたもん」
「それでね、麗華がたくさん調べたのが彼に負担になってたらしくて、最近二人が上手くいってないらしいんだ」