第89部

 

 「どういうこと?」
「麗華があんまりいろいろ調べて欲しいって頼むもんだから、彼が友達にあちこち聞いたらしいんだけど、それで友達とかに使いっ走りとか言われちゃったらしくて、彼が怒ってるらしいの」
「ははぁん、そうかも知れないね。あり得るよ、それは」
「だけど麗華にとってはグループのことだから大切でしょ?それでもっと調べて欲しいって頼んだもんだから、いい加減にしろって言われて、それから上手くいかなくなったらしいだな。どう思う?」
「どう思うって言われても・・・・、麗華の問題よね。こっちが頼んだわけじゃないし・・・」
「それはそうだけどね。でも、私たちが原因なのは間違いないらしいよ」
「麗華がやり過ぎたって事はあるかも知れないけど、確かに私たちが原因を作ってるって事はあるわね。それで、どうなの?麗華は別れるの?」
「それが、麗華は別れたくないらしいんだ。麗華からデートに誘ったりしてるみたい」
「ふうん、菜摘、良くそこまで調べたね」
「へへへ、私の情報網もたいしたもんでしょ?」
「高木から聞いたの?」
「そう、高木の妹が1年にいるんだって。その子の彼が生徒会にいるらしいよ。それで、その子の彼が相談に乗ってるんだって」
「そう言うことか」
「そう、ぐるぐるっと回ってこっちに情報が戻ってきてるわけ、面白いよね。元は私たちのことなのに」
「でもさぁ、それと今私たちがここにいるのと、どう言う関係があるの?」
「何か麗華に悪いことしたような気がしてさぁ」
「私たちが?どうしてよ。あっちこっち調べて自分の彼と気まずくしたのは麗華でしょ?」
「それはそうだけど、麗華を心配させたのは私たちでしょ?」
「まぁ、そうかなぁ、私はちょっと違うと思うけど・・・・、で?」
「こういうときはパパに相談するのが一番だと思ってさ。それで誘ったの」
「ええっ?おじさまに相談するの?嫌よ」
友紀は突然晃一の話が出てきたので驚いた。麗華が晃一に近づけば何が起こるか分からない。そんなことは無いとは思うが、麗華が晃一の魅力に気付いてしまったら麗華のことだからまっしぐらに突っ走るだろう。それだけは避けなければと思った。
「私ね、こういうことはパパに相談するのが一番良いんじゃ無いかと思うの」
友紀は菜摘が更に押してきたのでちょっとびっくりした。菜摘は普段、無理に自分の意見を通そうとするような子では無いのだ。どちらかというと上手に意見を調整する方だ。それなのにここまで意見を通そうとすると言うことは・・・。
「もしかして、あんた麗華とおじさまをくっつけたいの?」
「ううん、そんなことじゃ無くて、自分でどうしようも無いことはパパみたいな人に相談してみるのが一番良いんじゃ無いかって思ったの」
『嘘だ』と友紀は直感した。今は晃一は友紀の彼と言うことになっているが、麗華とくっついてしまったら自分の立ち位置がぐらついてしまう。下手をすれば元カノになってしまう可能性だってある。そうなれば晃一は菜摘、友紀、麗華の3人と関係を持ったことになり、自分は大勢の中の一人に成り下がってしまう。
「そんなこと、私がOKするとでも・・・」
友紀は言いかけて菜摘のおっきな目がじっと自分を見つめていることに気がついた。何かを訴えかけるような目だ。『もしかしてあのことを・・・・』友紀ははっと気がついた。友紀には菜摘に対して負い目がある。絶対秘密の筈のグループ内での菜摘の告白を結佳に漏らしたことだ。今の菜摘の目は『あんた、結佳に私のこと、チクったわよね』と言っているような気がしたのだ。その時の貸しを返せと言うことなのだろうか?
「菜摘、もしかして私が結佳にチクったことを・・・」
「何言ってんの、少しだけパパを貸してあげて欲しいってお願いしてるの」
友紀は心底、『まずった』と思った。こんなところで菜摘に負い目を追っているとは・・・・。これ以上言い合っても、最終的に菜摘が結佳のことを切り出してくれば返す言葉が無い。貸し借りはきっちりとしておくのがグループの鉄則だ。友紀は急に菜摘のお願いを跳ね返せなくなった。
「菜摘、あんたに貸しがあるからそんなことを・・・」
「違うってば、そうじゃなくて、麗華に少しの間だけパパを貸してあげて欲しいのよ、いいでしょ?別に相談だけなんだから、何が起こるわけじゃないんだから」
『当たり前だ』と思った。そうそう何かが起こられては堪ったものでは無い。友紀は仕方なく同意した。
「分かったわよ。良いわ」
「わ、ありがとう」
「その代わり、これで貸し借り無しよ」
「だからそんなことどうでも、でも良いわ、それで」
友紀はと心の中でほぞを噛んだ。菜摘になんて貸しを作るんじゃ無かったと後悔した。
「それなら、どうするの?麗華とおじさまを合わせるつもりなの?」
「うん、実はパパと麗華を呼んであるんだ。もうすぐ来るから」
『ほらやっぱり』と友紀は思ったが、もうどうしようも無い。それなら、晃一が来る前に麗華に念を押しておこうと思ったが、先に現れたのは晃一の方だった。
「どうしたの?友達のことで二人が相談したいって?」
突然呼び出された晃一にしてみれば、菜摘と友紀がそろって呼び出すという状況が理解できないようだった。
「パパ、ごめんなさい。お仕事は大丈夫だった?」
「うん、ちょっと早めに会社を出たから今日は後は帰るだけだけど」
「あのね、私たちのグループのリーダーのことで相談に乗って欲しくて」
「リーダー?」
「うん、その子、麗華って言うんだけどね・・・・」
菜摘はグループのことを晃一に話し始めた。菜摘にしてみれば、久しぶりに晃一と話ができるので、友紀が隣にいるとは言ってもやっぱり何となく楽しい。
「ふうん、それでその麗華ちゃんて言う子は、どんな子なの?」
「可愛いって言うか、綺麗な子よ。パパ、麗華に迫っちゃダメよ。もっとも、年下の彼にしか興味が無いみたいだけど。とってもしっかりした子で、私たちよりずっと大人なの。グループの中での統率って言うのかな、決まりとかはとってもしっかりしてるから」
「そうなんだ。でも、それだと何となくイメージが合わないけど・・・」
「合わないって?」
「そんなにしっかりした子なら、自分の事なんて相談なんかしないんじゃ無いの?」
「それがそうでも無いんだな。麗華に聞いてみたら、おじさまにだけ話すんなら良いって言ってたから。やっぱり女の子なのよ」
「え?ってことは、菜摘ちゃんと友紀ちゃんは・・・???」
「麗華を紹介したら席を外すからね。ちゃんと話を聞いてあげてね」
「・・・うん・・・・やってはみるけど・・・・・・」
晃一にしてみれば、突然知らない子の相談に乗れと言われても困ってしまう。それに、先程から友紀が何も言わないのも気になった。隣にいるくらいだから麗華の相談に乗ること自体は納得しているのだろうが、何となくきな臭い。
「友紀ちゃん、友紀ちゃんはどう思うの?」
晃一は友紀の気持ちを確かめておくことにした。何と言っても一緒に神戸にまで出かけてくれたのは友紀なのだ。
「うん・・・・・まぁ・・・・相談に乗ってあげて欲しいの・・・・」
何となくどうしようも無いという雰囲気だが、友紀までそう言うのなら晃一には断る理由は無い。
「分かったよ。取り敢えずできることはしてみる。どれだけ役に立てるか分からないけどね」
「うわ、パパ、ありがとう」
菜摘はにっこりと笑った。思わずその笑顔は本当に可愛らしいと思った。それから晃一が更に麗華について話を聞いていると、本人が現れた。何となく、いつもの麗華とは違って自信の無い、怯えているような雰囲気だ。
「麗華、紹介するね。これがパパ、三谷晃一さん」
「はじめまして」
晃一は軽く会釈した。
「こんにちは・・・・」
麗華は重そうに口を開いて挨拶した。
「菜摘ちゃんから聞いたんだけど、相談に乗って欲しいって?良いの?俺なんかで?」
「・・・・うん・・・・・いいの・・・・・」
「麗華、私たちはこれで消えるからね。それと、パパに何を話してもパパは秘密は守ってくれるから。パパ、私たちには絶対内緒にしてね」
「それはそうだよね。分かってる」
「それじゃ麗華、取り敢えず話してみてね。ここから先、私たちはノータッチだから。それじゃ、行くね」
そう言うと菜摘は友紀を誘って店を出て行った。
店を出た後、駅までの道を歩きながら菜摘に友紀が聞いてきた。
「ねぇ、麗華になんて話したの?あの麗華が自分と彼のことで直ぐにOKするなんて思えないんだけど」
「それがね、すんなりOKしたのよ。どうしてか私にもわかんないんだけど」
「ふうん、何か信じらんない」
「そうよね、私だってちょっとびっくりしたもん。よく分かんないけど、とにかくちょっと違う方向から考えてみたかったんじゃ無いの?」
「そうねぇ、ま、麗華なら何考えても不思議じゃ無いけど」
二人はそんなことを話しながら駅へと向かっていった。
一方二人に取り残される形になった晃一は、麗華を目の前にして何から話して良いのか迷っていた。思っていたより小柄で、身長は菜摘と友紀の間くらいだが、確かに美人系ではある。肩の下まで伸びた髪の綺麗などちらかというと日本美人という感じだ。
「あの・・・麗華ちゃんて呼んで良いかな?」
「良いわよ。そっちが年上なんだから」
「そうか、恋愛のことで何か相談があるみたいだけど、いきなりだとお互いに話し難いだろうから、普通のことから話して良いかな?」
「普通のことって?」
「麗華ちゃんはグループのリーダーだって聞いたけど、いつ頃から菜摘ちゃんや友紀ちゃんと一緒なの?」
「入学してちょっとだから1年前くらいかな。そうか、1年になるんだ・・・パーティーやらなきゃ」
「そうか、1周年記念パーティー?」
「そう。発起人を中心に」
「発起人?最初は何人だったの?」
「そうね・・・・4人。私と菜摘と圭子と瑞恵」
「友紀ちゃんはいつから?」
「友紀はナツが連れてきたの。夏休みの後だからまだ1年経ってないわね」
「そうか、友紀ちゃんは菜摘ちゃんが連れてきたんだ。だから仲が良いんだね」
「そう、おじさまから見ると不思議でしょ?普通なら取り合いになるのに」
「そうだね。何か、ごく自然に仲良しだからね。相手が移ったのに」
「ねぇ、おじさまからしたらどう思った?」
「え?どうって?」
「ナツがおじさまを突然振ってさ」
「そりゃびっくりしたさ。だって、そんなそぶり全然見せなかったんだから」
「やっぱりいきなりだったんだ」
「そう。菜摘ちゃんと知り合ったのが偶然だったから、急に関係が進展したと思ったら突然消えちゃったからね」
「そこに友紀が来たの?」
「そう、最初は親身になって相談に乗ってくれてたんだ。菜摘ちゃんにもちゃんとメール送るようにって行ってくれたみたいだし」
「それで好きになったの?」
「そうだね・・・・。ちょっと節操ないかなって思ったけどね。それに、ちょっとショックだったし、友紀ちゃんだって最初は何にも期待しないでって言ってたし」
「友紀が?そう言ったの?」
「そう、私は菜摘みたいに簡単に落ちないから期待しても無駄だって」
「まぁ、友紀らしいと言えばそうだけどね・・・・」
「どっちのタイプが好み?」
「同じ年だけど、全然違うんだよね」
「そうね、ナツは長身だし大人しい感じかな、友紀は可愛くて小柄だものね。で、どっちなの?」
「突っ込むね。それは秘密だよ」
「って言うことは、友紀じゃ無いってことかな。だって、今付き合ってる友紀だったら何にも躊躇う理由なんて無いもの」
「そう言われると困っちゃうけど・・・・、菜摘ちゃんは離れていったと思ったけど、そうじゃ無いみたいだし・・・」
「未練てやつか・・・・」
「そうかもね・・・・俺がこんなこと話して、期待してるみたいでみっともないかな」
「まぁ、二人とも仲良くしてるんだから、それを壊したりしないでね」
「それはもちろんだよ。って言うより、俺は二人が決めたままを受け入れてるだけだけど」
「そうよね、その辺りがおじさまらしいって言うか、大人って感じ」
「それで麗華ちゃん自身についてはどうなの?何か話したいことがあるのかな?」
「うん、あるって言えばあるけど、それはおじさまに話しても仕方ないと思うし・・・それにここじゃぁ・・・」
麗華が相談に乗って欲しがっていると菜摘が言ったのでここに来た晃一にとっては少し意外な答えだった。
「そうなんだ。俺と話したいんじゃ無いんだ」
「ナツがそう言ったんでしょ?」
「うん、そうだけど・・」
「ナツの考えは分かってる。私とおじさまをくっつけたがってるの、ミエミエだもの」
「俺と麗華ちゃんを?どうして?」
「それはおじさまが気にしなくても良いのよ」
「でも、それが分かってて麗華ちゃんはここに来たわけ?」
「まあね。おじさまに会ってみたいって言うのもあったから」
どうやら麗華がここに来たのは晃一を見たいという単純な理由だったようだ。晃一は何を相談されるかと少し構えていたのだが、拍子抜けしたような気がした。
「でもね、おじさまと少しこうやって話していて、少し気が晴れてきたのも本当。だから会って良かったって思う」
「それならいいけど・・・・・」
「ねぇ、おじさまのメアド聞いても良い?」
「良いけど、メールくれるの?」
「うん、ちょっとね・・・・」
「友紀ちゃんや菜摘ちゃんのことで?」
「まさか、私からどうこうしようとは思わないわよ。私はあくまで私、おじさまとちょっとメールしたいなって思っただけ」
「もちろん良いけど・・・・」
「あのね、ナツから何を聞いたか知らないけど、私だって普通の女の子よ。自分のことをべらべら話せるほど心臓は強くないんだから」
「うん、わかったよ」
そう言うと二人はプロフィールを赤外線で交換した。
「どうする?せっかくだから夕食でも食べていく?」
「そうねぇ、どうしようかな・・・・。ううん、やっぱり食事は止めとく。誘ってくれて嬉しいけど、ちょっと理由があってね。でも、ここじゃ無ければもう少しだけ話しても良い?」
「うん、わかったよ」
「でも、私から食事をお願いしたら誘ってくれる?」
「もちろん」
「友紀と菜摘の公認だものね」
そう言うと麗華は笑った。菜摘から話を聞いたときは、リーダーというイメージから大人っぽい少女を想像していたが、目の前にいる麗華は友紀よりも少し背が高いだけの普通の少女だ。確かに少し大人っぽいが、どちらかというと可愛いという印象の方が強い。菜摘と同じか、それよりも更に細いような感じだった。
「おじさま、私のメール、長いよ。それでも良い?」
「もちろん。俺だって長いメール書くから。だからほら、キーボードだって持ってるんだ」
そう言うと晃一はブルートゥースで携帯に繋がる折り畳みのキーボードを見せた。
「スマホじゃ無いの?携帯でキーボードなんて」
「まぁ、いろいろあって今はこれだけどね。追々話すよ。それより、場所を変えたいんだろ?」
「そうなの。ちょっと待って、今場所をメールするから」
そう言うと麗華は携帯を開き、ネットでちょっと調べて何かを送ったらしかった。
「おじさま、それじゃ私、先に出るね。ちょっと寄っていくから。先に行って待ってて」
そう言うと麗華は席を立って店を出て行った。