第9部

 

「パパ、どれくらいで着くの?」

「ほら、ナビの画面を見てごらん。後17分かな」

「そんなに短いんだ。信じられない」

「そうだね。電車を乗り継いでいくとなるとかなり時間かかるもんね。ただ、駐車場まではそれくらいの時間で着くかもしれないけど、そこから入り口までどれくらいかかるかはわからないよ。あそこの駐車場はとっても広いからね」

「そうなんだ・・・・」

「駐車場から入り口までかかる時間と、舞浜駅に着いてからモノレールに乗ってディズニーシーの入り口までの時間は同じくらいと思った方がいいんじゃないかな?」

「パパは行ったことあるの?」

「ううん、無いよ。でも、地図で見てるからね。駐車場の入り口の場所も知ってるし」

「それじゃ、パパは初めてなの?」

「うん、そうなんだ」

「私は2回目」

「それじゃ、菜摘ちゃんに教えてもらわないとね」

「私もそんなに詳しい訳じゃないけど・・・・・」

「調べ物は受験生だから得意なんだろ?」

「それはそうだけど・・・・、Webで見るのと実際じゃ全然違うもの」

「今日はどこに行きたいと思ったの?」

「ディズニーシーの中で?」

「そう」

「あのね、前回行けなかったところなんだけど、オーバーザウェイブを見てみたいの」

「アトラクション?絶叫系?」

「違うよ。ミュージカルショーなの。前回は並んでたら見損ねちゃったから」

「そうなんだ。今日は大丈夫かな?」

「人気のアトラクションじゃないから、たぶん大丈夫だと思うの」

「何か買いたいものはある?」

「うん、友達が欲しがってるものがあって、それを買えればなって思って」

「菜摘ちゃん自身には何か無いの?」

「うん、それを買ってから考える」

「偉いね。友達の方をまず優先するなんて」

「うん、世話になってる友達だから。それに、こんなチャンスなかなか無いし」

「そうか、これからはいつでも声をかけてくれれば連れて行ってあげるよ」

「パパ、よろしくね」

「任せておいて。でも、家族の人とか心配しない?何も言わないで急にディズニーとか行ったりして」

「まさか、そこまで過保護じゃないわよ。うちは」

「それなら良いけど」

「大丈夫。任せておいて。うまくやるから」

「なんか、悪いことしてるみたいだなぁ」

「どうして?デートでディスニーに行ったら悪いこと?」

「そんなことないけど・・・・・」

「ねぇパパ、そんなこと気にしだしたら何にもできないわよ?」

「それはそうだけど・・・・・」

「優しいパパと遊びに行くんだもの。全然問題ないでしょ?」

そう言われて晃一は、何か釈然としないものを感じていたが言っていることは菜摘の方が筋が通っているような気がしたので、頷くしかなかった。

「ねぇ、パパはどこに行きたいの?」

「そうだなぁ、特にはないんだけど・・・・・」

「ど?」

「タワーオブテラーとか?」

「それ、絶対無理。今からじゃ絶対」

「だよね」

「他にはないの?」

「インディージョーンズかな?」

「それ、絶対見た方が良いよ。おもしろいよ」

「アメリカのディズニーワールドで一度見たんだけどね」

「なあんだ。それじゃ、アメリカと一緒なの?」

「それを確かめてみるのも良いかなって思ってさ」

「そうね、それもいいかも。でも、アメリカにもディズニーがあるんだ」

「そりゃそうだよ。本家だからね」

「そう言えばテレビで見たかも?カリフォルニアだっけ?」

「あれはディズニーランド。俺が行ったのはフロリダのディズニーワールド」

「それって違うの?」

「ウォルトディズニーが最初に作ったのがディズニーランドで、その次に作ったのがディズニーワールドなんだ」

「二つあるんだ」

「そう、ランドに比べるとワールドの方がずっと広いんだ」

「そうなんだ」

「カリフォルニアのディズニーランドは東京ディズニーランドより小さいんだ。行ってみるとわかるけど、全体的にはよく似てるけど、日本のよりだいぶ狭くて通路で人の行き違いができなくて渋滞が起こったりするからね」

「ディズニーシーは?アメリカにはないの?」

「それは日本だけだね」

「すっごい。ここだけなんだ」

車は首都高速を降り、ディズニーのエリアに入ってきた。しかし、ディズニーシーに行くには大きく迂回して行かなければならないので、一般道に降りてから十分以上かかる。

「そう、アトラクションなんかはアメリカに同じものがあるものもあるけど、テーマパークとしては日本だけだよ」

「そうなんだ。すごいんだね、日本のは」

「そうだね。毎年たくさんの人が来るからできることなんだろうね」

「それじゃ、アメリカにあって日本にないものってあるの?」

「もちろんあるよ。テストトラックとかね。でも、日本にしかないものもあるし、ディズニーファンなら向こうの方にも行ってみるくらいの気合いが欲しいね」

「でも、アメリカだから英語でしょ?」

「そりゃ、日本のは日本語でやってるんだから、アメリカのは英語だけど、ディズニーはあんまり言葉は関係なく楽しめるようになってるから、あんまり気にしなくて良いんじゃないかな?もちろん、英語が上手ならもっと楽しめるけどね」

「あーあ、英語を勉強したらディズニーに行けるなら、一生懸命やるんだけどなぁ」

「まずやってからだね」

「パパ、先生みたいなこと言わないでよ」

「ははは、ごめんごめん」

「それで、パパが行きたいところはインディジョーンズなのね」

「うん、時間があったらね」

「ねぇ、どれくらいいられるの?夕食にも行くんでしょ?」

「う〜ん、夕食が6時半だから・・・・・出るのは5時過ぎかな?」

「そんなに遠いの?」

「夕方は混むからね。車の最大の欠点だよ、渋滞は」

「そうかぁ、行くのは早くても、帰るのが遅いんじゃね」

「まぁ、いつもとは別の気分で楽しめるってことで納得してよ」

「もちろん。車に乗って出かけることなんて無いから慣れないだけよ」

「よかった」

そんな話をしていると、車は運良くディズニーシーのすぐ近くの駐車場に入ることができた。午後2時を回ったので空きが出始めたのだ。遠くの駐車場から歩いて来なければ行けないことを考えるとかなりラッキーと言える。

ゲートを入ると、やはりディズニーらしい世界が広がっており、二人の気持ちは一気に盛り上がった。

「菜摘ちゃんが見たいって言うやつは何時から?」

「えーと、オーバーザウェイブは3時40分ね。場所は・・・・・あ、ちょっと離れてる」

「それじゃ、ゆっくりと見ながら向かおうか?時間は大丈夫?」

「うん、まだ時間はあるよ」

そう言って二人は独特の世界観の町並みの中を歩き始めた。晃一は今度も菜摘が腕を組んでくるかと思ったが、菜摘はそれどころではなく、キョロキョロと周りを見渡している。

「菜摘ちゃん、落ち着いて楽しんだ方が良くない?」

「うん、でもせっかく来たと思うと身体の方が動いちゃって・・・・・、ごめんね」

そう言うと菜摘は晃一の腕に掴まってきた。

「今日はデートだもんね」

「うん、そうだね」

「重い?重かったら離れるけど」

「そんな言い方しなくても良いよ。菜摘ちゃんが楽しみたいようにすれば良いんだけど、落ち着いてゆっくりと歩くのも楽しいから・・・」

「ううん、なんか女の子同士で来たみたいな気持ちになってたの。デートだって言ったのは私なのに」

「だけどさ、デートだって今日は何回も言ってるけど、本当のデートだったらそんなこと言わないんじゃない?」

「そうか・・・・・・・・」

そこで初めて菜摘はちょっと落ち込んだ。確かにそう言われればその通りだ。

「私自身がそう思ってなかったのかな。・・・やっぱりだめなのかな・・・・、パパとデートなんて」

菜摘は歩くのを止めるとポツンと立ち止まってしまった。がっかりしたように下を向く。

「菜摘ちゃん、どうしたの?元気ないよ」

「うん・・・ちょっと考えちゃった」

「どうしたの?」

「ちょっとね、なんか、今日ここにいるのが悲しくなっちゃって・・・・」

「どうして?菜摘ちゃんが行きたいって言ったのに・・??」

「そうだけど、デートデートって言ってないと続かないなんて悲しくて・・・・」

晃一は優しく菜摘の肩に手を置くと、優しく言った。

「言い方が悪かったみたいだね。菜摘ちゃんを困らせたくて言った訳じゃないんだ」

「そんなことはわかってるの。でも、せっかくがんばって時間作ってきたのに」

「どれくらいがんばったの?」

「毎日2時くらいまで」

「すごいね。よく頑張ったね」

「それなのに・・・・・・・・・」

菜摘は緊張が切れたのか、目に涙を浮かべて下を向いた。晃一がそっと菜摘を引き寄せると、そのまま静かに晃一の胸におでこをくっつけて来た。優しく背中を撫でてやると安心したように身体を預けてきた。

しかし、ここは往来のど真ん中で、目立つことこの上ない。行き交う人たちが全員晃一たちを見ていくような気がした。

「ねぇ、菜摘ちゃん?」

「・・・・うん・・・・」

「俺も謝らなきゃいけないかも?」

「どうして?」

「だって、まるでデートだって言うのを菜摘ちゃん一人が決めたようなこと言ったけど、俺だって一緒になって楽しんでるんだからね」

「でも言ったのは私」

「俺は女の子とのデートなんて慣れないから、ごめんね」

「私だって慣れてない。久しぶりなんだから」

「それじゃ、デートに慣れてないのと久しぶりの二人だから、デートって言わないと上手くいかないのかもしれないね」

「無理に責任を引き受けなくたって良いよ。言い出したのは私なんだから」

「菜摘ちゃんは言い出しただけ。後は二人でしたことだろ?」

「そうだけど・・・・、なんか丸め込まれようとしている・・・・」

「そんなこと無いって」

「でもパパ、落ち着きがないもの」

「そりゃ、周りからじろじろ見られてれば、まるで俺が泣かしたみたいだし」

「パパが泣かした・・・・・・、私を泣かした・・・・・」

「そ、そんなこと言わないでよ」

「それは事実。間違いない。違うの?」

「確かに俺が言ったことが原因かもしれないけど」

「それが事実なの。パパは高校生の女の子をディズニーで泣かしたの」

「もう、菜摘ちゃん、泣き終わったんなら許してよ」

「だめ、許さない」

そう言うと菜摘は晃一の首に手を回してぎゅっと抱きついてきた。

「パパ、許さない。許してあげないっ」

「何だ、機嫌直ってたんだ」

「パパ、大好きよ」

そう言うと菜摘は晃一のほっぺたにチュッとキスをして離れた。

「あー、なんかすっきりした」

そう言うと菜摘はのんびりとした様子でゆっくりと晃一と歩き始めた。さりげなく晃一の手に腕を絡めてくる。その仕草があまりにも自然で可愛らしかったので、晃一の心は菜摘に魅了されてしまった。それまではぎこちなかった二人の関係が今ではしっくりと馴染んでいる。晃一は菜摘の存在が急に身近になったことで改めて菜摘を意識し始めた。

それは菜摘にとっても同じだった。自分が泣いても笑ってもそれを受け止めてくれる存在は今までいなかった。家族、特に母に対しては極力わがままを言わないようにしていたので、自分をさらけ出せる相手というのが今までいなかった。しかし、晃一に対してだけは自分を出せるような気がする。それは菜摘の感だったが、菜摘は絶対間違っていないと確信していた。