第91部

 

 ただ、二人の話では上手く言っても、麗華が彼とした話は別れ話になったらしいという事実は変わらない。麗華は帰宅すると、直ぐにその事実に直面した。少しドキドキしながら携帯を見たが、今まで欠かさず来ていた彼からのメールが来ていなかったのだ。それが彼からの別れを告げる無言の知らせだと分かると、一気に心が沈んだ。最近はまるで義務のようになっていたが、グループのメンバーの動向をあんなに細かく要求したのが間違いだったのだとつくづく思った。
確かに、最近の彼からのメールは報告ばかりで彼自身の気持ちはほとんど書いてなかった。だから返信も誰々に聞いて欲しい、誰の彼女ならあんなことを知っているはず、等細々と連絡すると、彼は丁寧にいろいろ調べて必ず返事をくれた。彼は最近友達から情報を集めるのを嫌がっていたのに、お願いすれば必ず調べてくれることに甘えていたのだ・・・・。その向こうで彼がどれだけ苦労しているのか、に気付いていながら知らん顔をし、その分、自分が服を脱ぐことで目をつぶっていた。
部屋でぽつんとしてみれば、自分のしたことを後悔したくなってくる。『でも、せめて一言くらい、何でも良いからメールくれたって・・・』と思ったが、今さら言ってみても仕方が無い。麗華としては、土曜日に彼に求められるだけ身体を許していればそれでグループが上手く行く、私はグループのためにがんばっている、と思っていただけに直面した事実はショックだった。改めて、どれだけ彼が嫌がっていたのかが分かってきた。
『こんなことならさっき別れる時に、これからも何でも良いからメールくらいちょうだいって言えば良かった・・・・・って無理な話か・・・仕方ない。おじさまに協力して貰うか』麗華はそう思い直すと、晃一にメールを送った。
『何か、部屋に一人でいるとやっぱりかなり気持ち的に来ちゃうみたいで、どうしても彼に連絡したくなるけど、連絡したらやっぱりまずいよね。向こうからはメール、送ってこないんだから。でも、それって未練じゃ無いよね?単に環境が変わったからでしょ?』
すると、晃一から直ぐに返事が来た。
『気持ちは理屈じゃ無いから、誰だって別れれば寂しくなるもの。それは受け入れないとね。悲しい時はしっかりと悲しまないと先に進めないから。でも、辛くても一度しっかり悲しまないと前に進めないのも事実。これから本当に別れるのか、また元に戻るのか、それは今は分からないけどね。でも、さっきも言ったけど、いずれにせよ今をしっかりと認めたことは大切だよ。今日は麗華ちゃん、がんばったじゃ無いの。それは自分を褒めてあげないとね。偉いよ。良く自分から連絡してちゃんと話したね。辛かったろう?それでも今をしっかり見つめた気持ちは彼にだって伝わってるからね』
普通に読むと何でも無いメールのようだが、今の麗華には思わず目頭が熱くなるようなメールだった。直ぐに麗華はもう一通メールを送った。
『ねぇ、おじさまにもこんな経験、あるの?教えて?』
すると、
『もちろんあるよ。でも、俺の場合はもっとだらしなくて、話をした後に最後に元気でねって言ってから電話を切れなくてね。切ったらもう声を聞くことも無いって分かってたから。だから何度も何度も元気でって言うもんだから、最後に女の子に退屈されて電話を切られちゃった。みっともないよね。電話を切った後、ぼうっとして死んじゃおうかって思ったよ。本当に心の底から好きだったからね』と言うメールが来た。
麗華はそのメールを読んで、『私ってそこまで好きだったのかな???』と思い返してみた。今寂しいのは事実だが、だからどうこうと言うほどではないし、目の前が真っ暗になるなんてことも無い。『ふんふん、てことは、たぶん普通の失恋なのね』そう思うと少し気が楽になった。
翌日、麗華は友紀の所に行った。
「今回は世話になったね」
「え?なんのこと?」
「私のことでおじさままで借りちゃってさ」
「貸した覚えなんて無いわよ。まさか、乗り換えようなんて言うんじゃないでしょうね。それは絶対ダメよ」
友紀に念を押されると、麗華は心の中に何かが引っかかるような気がした。
「分かってるって」
そう言いながらも、何か気持ちがもやもやする。
「それで、相談とやらは解決したの?」
「うん、どうやら何とかなりそうなんだ。もう少し、だな」
「良かったじゃ無いの。ちゃんと話したのね」
友紀は麗華の言い方から、麗華がよりを戻したと思ったらしい。ほっとした感じがありありと窺える。
「でも、もう少しだけ相談に乗って貰って良い?主にメールなんだけどね」
「良いよ。それは全然問題無いから」
「あと1回くらいは会うかも知れないけど」
「いいよ。それくらい」
「ありがと。あ、でも土曜はダメよ。私が会うつもりだから」
「あいよ、サンキュー」
麗華は後ろ姿で手を振りながら去って行った。そう言うわけで友紀の許可は貰ったものの、麗華としてはなんとなくすっきりとしない。元々晃一は友紀の彼なのだから、友紀の了解が必要なのは理屈としては理解できるのだが、そう言う理屈の世界では無いような気がするのだ。『これって、アタシ、もしかしておじさまのこと、気になってる?おじさまに会いたがってる?』自分で自分に問いかけてみるが、何となく嫌な気がした。そして、学校から晃一にメールした。それが楽しいことが少し後ろめたい気がしたが、友紀の許可も取ってあるし、問題は無いはずだと思った。
『おじさま、昨日はありがとう。おかげで少し楽になりました。でも、まだ気持ちの整理がつかないところがあるかな?もう一回会ってくれますか?日曜日の午後に・・・』すると、夕方になって晃一から連絡が来た。『日曜日?分かったよ。それじゃ、この前の最後の喫茶店で午後1時でどうかな?だいぶ気持ちは落ち着いてきたみたいだね。良かった。麗華ちゃんはしっかりしてるね。俺なんかよりよっぽど大人なのかも知れないね。話ができるのを楽しみにしているよ。無理に報告なんかしなくても良いからね』
麗華は『分かりました。楽しみにしてます』と返事を打っておいて、ほっと一息ついた。別れたままの彼が今はどうなっているのか全く分からないのが心に引っかかっていたが、それも仕方ないと思えてきた。何となく、今までよりも一歩下がって自分を見つめることができるようになったと思った。もちろん、寂しくないと言えば嘘になるが、その寂しさを受け止められるようになったのは晃一のおかげだと思った。そして、何となく菜摘や友紀が晃一に夢中になるわけが分かったような気がした麗華だった。
その日、菜摘は帰りに友紀と一緒になった。自然に二人でマックに入り、コーヒーで話を始めた。
「このコーヒー、何か微妙な味だよね」
「そうかな?普通だけど・・」
「そう?」
二人でマックに入ったのに、何か話が弾まない。どちらかというと友紀は話に消極的な感じだ。実は友紀は晃一の部屋に明日の土曜日、遊びに行くことにしてアポを取ったばかりだった。それを言うべきか迷っているのだ。まだそれを菜摘は知らない。
「うん、それで、何か麗華のこと、聞いてる?」
菜摘は口火を切った。
「ううん、何にも」
友紀は麗華のことを話して良いのか迷っていた。
「メールで聞いてみた?」
「ううん、聞いたって教えてくれないと思ったし・・・」
「そうだよね、絶対無理だよね。でも、麗華、何か変わったと思わない?」
「そうかなぁ、いつもの通りだと思うけど・・・・・」
友紀はそう言いながら、菜摘の反応を伺った。その友紀を菜摘はじっと見つめてから、
「ねぇ、パパと麗華、どうなってると思う?」
と聞いてきた。友紀はちょっとだけほっとした。明日麗華と会ったかどうかを聞かれたら知らんぷりで通す自信は無かったのだ。
「何か、おじさまと話はしてるみたいなのよね。でも、二人とも全然そんなそぶり見せないし、聞くのも変だと思って・・・・、菜摘は何か知ってるの?」
「ううん、じっとしてるだけ。だから却って気になっちゃって」
菜摘はぺろっと舌を出して破顔した。友紀でもその様子は本当に可愛いと思う。
「そうかぁ、でも麗華のことだから、きっと上手くやると思うんだな」
友紀は取り敢えず無難に答えておいて様子を見ることにした。
「それはそうよね。・・・・・・・・・・ところでね・・・・・・・・・」
すると菜摘はちょっと身体を乗り出してきた。友紀は予想外の展開にちょっと身構えた。
「何よ?」
「・・・・・・あのね・・・・・・・・・・・」
「何なのよ。言いなさいよ」
「別れてきた」
「ええっ、高木?もう別れたの?」
「うん、きれいさっぱり・・・・」
「ちょっとそれ、どう言うことよ」
友紀は本当に驚いた。つまり菜摘はフリーになったのだ。当然晃一にアプローチをかけることだって考えられる。友紀は菜摘の今までのことは聞いていたが、ここまで早く別れるとは予想していなかった。
「そう言うことよ」
「おじさまに戻るつもりなの?」
「ううん・・・・今は・・・・・・そのつもりは無いけど・・・・・」
「今は、って言ったわね」
「そりゃそうよ。今は、よ」
「ま、そうか・・・そうだよね・・・・・」
友紀はそれ以上追求しなかった。それに、菜摘に少しでもその気があるのなら、菜摘の近くにいた方が菜摘のことを把握しやすい。無理に喧嘩するのは簡単だが得策では無かった。しかし、それなら言わなくてはいけないことがある。友紀がそう思っていると菜摘は更に話を続けた。
「取り敢えず報告しておくね。最新の情報だから」
「いつなの?」
「お昼休み、だから最新」
「麗華には?」
「まだ。だって、あっちはそれどころじゃないでしょう?」
「そうかなぁ、麗華だったらそれはそれで区別すると思うけど」
「見た目ほどじゃない・・と思うの、私は」
「それってどう言う情報?」
「高木君から聞いた情報からの印象なんだ」
「どんな?」
「麗華の彼が前に言ってたんだって、生徒会の役員の一人が麗華の彼に、美人の年上の彼女で羨ましいなって言ったら、年上なのに甘えてくるのがとっても可愛いって」
「麗華が甘える?」
「そうなの、ちょっと私たちの麗華のキャラじゃ無いでしょ?でも、そこが彼にとっては魅力だったみたい」
「そうか・・・・・・・・」
友紀は麗華の知らない面を知ったと思った。あくまでグループではリーダーであり続けようとする麗華とは反対といっても良いキャラだ。
「びっくりでしょ?」
「でも、ちょっと待って、彼の周りが麗華をそう見てるってことは、もしかして麗華って・・・」
「そう、もしかしたら、リーダーってキャラ自体が私たちのグループだけのものなのかもね」
「そうか、だから、か・・・・・」
「うん、そのキャラで麗華を見れば、今はきっとそれどころじゃ無いって話」
「ねぇ菜摘、やっぱり同い年の彼って、やっぱり似合ってるんじゃ無い?」
友紀は改めて菜摘に予防線を張ってみた。半分以上無理だとは思ったが。
「私はもうだめ、最初はそんな話はあったわよ。確かに同い年だから身近な話がいっぱい聞けて楽しかったけど、それって周りのことだもん。高木君本人とは別」
「聞いても良い?何が気に入らなかったの?」
「気に入らないって言うか・・・・・、違うの。私が想像してたのと」
「思ってた以上に子供だった?」
「そうも言えるかな?・・・なんて言うか、あくまで友達って言う感覚なの。どこまで行ってもそんな感じ」
「同い年なんだからそれで良いじゃ無いの」
「そうなんだけどさ、友紀は同い年の彼を持ったことあるから知ってるのかも知れないけど、私はそう思ってなかったから」
「それって、もしかしておじさまみたいに包み込んで引っ張ってくれるって思ってた?」
「まぁ・・・ね・・・・」
「それってさ・・・・」
「そう、分かってる。私の勝手な思い込み。同い年の彼がそうだったら良いだろうなって思ったの」
「分かってるじゃ無いの。菜摘は最初の彼がおじさまだったから・・・・」
「そうよ。だから気持ちを切り替えようって思ったの。でも、ダメだった・・・・。あのね、結構これでも努力したんだよ」
「そうか・・・・・・」
「友紀みたいに同い年もパパも両方知ってればそうは思わないんだろうけどね」
「私?私は・・・・・」
友紀は菜摘に晃一から離れろと言われたような気がしてちょっと焦った。
「わかってるって。でもちょっと羨ましいな。いろんな彼を知ってるって」
「そんな風に言わなくたって・・・。私だってそんなに経験豊富じゃないし・・・」
「明日、行くんでしょ?パパの部屋」
いきなり菜摘に指摘されて友紀は慌てた。しかし、今さら嘘もつけない。
「そうよ・・・・行くの」
「ううん、羨ましいって話だから気にしないで。甘えられて良いなぁって」
「そんなこと言わなくたって良いじゃ無いの。勝手に自分で別れておいてさ」
「怒ったのならごめん。怒らせるつもりはないから」
「それは分かってるけど・・・・・何も自分から別れなくたって・・・・そんなに悪くないと思うけどな、高木って」
「たぶん、そうよね。私とだったからなのかも知れないな。悪い事しちゃったって思うもん」
「素直に別れるって言った?高木は」
「それが未練たらたらでさ、一応『石原さんがそう言うなら』って言ってたけど」
「そりゃそうだよね、一方的に近づいてきて去って行くんだもん」
「そうなのよね、私自身だってまだ完全に気持ちの切り替えができないみたい」
「そこまで分かってて、それでも別れたんだ」
「うん、このままじゃ自分の気持ちと違うんだもん。それが取っても、なんて言うか、変な気持ちで・・・嫌なの」
「そうか・・・仕方ないか・・・・・・」
友紀は菜摘がそこまで言うなら別れるのは仕方ないと思ったが、やはり高木が可愛そうだと思った。どんな男子だって菜摘のおっきな目で見つめられてにっこりと微笑まれたら断ることなんてできないと思う。その挙げ句がわずか3週間足らずで別れ話、それも同い年程度の子供だからと言うのでは未練も残ると言うものだ。
「それで、友紀はどうなのよ?」
「どうって?」
「おじさまと。どう思った?神戸まで行って過ごしてきたんでしょ?」
「う・・ん・・・・・あのね・・・・・」
友紀は思い切って言った。
「私・・・ちょっと菜摘の言った意味が分かった気がした」
「そうでしょ?」
菜摘はぐいっと身を乗り出してきた。
「そうなの。心と身体がバラバラって言う意味、分かった気がした」
「そうでしょ?」
「菜摘はどう思ったの?」
「何か、身体ばっかりどんどん先に行っちゃうみたいな・・・・」
「私も、同じ・・・」
友紀は確かにそう言ったが、心の中では『でも私は逃げ出したりしない』と思っていた。だからこそ明日も晃一に会う予定を入れたのだ。何と言っても、晃一なら絶対の安心感がある。思い切り子供でいられるのだ。そして激しいセックスの後の気怠い安らぎには言葉にはできない魅力がある。同級生とのセックスでは絶対に得られない安らぎだと思っていた。
「でも、それでも良いんだ」
友紀は一気に話を畳みかけた。ここははっきり言っておかねばならない。
「そうでしょ?だって、すっごく安心できるもん」
「それは・・・・そうよね・・・・」
「だから、悪いけどおじさまは渡さないから」
「うん・・・そうだよね」
「そう、誘導尋問してもダメよ。菜摘には悪いと思うけど」
「わかってる」
「それならいいの」
「そう、で、友紀、気がついてる?」