結局由美は、それから更に2回いかされた。いや、いかせてもらった。最後だけは宏一が上になり、力強い出没を楽しんだが、いきっぱなしになっている由美をいかせるのはとても簡単だった。しかし、体力の限界まで力を使い果たした由美は、帰る時間になっても起きあがる事ができなかった。
「ごめんなさい。宏一さん、身体が重くて、力が入らなくて、上手く動きません」
「大丈夫。ほら、ゆっくり起きあがってごらん」
由美は宏一に起こしてもらい、宏一に手伝ってもらいながら下着を着て、服を着た。今までは脱がされる事ばかり恥ずかしがっていたが、着せてもらうというのも十分恥ずかしいもので、由美はずっと下を向いていた。
「由美ちゃん、大丈夫?」
「ちょっと、力が入らなくて・・・。でも、大丈夫です」
しかし由美は帰る時になってもふらっと倒れそうになったので、宏一はタクシーを呼んで由美を送っていく事にした。タクシーの座席で由美は宏一の肩に頭を載せ、小さな声で話し始めた。
「ごめんなさい。もう少し休んだら元気になりますから」
「良いんだよ。嫌がる由美ちゃんを無理矢理感じさせて疲れさせたのは俺なんだから」
「済みません」
「そんな事、言わなくて良いよ」
「宏一さん、嬉しくて、とっても・・・」
「俺も嬉しかったよ」
「私、本当に・・・でも」
「どうしたの?」
由美は声を更に小さくすると、殆ど囁くように言った。
「もし、もう少し私に体力があったら」
「どうしたかったの?」
「もう一回だけ、制服を着てから・・・・」
「今度はそうしてあげるからね」
「はい」
それからしばらく由美は疲れが出たのか、しばらく黙っていたが、由美の家が近づいてきた頃に、小さな声で宏一に話しかけてきた。
「宏一さん」
「なんだい?」
「お願いがあります」
「なあに?あらたまって」
「あの・・・・もう一回・・・・その・・・」
「どうしたの?言ってごらん?」
「宏一さんと一緒にいたくて・・・」
「うん?どこかに行きたいの?」
「いえ、行きたいんじゃなくて・・・」
宏一は由美の顔を不思議そうに眺めたが、由美は何かを真剣に言いたそうだった。
「もう一度言ってごらん」
「宏一さんと二人でずっといたくて・・・・・朝まで・・・」
「それって・・・」
ここまで言ってしまったので由美ははっきりと言う事ができた。由美は宏一の耳元に顔を近づけると、
「宏一さん、もう一回、宏一さんと泊まれませんか?」
と言った。
「どこに行きたいの?」
宏一も小さな声で聞き返した。
「旅行じゃなくていいんです。二人でいられれば」
「そうか。それじゃぁ、いつがいいの?」
「いつでも良いんです。でも、できたら・・週末とか」
「今度の?」
「はい」
「どうだったかなぁ。近くだったら何とかなるかなぁ。日曜日はお昼からダメだし・・」
宏一は日曜日の午後は、当分一枝にかかりきりになりそうだ。
「でも・・・・、夜は・・・・」
「わかった。後で連絡する。多分、何とかなるんじゃないかな?」
「うれしい・・・。わがまま言ってごめんなさい。私、こんなわがままな女の子じゃないはずなんですけど・・・・」
由美は一枝の事があるので、とにかく宏一と一緒にいる時間を長く作りたかった。そうしていないと、自分の心が不安で不安で仕方ないのだ。自分でも『どうしてこんなに不安なんだろう?どうしてこんなに宏一さんが好きなんだろう?』と不思議に思うことがある。それほど宏一のことばかり考えている。
先程、ベッドの上で心も身体も全て満たされた時は、何とか我慢できるかもしれないと思っていた。しかし、身体が落ち着いてくるとまた不安になってくる。
「期待して待っててね。でも、遠くには行けないよ」
「はい、一緒にいられればどこでも・・・」
『宏一さんの部屋でも』と言いそうになって由美は言葉を飲み込んだ。由美は宏一がどんなところに住んでいるのか知らない。なぜあの部屋で自分を愛しているのかも知らない。聞こうと思ったことは、それこそ何千回とあるのだが、聞いてはいけないような気がしてそのままになっている。それが由美の不安を作り出しているのかもしれなかった。
宏一には由美の不安が少しだけ分かっていた。だから、できるだけ由美の希望に沿ってあげようと思ったのだが、どうすれば良いのかまだ分からなかった。
由美は宏一の肩にそっと顔を擦り付けた。そのまま宏一は由美を家の近くまで送っていった。タクシーに乗っている間に由美の体力はだいぶ回復したらしく、最後はちゃんと家まで歩いていった。
「三谷さん、今日はたぶん、7時頃には終わりますよね?」
3時頃、宏一にお茶を出してくれた友絵は、お茶を宏一の机の上に置きながら何気なく声を掛けてきた。友絵のお茶は美味しいと工事業者の間でも評判で、打ち合わせをスムースに進める要因の一つにもなっていた。
「そうだね、たぶんそれくらいだと思うけど。新藤さん、用事でもあるの?デート?」
「三谷さん、それはセクハラですよ」
友絵は笑いながら指を一本、唇に当てた。今も奥の部品スペースで業者が二人、お茶を飲んでいる。そろそろ休憩が終わるはずだった。友絵にとっては宏一が冗談を言っているとしか思えなかった。それほど今の二人は親密な関係を保っている。しかし、友絵の本心はそんな単純なものではなかった。ふっと気を許すと、自分が今までいた世界の方に心が滑っていきそうになる。宏一に支えてもらわなければ、再びあの人の所に足が向きそうな気がして怖かった。それを考えないように無理に笑顔で宏一に冗談を言う。
「三谷さん。三谷さんこそ、どうなんですか?」
「どうって?」
「デートの約束でもあるんですか?」
「それってセクハラじゃないの?」
「男の人には良いみたいですよ?」
「そんな、それって変じゃ・・」
「無いんですよね。ね?そう思いません?」
友絵はちょうど奥から出てきた業者の人ににっこりと笑って言った。
「三谷さん、それはね、食事をおごって欲しいって言う女の子からのサインですよ」
「そ、そおなの?」
「ふふふ、どうですかね?」
友絵は嬉しそうに笑っている。
宏一はどうしようか迷っていた。それと言うのも、昨日になって九州に行く途中のフェリーで知り合った恵美と連絡が取れたからだ。短い電話だったが、恵美は宏一に会うことを承知してくれた。後は時間と場所を設定するだけだ。恵美に会えると思うと、宏一の気持ちはほんの少しだけ遠くに離れていた。
宏一が答えを渋っている少しの間に、友絵の笑顔はどんどん引いていった。それに気が付いた宏一は、あわてて答えた。工事業者はすでに部屋を出てしまっている。
「新藤さん、それじゃ、今日はどこかに行こうか?」
「・・・いいんですか?」
「いいよ」
「本当に???」
「もちろん。何が食べたいですか?」
「何『を』ですよ」
「そうか。何を食べたいか教えてください」
「それじゃ、7時までに考えておきます。うふふふ・・・」
友絵はあっという間に笑顔になると、元気に伝票整理の仕事を再開した。今日は8箇所で工事が進行しており、それぞれ複雑な工程表に基づいて仕事が進んでいる。工事に必要な消耗品、設置する機器、工事業者の人件費の請求となる工事伝票など、毎日膨大な数の伝票が友絵の所に集まってきていた。
それを友絵はこの会社の会計処理の方法に従っててきぱきと整理し、どのような勘定科目に分類するかの仕分けをし、それぞれを合計してから消費税を計算し、前もって定められた支払期日に従って支払いの手続きをしていく。
この仕事は宏一自身がやったこともあるだけに、どれだけ疲れる仕事なのかよく分かっていた。週の半ばともなれば、息抜きに連れて行くのも必要かもしれない。
夕方の5時を回って、今日の仕事の見通しがついた業者から工事日報が上がってくるころになると、友絵のペースはさらに加速した。友絵の細い指が電卓の上で素早く動き回り、まるでスーパーコンピューターが計算しているみたいに凄いスピードで伝票が裁かれていく。友絵の集中力が最高になっているので、とても宏一が話しかけられる雰囲気ではなかった。
6時を回ったころ、友絵が突然頭を上げて宏一に言った。
「お肉が食べたい、かな?」
突然だったので、宏一の頭が一瞬ついて行けなかった。
「え?なんだって?肉?えーと、焼肉?ステーキ?」
「お任せします」
それだけ言うと、友絵は再び猛烈な勢いで計算を再開した。まるで、宏一と話す時間などもったいない、とでもいう雰囲気で、とても聞き直せる感じではなかった。
宏一は部屋を出ると、工事箇所を一つずつ回り、進捗状況を確認していく。もし工事の進み具合から会議室に置いてある部品をどう使うかギリギリまで分からない場合は、宏一たちが部屋の管理をしている都合上、最後まで付き合わなければならない。幸いなことに、どうやら今日は問題なく7時に帰れそうだった。
宏一は部屋に戻る前に、非常口を出ると恵美に電話してみた。幸い、すぐに恵美が出た。
「もしもし、恵美さん?」
「あ、三谷さん」
「こんばんは」
「こんばんは」
「恵美さんは仕事、終わったの?」
「まだもう少しかかりそう」
恵美は、『今日誘ってくれているのかな?』と思いながら、ちょっと残念そうに答えた。
「そうか、忙しいんだね」
「そうなんです。この仕事は夕方から忙しくなるから」
「そうか、食事に誘ったりしても、無理かな?」
「いつですか?」
「う〜ん、金曜日あたり、どう?」
「金曜日かぁ。えーと、多分、大丈夫ですよ」
恵美の声はどこか優しい響きを持っている。
「それじゃぁ、金曜日にしよう。待ち合わせはどこが良い?」
「そうねぇ、どこに行くかにも寄るけどぉ」
少し甘えた調子の声が知的なパーソナリティーと合わさって、とても魅力的に感じられる。
「希望はある?それか、食べられないものとか」
「何でも食べますよ」
「そうか、それじゃぁ、横浜の中華街でも行こうか?」
「はい、良いですよ。中華街かぁ、久しぶりだな」
恵美は気に入ったようだ。最初のデートには気合を入れなければならない。どうなるのか分からなかったが、金曜日に横浜の中華街ということで話は決まった。店は宏一が決める。
話を終わって宏一が戻ってくると、友絵はあらかた仕事を片付けたようだった。
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