第 13 部

             

            「ねぇ、久美ちゃん?」

            「はい、なんですか?」

            「今日はなんか顔色、良くないけど、大丈夫?」

            「はい」

            「そうか、それなら良いけど」

            「大丈夫ですから」

            久美は丁寧にそう言ったが、食べている間も疲れで身体がだるくなっているのを感じていた。

            「あぁ、美味しかった。久美ちゃん、ごちそうさま」

            「お粗末様でした」

            「それじゃ、お酒はそこのウィスキーのオンザロックを準備してくれる?氷を入れるのはそこに入ってるから」

            と言って幸一が立ち上がり、アイスジャグを仕舞ってある場所を指さして出て行った。

            幸一がシャワーを浴びている間、久美は一生懸命後片付けをした。しかし、揚げ物は洗い物が多い。夕方幸一が帰ってくる前にやっておけば良かったと後悔した。疲れた身体にはかなりきつい。

            やっと洗い物を終えてウィスキーの準備をしているとき、幸一がバスローブに着替えて戻ってきた。

            「ありがとう。さっぱりしたよ」

            そう言って幸一は革張りの大型ソファに座ると、久美にも座るように促した。しかし久美は疲れが一気に出て、座って直ぐにうとうとし始めてしまう。最初は自分でウィスキーのロックを作っていた幸一がそれに気づくと、

            「あれ?疲れてるんだね。こっちにおいで」

            幸一は久美を隣に座るように呼んだ。先週はあれほど隣に座るのを嫌がった久美は半分朦朧とした意識の中で立ち上がると幸一の隣に座った。意識がはっきりとしていないせいで嫌悪感も少ない。幸一は右手を久美の方に回してそっと抱き寄せると、

            「さっきビールを飲んだからかな?だいぶ眠そうだけど、大丈夫?」

            と優しく聞いてくる。

            「ごめんなさい・・・・。ちょっと疲れたみたいで・・・・」

            「眠かったら寝ても良いよ」

            「大丈夫、起きます。こんな事してたら・・・・」

            「眠りなさい。少ししたら起こしてあげるから」

            「・・・・・・いや・・・・寝ちゃったら・・・・」

            「黙っていて。少しだけで良いから」

            久美はそれ以上の言葉を発することができなかった。自分の意識の中では目を覚まそうとしているのだが、身体が疲れて切っていて言うことを聞かない。そのまま久美は幸一の寄りかかるようにして意識が薄らいでいった。

            「おやおや、今日はだいぶ疲れてるんだね」

            幸一はそう言いながら、先週のように久美を膝の上に横たえ、左手で久美の頭を支えてこちらを向かせる。しかし、久美は殆ど寝てしまっており、嫌がりもしなかった代わりに幸一に好意も示さなかった。幸一の腕の中には無防備な少女の身体だけが残った。

            幸一は最初、右手で久美の髪を撫でてやったり、身体が楽なようにソファに綺麗に横たわるように身体を伸ばしたりしてやった。しかし、久美は全く反応しない。

            もしかしたら起きるかもしれないと思って、そっと可愛らしい唇にキスをしてみたが、久美の目が少し開いたと思った途端にまた閉じられてしまった。

            一瞬、このまま久美の服を脱がせてみようかと思った。この状況下では目を覚ますとは思えない。それは幸一にとって強烈な誘惑だった。じっと目の前の少女の姿を眺めてみる。

            色白の小柄な少女の身体は思ったよりも大人びたラインをしていた。先週久美をベッドに運んだときは胸の膨らみばかりを眺めていたので、こうして身体全体をゆっくり見る時間は短かった。

            しかし、今はじっくりと時間をかけて眺めることができる。可愛らしい身体だった。まだ大人になりきってはいない少女の身体だが、小さめの胸の膨らみから腰にかけては少し大人びたラインになってきている。そして腰から足へはすらりと伸びた綺麗なラインをしていた。今まで意識していなかったが、久美はかなり足が長い。

            幸一はしばらく久美を軽く抱いたまま時間を過ごしたが、このままこうしていても仕方がないと思い、久美の身体をそっと抱き上げてベッドルームへと向かった。そして久美を自分のベッドに寝かせると、もう一度だけ静かに少女を見下ろし、そっと部屋を出て行った。

            久美が目を覚ましたのは十一時になった頃だった。最初、どうして自分が静かな薄暗い部屋にいるのか分からなかった。いつものベッドと寝心地が全然違う。そっと起きあがってみると、まだ制服のままだ。『どうして着替えないでこんな所に寝てるんだろう?』そう思った瞬間、全てを思い出した。

            幸一とリビングにいた筈だった。そして幸一の横で寝てしまったようだ。抱きしめられたような気もするし、抱き上げられたような記憶もあった。

            しかし、今自分は一人で寝ていた。『幸一さんは何もしなかったの?どうして?』確か、最後は幸一に抱かれていたはずだ。自分では『このまま寝ちゃいけない。寝たら直ぐに服を脱がされる!起きてなきゃダメ!』と思っていたはずなのに、睡魔には勝てなかったらしい。

            『どうして一人で寝てるの?もしかして幸一さんに触られた後なの?』そう思って服を探ってみるが、どうも脱がされてから服を着せられたとは思えない。久美はしばらくじっとしていたが、このまま此処に居ても仕方がない。思い切ってリビングに戻ることにした。

            久美がリビングに入っていくと、

            「あ、起きたんだね。もう少ししたら起こそうと思ってたんだよ」

            と幸一が声をかけてきた。久美が不思議そうに幸一を見ているので、

            「とっても疲れてたんだね。俺の腕の中で寝ちゃったんだもの」

            と言って微笑んだ。幸一は、

            「こっちへ座って」

            と久美を隣のソファに座らせると、立ち上がって、

            「直ぐに紅茶を入れてあげるから。一眠りしたらのどが渇いたでしょ?」

            と言って立ち上がり、キッチンでポットを火にかけた。

            久美はなんと言って良いのか分からなかった。謝るのも変な感じだし、そうかといって何も言わないのも変だ。しかし、何を言って良いのか分からない。

            「はい、ロンドンのフォートナム・メーソンの紅茶だよ」

            と言って出してくれた紅茶をおそるおそる飲むと、とても良い香りがした。

            「お茶を飲んだらタクシーを呼ぶからね。今日はこのまま帰って良いよ」

            「はい、・・・・・・・・すみません・・・・」

            「ははは、謝る事なんて無いよ。よっぽど疲れていたんだね。一生懸命夕食を作ってくれただけでもすごく嬉しいよ」

            「でも・・・・・・・」

            「来週もトンカツを作ってね」

            「はい。今度はちゃんと作ります」

            「うん、楽しみにしてるよ」

            「はい、分かりました」

            「オッと、夕食代を渡しておかないとね」

            「まだあります。大丈夫です」

            「そう?遠慮しなくて良いよ」

            「大丈夫です。お財布の別の所に入れてあるから、他のお金と混じったりしません。まだ1万円くらいあります」

            「そうか、それなら良かった」

            「はい」

            「それとね、一つお願いがあるんだけど?」

            「はい、何ですか?」

            「久美ちゃんの着ている制服。今日はエプロンをしてたけど、やっぱり油が跳ねたりすると制服が汚れるでしょ?同じものをこの家に一着置いてくれないかな?」

            「え?でも、気をつけてるから・・」

            「洗面台の所の黄色のプラスチックの箱にクリーニングに出すものをまとめて入れておいてエントランスのロッカーに入れておくとクリーニング屋さんが取りに来て、綺麗にして戻しておいてくれるんだ。だから、この家専用のを一着作ってきてくれないかな?そうすれば学校の服を汚すこともないし、いつでもクリーニング仕立ての服を着ていられるでしょ?」

            「でも・・・・・」

            「制服って簡単に作れないの?」

            「そんなことはありません。学校指定のお店に行ってサイズを測って貰えば良いだけだから・・・・」

            「どれくらいかかるの?」

            「一週間くらいです」

            「それじゃ、それができたら久美ちゃんがここに来たときにその服に着替えて食事の支度とかして、帰るときにまた着替えて帰ればいいよ。ね?」

            「・・・・・・はい、分かりました」

            「ありがとう。ところで制服っていくらするの?」

            「確か、2万7千円だったと・・・」

            「それじゃ、取り合えず3万円渡すね」

            幸一はそう言うと、サイドテーブルの引き出しから3万円取り出して久美に渡した。久美はどうして幸一が別の制服を着て欲しいというのか分からなかった。

            「私、汗くさいですか?」

            「そんなことはないよ。さっきもいったでしょ?久美ちゃんの制服が汚れたら可愛そうだから」

            「本当ですか?」

            「そうだよ。もし汗が気になるようなら、久美ちゃんが来たときに一度シャワーを浴びればいい。そうすればさっぱりするし、制服も着替えるから気にならないでしょ?あ、それなら下着も買ってくる?」

            「いえ、大丈夫です!持ってますから!」

            久美は慌てて打ち消した。

            「それじゃ、シャワーを浴びてから着替えてね」

            久美は、『まさか、私が着た制服を残していって欲しくてそんなことをいってるんじゃ・・・』と心配していると、

            「それと、申し訳ないけど、帰るときにクリーニングに出すやつが入ってる黄色の箱をエントランスのロッカーに入れていってくれると助かるな」

            と幸一が言った。と言うことは、久美の着た制服は久美が帰るときにエントランスに持って出ることになる。幸一は制服が欲しくてそう言っているのではないらしい。

            「はい、わかりました」

            「よかった」

            幸一はそう言うと、

            「それじゃ、タクシーを呼ぶね」

            と言ってリモコンのボタンを押し、

            「サトミ」

            と言った。

            「はい、どうしたの?」

            先週と同じ若い女性の声が響いた。

            「タクシーを呼んでくれよ」

            「どこにする?」

            「共和交通が良いな」

            「分かったわ。ちょっと待ってね」

            そしてテレビ画面に電話番号と会社名が流れ、相手が出るとサトミが住所と名前を告げた。久美は、今、声が流れているタクシー会社のオペレーターは、まさか自分がコンピューターと話しているとは予想もしていないだろうと思った。

            「それじゃ、久美ちゃん、今度からはシャワーを浴びて着替えるんだよ」

            そう言うと幸一は久美を自分の横に手招きで呼び込んだ。久美はもう帰る気持ちになっていたので、何も考えずに幸一の横に座った。幸一の手が滑らかに動き、久美の身体を引き寄せて膝の上にそっと倒し、左手で首の下を支えて上を向かせた。

            「今日は後数分で帰っちゃうのが残念だけど、来週を楽しみにしてるからね」

            そう言ってゆっくりと唇を近づけてくる。久美は慌てて何か話題を作らなくてはと思い、

            「来週は何時に戻ってくるんですか?」

            と聞いた。

            「6時だよ。いつもと同じさ」

            「ゴルフですか?」

            「大阪で商談。それが昼からだから、帰ってくれば6時だね」

            そう言うと幸一は右手の人差し指を久美のあごにかけ、クッと上を向かせた。