第 52 部

             

            幸一は久美の用意した料理を美味しそうに食べ、シャンパンを飲んだ。ただ、シャンパンというものは料理のスタートには良いのだが、あまり料理を食べながらの食事用にはできていない。それ自体の味の主張がはっきりとしすぎているので料理の味わいを消し去ってしまうのだ。それでも幸一はせっかく久美が用意してくれたのだから、と半分近くまでボトルを空けた。そんなことは知らない久美は幸一がシャンパンを美味しそうに飲むのを見て淡い幸せを感じていた。グラスの中で弾ける泡がとても綺麗だ。しかし食事の間、久美は少し和らいだ緊張に安心しながらも、まだ完全にはうち解けていない自分を感じていた。

            幸一は久美が用意してくれたデザートまで進む頃になると、少し酔いを感じるようになっていたが、元々酒には強い方なのでそれでどうこうなることはない。しかし、余り酒臭いのでは久美が可愛そうと思い、シャンパンは明日にでも残りを飲むことにしてボトルはしまうことにした。

            「それじゃ、残りのチーズはあっちでウィスキーを飲みながらいただくよ。それで良い?」

            「はい、用意しておきます」

            「久美ちゃん、とっても美味しかったよ。ごちそうさま」

            幸一がそう言うと、久美はニッコリと笑った。

            久美は後片付けの途中で皿にチーズとキュウリやにんじんのスティックを並べ、アイスジャグに氷を入れるとテレビの前のローテーブルにそれらを用意した。そして幸一がシャワーを浴びて戻ってきた後で皿に簡単なものを少し用意してから自分もシャワーを浴びに席を外した。

            シャワーを浴びている間、久美はじっと何も考えないようにしていた。ただ、丁寧に機械的に身体を洗う。それだけだ。久美は身体を洗うのに集中して、これから起こることを極力考えないようにした。ちょっとでも考えると、その先、そしてそのまた先を考えそうな気がして、自分で少し怖かった。

            しかし、身体をすべて洗い終わり、身体を拭いてシャワールームから出るときになって足が止まってしまった。直ぐに幸一の傍に行きたいと思う気持ちは強いのだが、行けば何をされるのかわかりきっている。今の自分でも嫌ではないが、なんと言っても慣れない事なのでうまく抱かれるかどうか自信がない。やはりリビングの明るさが気になった。多分、明かりを落としてある寝室だったらもっと簡単に入れたと思う。

            久美はしばらくバスルームで考え込んでいたが、『結局は幸一さんを信じるかどうかなんだ』と頭を切り替えると支度を整え始めた。

            やがて久美が髪を乾かして戻ってきたとき、幸一は久美が思ったよりも嫌がっている感じがしないので安心した。『抱かれるために通ってくる女』どこかで読んだそんなフレーズが頭をよぎる。それどころか久美は女どころかとびきりの美少女だ。しかし、そんな目で久美を見るのは可哀想だし、そのためだけに来ているのではないと思っていたから、久美が自然に隣に座ったとき、真っ先にしたのは話しかけることだった。

            「ねぇ、今日はどこで買い物してきたの?」

            いきなり日常の話題を振られて久美は少し驚いた。今までだと幸一は何も言わずにすっと腰に手を回してきたからだ。

            「あ、ラポールに行ってきました」

            「え?あそこまで?」

            「買いたいものがいろいろあったから、あそこなら全部そろうと思って」

            「よく知ってたね。あそこにあるって」

            「ネットで調べたから・・・」

            「何を買いたかったの?服か何か?」

            「あの、ハーブとか、トマトとか・・・」

            久美は幸一がどうして今になってそんな話題を振ってくるのかよくわからなかった。久美はやっとその気になってここに座ったのに。

            「トマト?あそこに何かあるの?」

            「サンドライトマトって言うのが欲しかったの。レシピにはそう書いてあったから。でも、結局見つからなかった」

            「そうだろうね。日本では簡単に手に入るものじゃないから。今はだいぶ知られてきてるけど、それでも少し高級なスーパーに行かないとないんじゃないかな?」

            「知らなかった。そんなものだったなんて・・・」

            「そういえばさっき、生のバジルがなかったって言ってたよね。それも買うつもりだったの?」

            「そう、でも、いつもはあるってお店の人が言ってたのに、ちょうど今日だけなかったみたい」

            「それは残念」

            「幸一さん、生バジルって、そんなにいい香りがするんですか?」

            「そうだね。乾燥したものとは香りの質が違うんだ。生はやっぱり生でしか味わえないいい香りがするよ」

            「そうか・・・、ごめんなさい・・・」

            そう言う久美の様子があまりにも落胆していたので、幸一は久美を責めてしまったことに気が付いた。思わす右手を久美の腰に手を回してそっと引き寄せ、自分も身体を寄せて久美の背中に密着する。

            「何言ってるの、あんなに美味しいスープスパゲティを作ってくれたじゃない」

            「でも、なんかちょっと残念で・・・・。もっと美味しくできたらよかったのに」

            「最初から全部なんて無理だよ。お店の料理が美味しいのは、確かに腕がいいのもあるけど、かなりの部分は毎日繰り返してやっているからなんだよ。毎日繰り返していれば、材料の微妙な違いだってわかるし、微妙に調整したりもできるでしょ?久美ちゃんは多分、かなり時間をかけていっぱい調べ物をしてくれたんだろうけど、それでもスーパーに並んでいる品数や新鮮さ、値段なんてなかなかわからないだろう?」

            「そう・・・・」

            「ネットで調べるには限度があるんだ。やっぱり何度かは自分であっちこっち行って調べないとね」

            そういいながら、幸一が腰に回した手はゆっくりと腰のラインを確かめながら上に上がり、やがてふくらみの下部を捕らえていた。途端に久美が緊張したのが手を伝わってくる。久美本人は少し緊張したが、会話の内容がまだ気軽なものだったので、何とか平静を装うことができた。

            「ねぇ、幸一さん、それならどこに行けばいいんですか?」

            「そうだなぁ、やっぱり手軽なのは渋谷の駅の東急かなぁ?」

            「やっぱりあそこまで出ないとダメなんだ」

            「だって、あそこなら駅ビルだから、駅に行くまでは時間がかかるけど、結局トータルの時間は短いだろ?」

            「それはそうだけど・・・」

            久美は幸一の手が膨らみをゆっくりと撫で回し始めたことで、あの感覚がゆっくりと身体から湧き上がってくるのを感じていた。

            「それに、あそこならほとんど確実に手に入るし、もし仮になかったとしても、すぐ近くに東急のデパートもあるし、西武もあるし、そうだろ?他を探すためにわざわざ電車に乗る必要なんてないから」

            「それはそうだけど・・・・」

            「それとも久美ちゃんは、やっぱりこの近くで探したいの?」

            「そんなことはないです。見つかるんなら簡単なほうが・・・・。でも、・・・」

            「『でも』なあに?」

            「あんまり人ごみの多いところは・・・・・あんまり好きじゃなくて・・・」

            久美はどんどんあの感覚が強くなってきて困ってしまった。この会話ではとてもおねだりなどできるはずがない。

            「そうか、でも一度行ってみてごらんよ。土曜の午後って、意外に空いてるものだよ」

            「はい・・・」

            「どうしたの?」

            「く、くすぐったくて・・・・」

            「いや?」

            「そうじゃないけど、でも・・・・」

            「嫌じゃないなら、こうしてもいい?」

            幸一は少しだけ膨らみを撫でている手に力を込めた。

            「あっ!」

            「どうしたの?」

            「・・・・・・・・」

            久美は恥ずかしくて下を向いてしまった。

            「くすぐったかった?」

            久美は下を向いたまま首を振った。本当はくすぐったいのではないのだから。幸一は久美の髪が左右に動いたのでシャンプーのいい香りに包まれる。思わず幸一はその香りの中に顔をうずめたくなり、顔を近づけて久美の耳元で囁いた。

            「それとも、感じた?」

            幸一の吐息がくすぐったい。久美はそのまま、ほんの少しだけ頷いた。

            「それじゃ、今度はこっちもしてあげる」

            そう言うと幸一は左手も久美の前に回し、ゆっくりと制服の上から両手で膨らみの下側を撫で回し始めた。

            『あ、それをされたら!』久美はその先はどうなるのかはっきりと分かっていたのでほんの少しだけ無意識に嫌がった。幸一の手が止まる。

            「やっぱりいや?」

            幸一が耳元で囁くが、その吐息だけでも微妙に気持ち良い。久美は心を決めて静かに頭を振った。

            「よかった」

            幸一は久美が受け入れてくれたので安心し、そっと久美の身体の中に快感の芽を育てる作業を再開した。

            『それじゃ、来週は何を作ってもらおうかな?」

            そう言いながら膨らみを優しく撫でている幸一に身体をそっと預けながら、久美は『幸一さんだからこうやって優しくリードしてくれるんだ。何にも心配することなんてなかったんだ』とうなじにかかる熱い息を感じながら自分の身体が幸一の愛撫を欲しがりはじめるのを静かに受け入れていた。ちょっとだけ下を見ると、確かに幸一に撫でられている右の乳房だけはっきりと膨らんでいるのが制服の上から分かった。

            「ねぇ、久美ちゃん、何を作ってくれるの?」

            「何でも・・・・教えて・・・・作りますから・・」

            「それじゃ、コロッケなんて作れる?」

            「・・・作ったこと・・・ないから・・・・」

            「まだそれは無理かな?」

            「・・・わかんない・・・・」

            「カレーは?」

            「家でも作るの・・・・」

            「それじゃ、カレーにしようかなぁ・・・」

            久美はだんだん我慢できなくなってきたが、幸一は会話に夢中だと見えてその先に進もうとしない。久美は息が弾みそうになるのを堪えながら、何とか返事をした。

            「カレーなら作れます」

            「ねぇ、久美ちゃんのカレーってどんなの?」

            その質問に久美はがっかりどころか失望した。身体からはどんどんあの焦れったさが強くなってきて、今からとてもそんなことを話す状態ではない。久美は思い切って言った。

            「幸一さん」

            「うん?」

            その言い方があまりにも普通だったので、久美はおねだりをしようと思って声をかけたのに戸惑ってしまった。

            「あの・・・」

            「なあに?言ってごらん」

            「ねぇ、早く・・・」

            久美のその様子がとても可愛らしく、幸一はすぐに先には進みたくなかった。久美には可哀想だが、もう少しだけ焦らすことにした。