第 69 部

             

            肉棒が抜き去られると久美は怠いのを我慢して立ち上がり、服装を直し始めた。一度服を脱いで上半身裸になるのとピンポーンとチャイムが鳴って画面に運転手の姿が映るのとほぼ同時だった。

            「きゃっ!」

            慌てて久美は服を胸に抱いたまま廊下へと走った。運転手にはこちらの画像は見えないのだが、そんなことまで考えている余裕など無かった。

            「はい、今降りますから、ちょっとだけ待ってて下さい」

            そう幸一が言うと運転手がタクシーに戻っていくのが写った。間もなく久美が戻ってきた。まだ少し息が弾んでいる。

            「はぁ、はぁ、はぁ、幸一さん・・・・・・・」

            「久美ちゃん、素敵だったよ」

            「嬉しかった・・・」

            二人は再びしっかりと抱き合って舌を絡め合い、そして久美は帰って行った。久美はエレベーターの中で必死に服装を気にした。たぶん、だいじょうぶだ。どこにもおかしい所はない。髪も、たぶん大丈夫だ。そう思うと少し気が楽になった。

            久美はタクシーに乗ると、まず真っ先に幸一の放出した精の残滓を気にした。タクシーのシートを汚してしまわないだろうか?そこで鞄で隠しながらティッシュをスカートとパンツの間にそっと挟んだ。これで少し位沁み出してもシートを汚すことはないだろう。そして窓を少し開け、臭いに気付かれないようにした。

            まだ身体に幸一の激しい愛の炎が残っているのが分かる。幸一は久美が疲れ果てても更に激しく愛してきた。久美は本当に心臓が壊れてしまうかと思ったが、愛される度に頭の芯まで痺れるような快感を味わってきた。そして今日、初めてはっきりと『いく』という感覚を知った。それは久美の想像を超える凄さで、今思い出しても身体が熱くなる。

            久美はその思いを胸に抱いたまま家に帰った。

            幸一は久美のいなくなったベッドに入ったが、しばらくは寝付けなかった。久美には言わなかったが、久美は水曜日に弁護士に会うことになる。弁護士の話から想像すると、経営権に関するものらしかった。何故久美がそこに呼び出されるのだろうか?久美の父は設立に深く関わっていたし、実質的にずっと経営に携わっていたが、会社役員ではなかった。だからその父の手紙が見つかっても久美に関係があるとは思えないのだ。久美がそこで弁護士に何を聞かされるのか、その辺りは完全に極秘で進められており、総務部長を務める幸一でさえ知らされていなかった。

            久美は日曜日、かなり身体が怠くて大変だった。やはり幸一との交わりが激しすぎたのだ。あそこがひりひりするし、とにかく身体が重かった。ただ、がんばって朝早く起きたので弟には迷惑を掛けずに済んだし、お弁当を持たせて送り出してからは休むことができたから、その後の殆どの時間をベッドの上で過ごした。ただ、夕ご飯は有り物とレトルトで済ませたのでちょっと弟が可愛そうだった。ただ、ずっとベットに一人でいても、幸一に激しく愛された時の感覚に包まれている感じがして嬉しかった。

            科目選択の関係で、月曜日はちーちゃんやみかりんと3人同時に教室にいることはないのだが、火曜日になった途端に二人は久美に飛びついてきた。ちーちゃんが久美の机に来て耳元で囁く。

            「ねぇ、今日は分かってるでしょうね」

            「放課後でしょ?ハヤシヤにするの?」

            「場所なんてどうでも良いの。でも、そうだな、他の人に聞かれたくないからロッテリアにしようか?」

            「えぇ、ロッテリア、高いよぉ」

            「クーのプライベート、他の人に聞かれても良いの?」

            「なんでそんなこと!」

            「でしょう?ならロッテリアにしといた方が、良くない?」

            「それってもしかして・・・・」

            「たっぷりゲロってもらうからね。土曜日にどんなことをしたのか」

            「そんなこと、いくらちーちゃんやミカリンにだって」

            「関係ないとは言わせないわよ」

            「それは応援してもらってるし・・・」

            「そうでしょ?良いの?私たちが間違って漏らしても・・・」

            「それはっ!」

            「しいっ、声が大きいッ」

            「クーのこと、私たちは本当に応援してるんだからね」

            「それは嬉しいけどぉ・・・・、でもぉ・・・・・」

            「なあに、気にしない。今度は虐めたりしないからさ」

            ミカリンまで久美には興味津々といった感じで目を輝かせてそう言った。

            ただ、久美には分かっていた。この二人は絶対に誰にも漏らしたりはしない。それだけは信じて良かった。ただ、もし二人が漏らさなくても、こうやって二人が久美の机に何度も飛びついてくれば、誰だって久美に何か新しい事件が起きたのだと分かる。そして何を話しているかは分からなくても、表情から類推はできるのだ。だから二人には余り久美の机に飛んできて欲しくなかった。携帯などを使えば記録を残すことになるので誰かに見られればそれでお終いだ。絶対にそんなことはするつもりはなかった。

            そう言うわけで、3人のコミニュケーションは古来よりもっとも確実な方法、つまり、会って話す、ことになってしまうのだが、場所の選定は確かにちーちゃんの言うように大切だった。高校生のアルバイトが絶対にいない店、と言うと意外と少ないのだ。秘密も守るにはそれなりの配慮が必要とされるのが久美達の世界だった。

            ただ、その日は何かクラスの雰囲気が違っていた。いつもは久美に興味を示さないクラスメートが久美に視線を浴びせている。

            「ええっ?久美なのぉ?・・・・先生に言おうか?」

            そんなささやきもチラッと聞こえた。久美は何のことだか分からずに気にしたまま3時間目まで過ごしたが、3時間目が終わった後、ミカリンが飛んできた。

            「クー、誰かあんたの後を付けてるらしいよ。知ってる?」

            「えっ?何それ?」

            「今日、クーの後を付けて学校まで来たやつがいるんだって。まだいるらしいよ」

            「どんなやつなの?」

            「それが、探偵って言うか、冴えないおじさんだってさ」

            「誰が言ってるの?」

            「隣の絵里だって。あんたの後ろから登校してきて気が付いたんだって」

            絵里なら久美も知っていた。隣のクラスなので余り仲が良くはないが、普通の知り合いだ。彼女とは特に何もないので、悪戯や嫌がらせというわけではなさそうだった。

            数秒間、久美は頭を全速で回転させた。理由は分からないが、たぶん幸一の話していたことに関係しているのかもしれない。久美は席を立つと、背を屈めたまま窓際に行き、頭だけ出してそっと外を覗いてみた。久美のクラスは3階なので、外は割とよく見えるが、それらしい人影はなかった。

            「いないよ?」

            「そうだね・・・・」

            「気のせいじゃない?」

            「絵里が?・・・そうかなぁ・・・だって、そんな子じゃないような・・・」

            その場はそれで終わりになったが、お昼の時間になって今度はちーちゃんが飛んできた。

            「クー、いるよ!外に」

            「えっ、うそっ!」

            「ここからじゃこっちが見てるのばれるから、5組に行こうよ」

            そう言うとちーちゃんと二人で5組に行った。5組は4階にあるのし、場所も違う。そこにはミカリンが待っており、彼女が指さす方向を久美がそうっと頭だけ出して見てみた。

            「あっ!」

            確かに男が一人、学校の外の街路樹の下からこちらを見上げていた。なんかやたらとポケットの付いた服を着ており、ジーンズ姿だった。

            「あいつが?」

            「うん、朝からいるらしいよ」

            「どうして私をつけてるって分かったの?」

            「駅からずっと一緒だったし、クーは途中、コンビニで何か買ったんだって?その間も外で待ってたんだって」

            「そっか、見ててくれたんだ」

            「そうだね」

            確かに登校途中、久美はコンビニで小さなリップクリームを買った。どうやら間違いないらしかった。

            「どうしよう??」

            「先生に言うしかないんじゃない?」

            「でも・・・・・」

            ちーちゃんやミカリンには久美の躊躇する気持ちが良く分かった。結局先生など生徒を守ってくれないのだ。先生が守るのは学校と先生自身、それだけだ。毎年入れ替わっていく生徒など、学校から見れば取るに足らない存在に過ぎない。学校を守る時に必要な場合だけ守って貰える、おまけなのだ。

            「分かった。ちょっと出てくる」

            「ここで見てるよ」

            二人の声を背中で聞いて久美は5組を出ると、いったん席に戻って携帯を取って、わざと正面玄関から出て体育館の裏の裏口へと回った。そしてそのまま慌てて5組へと戻り、二人に、

            「ちょっと来て」

            と言うと家庭科室へと入っていった。

            「どうだった?」

            「いなくなったよ」

            「やっぱり・・・」

            「どういうこと?」

            「玄関から裏口へ回って、それから5組に戻ったんだ」

            「それが見えたからあそこからいなくなったんだね」

            「だから、きっと・・・・・」

            そう言って3人は外を見下ろした。裏口の外が家庭科室からなら見えるのだ。

            「やっぱりいた」

            3人は床に座り込むと話し始めた。

            「どうやら久美目当てなのは間違いないね」

            「写真でも撮ってゆするつもりかなぁ?クー、可愛いから」

            「何て言ってゆするの?」

            「そうよねぇ、何て言うんだろう?投稿雑誌かなんかかなぁ」

            「でも、クーだって可愛いけど、クーが飛び抜けて一番て訳じゃないし・・・」

            「そうねぇ、でもぉ、クーが好きなんじゃないの?」

            「それなら投稿の時に写真を渡すとか・・・、授業中に外で待つぅ?その場合」

            「わかんないなぁ」

            久美はその会話を聞きながら、やはり幸一の言っていた件かも知れないと思った。

            「ちょっと電話するね」

            そう言うと久美は二人の前で幸一に電話した。すると、幸一も驚いたようだったが、すぐに何とかする、と言ってくれた。

            「とりあえずこれでよし、と」

            「幸一さん?」

            「うん」

            「心当たりあるって?」

            「分からないけど、とにかく何とかするって」

            3人はそのまま教室に戻ったが、確かにその男は放課後になってからはどこにも見あたらなかった。